■Wynton Marsalis (Columbia)
現代ジャズ界では最高のトランペッターとなったウイントン・マルサリスを私が初めて見たというか、聴いたのは1981年夏に田園コロシアムで開催された「ライブ・アンダー・ザ・スカイ」というイベントでした。
実はこの日のステージではサンタナがハービー・ハンコックやトニー・ウィリアムスと共演バンドを組んで登場というのが、私のお目当てだったのですが、その宣伝広告にもウイントン・マルサリスの名前があったか、否か……。
つまり全く眼中に無い存在でした。
ところが実際のステージは二部構成で、なんとハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスという黄金のリズム隊をバックにウイントン・マルサリスがワンホーンで爽快に4ビートを吹きまくったのです。しかもそれが物凄い勢いで、怖い3人組と真っ向勝負の熱演でした。
ちなみに当時のジャズマスコミでは、ウイントン・マルサリスを驚異の新人とかクリフォード・ブラウンの再来とか、これまでにも散々使い古された言葉で賞賛していたのですが、もちろん私は信じていませんでしたから、まあ無視も当たり前というか……。それが――!!
そして同年末に出たのが、このアルバムです。もちろん初リーダー盤で、なんと夏に来日した時に敢行されたスタジオセッションも含まれていたのです。
録音は1981年7&8月、メンバーはウイントン・マルサリス(tp)、ハービー・ハンコック(p)、ロン・カーター(b)、トニー・ウィリアムス(ds) という疑似VSOPが東京録音、そしてケニー・カークランド(p)、クラレンス・シー(b)、チャールズ・ファンブロウ(b)、ジェフ・ワッツ(ds) というリズム隊がニューヨーク録音で、さらに実兄のブランフォード・マルサリス(ts,ss) が要所で加わっています――
A-1 Father Time (1981年8月、ニューヨークで録音)
思わせぶりなイントロからドカドカうるさいドラムスが入り、そのまんまミステリアスなテーマが始まるところは、完全に1960年代後半の雰囲気が横溢した新主流派の響きで嬉しくなりますね♪
演奏メンバーは当時、ウイントン・マルサリスが結成したばかりの自分のバンドで、ジェフ・ワッツのドラミングは小型トニー・ウィリアムスですし、ケニー・カークランドは疑似ハービー・ハンコック、クラレンス・シーは言わずもがなということで、明らかにVSOPを手本にしていることがわかりますが、こういうスタイルこそがモダンジャズの保守本流!
その真正4ビートの渦の中で緩急自在に自己を表現するウイントン・マルサリスのトランペットは鋭くも温かみのあるモード節♪ またプランファード・マルサリスのテナーサックスは、これもウェイン・ショーターの影響下にある好ましいものですから、この1曲だけでフォージョンに飽きていたジャズファンは納得させれたのではないでしょうか。
ただしウイントン・マルサリスが書いた曲そのものも含めて、コピーバンドと言われても反論は出来ませんね。それゆえに以降のこうしたスタイルは「新伝承派」と呼称されるのですが……。
A-2 I'll Be There When The Time Is Right (1981年8月、ニューヨークで録音)
ハービー・ハンコックが書いた静謐なスロー曲で、短い場面転換という雰囲気ですが、良くコントロールされたウイントン・マルサリスのトランペット、そしてバンド全体の響きに緊張感があって感度良好♪
A-3 RJ (1981年7月、東京で録音)
そして始まるのがロン・カーターの代表的なオリジナル! もちろんマイルス・デイビスが1965年に吹き込んだ名盤「E.S.P. (Columbia)」で演じられていた、あの曲ですから、ここでの痛快な演奏は、もはや義務でしょう。
実際、ハーピー、ロン&トニーという当時を作った怖い先輩達に煽られ、そしてそれに臆せずにミュートで突進するウイントン・マルサリスには、怖いもの知らずの勢いが感じられます。またそれを強烈にプッシュするトニー・ウィリアムスも実に良いですねぇ。私のような者は血沸き肉踊る世界です♪
またブランフォード・マルサリスもソプラノサックスで大健闘! もちろんウェイン・ショーターの代役という感は免れませんが、これはこれで結果オーライでしょう。
それにしても完全な黒子に徹したハービー・ハンコックの物分かりの良さ♪
A-4 Eesitation (1981年7月、東京で録音)
さらに続くこのアップテンポの快演には嬉しくなります。
ロン・カーターの的確な4ビートウォーキングと幾分バタバタしたトニー・ウィリアムスのブラシがクールで熱く、それに気持ち良くノセられながらも実は対決姿勢を崩さないマルサリス兄弟のモード節が痛快至極!
