■Groovin' High / Dizzy Gillespie (Savoy)
ディジー・ガレスピーはチャーリー・パーカーと共にモダンジャズを創成した偉人ですが、チャーリー・パーカーに比べると神格化された部分は無く、むしろトランペットが上手いエンタメ系の芸能人とさえ認識されるようです。
実際、黒人芸能の本質に基づくステージでの振る舞いと演奏姿勢、またはビックバンドに拘った挙句のシャリコマなレコーディング等々が、イノセントなジャズ者からすれば、マイナス要因なのでしょう。
しかし私はディジー・ガレスピーが、かなり好きです。それは熱血と哀愁を両立して表現出来る優れたトランペッターとしての姿に加え、卓越したリーダーシップと大衆を忘れない音楽家としての守備範囲の広さです。もちろん常に前向きな意欲も流石だと思います。
さて、このアルバムはディジー・ガレスピーがモダンジャズを創成しつつあった時期の歴史的名演を集めたものですが、当然ながら収録された各曲は様々なマイナーレーベルから出されたSP音源ということで、録音年月日や参加メンバーにバラツキと疑問点が残されています――
A-1 Blue‘N’Boogie (1945年2月9日録音 / SP:Guild 1001A)
メンバーはディジー・ガレスピー(tp)、デクスター・ゴードン(ts)、フランク・パパレィリ(p)、チャック・ウェイン(g)、ムーレイ・シピンスキー(b)、シェリー・マン(ds) という白黒混成バンドです。
そして曲はお馴染み、後にはマイルス・デイビスの名演も残されることになるビバップのブルースですが、ここではまだまだ時期的にモダンジャズに特徴的なオフビート感覚が徹底されておらず、如何にも過渡期の演奏が味わい深いところでしょう。特にピアノやベースはスイングビートが丸出しです。さらにデクスター・ゴードンのテナーサックスもまた、レスター・ヤング風という興味深いものですから、なかなかに面白く聴けます。
しかしディジー・ガレスピーは既に完成されたスタイルで過激を貫き、チャック・ウェインのギターが流麗♪
A-2 Goovin' High (1945年2月28日録音 / SP:Guild 1001B)
A-3 Dizzy Atmosphere (1945年2月28日録音 / SP:Musicraft 488A)
A-4 All The Things You Are (1945年2月28日録音 / SP:Musicraft 488B)
上記3曲は、これぞモダンジャズの原石! ディジー・ガレスピー(tp)、チャーリー・パーカー(as)、クライド・ハート(p)、レモ・パルミエリ(g)、スラム・スチュアート(b)、コージー・コール(ds) という、新旧混合の編成には興味深々でしょう。
結果から言えば、完全にスイングスタイルのリズム隊にモダンというよりも、当時は最先端のアングラで挑むガレスピー&パーカーの心意気が最高です。
まずビバップの聖典となった「Goovin' High」では、オンビートのリズム隊と全く合わないのに凄い自己主張のチャーリー・パーカー、しかし続いてスラム・スチュアートのノホホンとしたアルコ弾きというミスマッチが面白いところです。もちろんディジー・ガレスピーも完璧を出来あがっていますね。
また「Dizzy Atmosphere」は当時の感覚からして、相当に尖鋭的なテーマメロディとアンサンブルだったでしょう。今でも全く古びた感じがしませんし、もちろんガレスピー&パーカー組のアドリブはブッ飛びで、それがスイングビートの中で演じられるのですから、後半のバンドアンサンブルなんか、ホンワカムードの苦笑いです。
しかし「All The Things You Are」は流石に有名スタンダード曲ですから、バンドの纏まりも中庸を得たものがあり、一番無難な仕上がりでしょう。ディジー・ガレスピーのミュートが良い感じで、なんかホッとしますね。
A-5 Salt Peanuts (1945年5月11日録音 / SP:Guild 1003A)
A-6 Hot House (1945年5月11日録音 / SP:Guild 1003B)
この2曲も今やビバップクラシックスのオリジナル演奏で、メンバーはディジー・ガレスピー(tp,vo)、チャーリー・パーカー(as)、アル・ヘイグ(p)、カーリー・ラッセル(b)、シド・カトレット(ds) という強力なクインテット! まあドラマーのシド・カトレットにはスイングスタイルがモロなんですが、ベースのカーリー・ラッセルが本物ですからですねぇ、グッとモダンジャズに急接近しています。
そして何よりもアル・ヘイグがパド・パウエルにクリソツなのが憎めません。バンドアンサンブルもビシッとキマッていますし、ディジー・ガレスピーは遠慮しない突進ぶりが最高です。もちろんチャーリー・パーカーは自在に空間浮遊して激烈なウネリを聞かせていますよ。
B-1 Ooo-Bop-Sh' Bom (1946年5月15日録音)
B-2 That's Earl Brother (1946年5月15日録音)
以上の2曲は前述のセッションから約1年後の演奏ですが、メンバーはディジー・ガレスピー(tp,vo)、ソニー・スティット(as)、ミルト・シャクソン(vib)、アル・ヘイグ(p)、レイ・ブラウン(b)、ケニー・クラーク(ds) という完全にモダンジャズのバンドになっています。しかも特にギル・フラーがボーカルとアレンジで参加! つまりエキセントリックなビバップに楽しさを加味しようとする試みでしょう。実際「Ooo-Bop-Sh' Bom」での陽気な雰囲気は最高ですし、ついつい一緒に歌ってしまうテーマメロディのバップスキャットが何とも黒人大衆芸能の本質だと思います。
もちろんバンドメンバー各々のスタイルは完成されたもので、特にミルト・ジャクソンが既にしてグルーヴィ♪ 誰かさんにクリソツなスニー・スティットも、ここでは十分に役割を果たしていると思います。
B-3 Our Delight (1946年6月10日録音)
これはいよいよ念願だったビックバンドを組織したディジー・ガレスピーの意気込みが伝わる演奏で、そこにはジョン・ルイス(p)、ミルト・ジャクソン(vib)、レイ・ブラウン(b)、そしてケニー・クラーク(ds) という元祖MJQがリズム隊! ただしホーン陣のクレジットは原盤裏ジャケットに記載してありますが、これには諸説があって詳細は藪の中……。それゆえに、あえてここには書きません。初出のSPについても同様の事情です。
しかしそんな瑣末な事よりも、バンドの勢いとディジー・ガレスピーのヤル気が潔い感じです。
B-4 One Bass Hit Part 2 (1946年7月9日録音 / SP:Musicraft 404B)
B-5 Things To Come (1946年7月9日録音 / SP:Musicraft 447B)
B-6 Ray's Idea (1946年7月9日録音 / SP:Musicraft 487A)
この3曲はディジー・ガレスピー楽団の絶頂期を記録した歴史的名演とされています。バンドを構成するメンバーは「Our Delight」に近いと思われますが、これまた熱気ムンムンに咆哮するブラス&リード、グイノリのリズム隊というモダンジャズの一番エグイ部分が徹頭徹尾、楽しめます。
もちろんディジー・ガレスピーは緩急自在、また他にアドリブを演じるサックスもビバップスタイルに近くなっていて、つまりチャーリー・パーカーの影響が既にジャズ界を支配していた証となっているのでした。
B-7 Emanon (1946年11月12日録音 / SP:Musicraft 447A)
これもビックバンドによる演奏ですが、ちょっとホンワカしたファンキームードが楽しい演奏です。グルーヴィなリズム隊が実に良い感じ♪ ミルト・ジャクソンのアドリブも和みモードですし、シャープなリフと対峙するディジー・ガレスピーだけが力んだところは、逆に狙ったものなんでしょうねぇ。
ちなみに曲名はジャズ業界では「お約束」の逆さ読みで謎が解けるのでした。
ということで、歴史的価値から名盤扱いとしてガイド本にも掲載されているアルバムでしょう。しかし決して「研究」用のレコードではなく、普通に聴いてジャズの楽しみに浸れる演奏ばかりだと思います。
特にチャーリー・パーカーが入ったA面の5曲は、スイングからビバップに進化するジャズが、やはり楽しいものだったという事実が痛快! もちろんビバップはニューヨークの黒人アングラ音楽という認識が当時の常識だったわけですが、それをあえて記録していた当時の業界人の決断と嗅覚の鋭さは、単に商業主義だけではないと思いたいですね。
もし、こうした演奏が記録されていなければ、スイングからビバップへの進化は、それこそ「ミッシングリンク」になっていたでしょうから!
ちなみにこの時期の演奏は、ここに収録されたものがコンプリートではありません。様々なレーベルから色々な企画で纏められたアルバムが幾種類か出回っていますし、それはCD時代になっても同様です。また、このアルバム自体もジャケットやカタログ番号が同じでありながら、収録曲順が一部異なるブツもあるようです。
しかし、だいたいこの内容の演奏が楽しめれば結果オーライじゃないでしょうか。万人向けとは言い難いアルバムですが、せっかくジャズが好きになったのならば、一度は聴いてもよろしいかと思います。