時代の変化というか、モードがさらに進化したような因数分解のフレーズに興じたトランペットとテナーサックス! これは新しいというよりも温故知新で、ジャズは素晴らしい伝統芸能だと認識させられました。
B-1 Sister Cheryl (1981年7月、東京で録音)
トニー・ウィリアムスの人気オリジナル曲で、躍動的なビートを作り出すリズム隊と大らかなテーマメロディを演奏するマルサリス兄弟の潔さ! これがモダンジャズの懐かしくも普遍の響きとして、当時のジャズ喫茶では大ウケしていましたですね。
ウイントン・マルサリスのアドリブもフレディ・ハバードやウディ・ショウあたりの偉大な先輩達を彷彿とさせながら、既に独自の味わいも確立させた素晴らしさ♪ またA面では縁の下の力持ちに徹していたハービー・ハンコックが、短いながらも閃きに満ちたピアノを聞かせれば、ブランフォード・マルサリスのソプラノサックスはウェイン・ショーターの世界を再現するという、完全にサイケおやじ好みの展開には、不覚にも涙するばかりです。
B-2 Who Can I Turn To (1981年7月、東京で録音)
このアルバムでは唯一のスタンダード曲ですから、果たしてウイントン・マルサリスの歌心や如何に!?
という興味深々なジャズ者の気持ちは、ウイントン・マルサリスの勿体ぶったテーマ吹奏で見事に満たされると思います。もちろんスローな出だしからグイノリのアドリブパート、リズム隊の見事すぎるサポート、特にハービー・ハンコックの上手さは流石でしょうね。
思えばこのリズム隊が当時までは、こうしたスタンダード曲を演じるというのは滅多にないことでしたから、非常に嬉しいプレゼントでもありました。
B-3 Twilight (1981年8月、ニューヨークで録音)
アルバムの締め括りは、ド頭と同じ雰囲気を継承したミステリアスな演奏で、当然ながら若手レギュラーバンドならではの意気込みが感じられます。ちなみにベースはチャールズ・ファンブロウに交替していますが、この人とウイントン・マルサリスは当時、ジャズメッセンジャーズのレギュラーメンバーでもありました。
それは、ご存じのように、ウイントン・マルサリスが最初に注目されたのはアート・ブレイキーの薫陶によるところが大きく、こんな素晴らしいリーダー盤を作っていながらも仕事としてはジャズメッセンジャーズでの比重が大きかったのです。まあ、これは現実の厳しさでしょう。
しかしこのアルバムの大ヒットによって翌年からはレギュラーバンドでのギグも増え、ついにはジャズ界の最前線に立つというわけです。
ということで、4ビートの救世主とまで崇められたウイントン・マルサリスのデビュー盤は、しかしコピーバンド的な趣も強い仕上がりです。ただし本人のトランペットの技巧、さらにジャズ的な感性は流石に素晴らしく、失礼ながら同時期に活動していた他の面々と比較すれば、ダントツの輝きは認めざるをえません。
ちなみに、このアルバムの東京セッションでは、前述の初来日イベントでのライブ主要演目がスタジオ録音で残され、アナログ盤2枚組LPとして発売されました。
そしてジャズの伝統芸能化は、このあたりから顕著になったのではないでしょうか?
私がジャズを本格的に聴き始めた頃、つまり1970年代初頭でも、往年の名盤を聴くことは古くても素晴らしいものに触れるという喜びがあった反面、例えばハードバップ全盛期の1950年代中頃の演奏については、こんな20年近くも前の演奏を素晴らしいなんて感じることに私は些かの疑問を抱き、面映ゆいものを感じていました。
それが今、このアルバムは既に発売から27年! この温故知新の喜びに浸ったあの日に帰ることも出来ません。ジャズも完全に伝統芸能になるわけですね……。