■You Can't Go Home Again / Chet Baker (Horizon / A & M)
フュージョン全盛期の1977年に発売された、全くそれにどっぷりというチェット・ベイカーのアルバムです。それは人気トランペッターの宿命、あるいは商業主義の表れと、今日では様々に受け取られていますが、少なくともリアルタイムではジャズ喫茶の人気盤になっていました。
録音は1977年2&5月、メンバーはチェット・ベイカー(tp) 以下、マイケル・ブレッカー(ts)、ヒューバート・ロウズ(fl)、ポール・デスモンド(as)、ケニー・バロン(el-p)、リッチー・バイラーク(el-p,key)、ジョン・スコフィールド(g)、ロン・カーター(b)、アル・ジョンソン(el-b)、トニー・ウィリアムス(ds)、ラルフ・マクドナルド(per)、そしてブラス&ストリングスが付くのは「お約束」で、こんな豪華な面々を集めたプロデュースとアレンジはドン・セベスキーが担当しています――
A-1 Love For Sale
コール・ポーターが書いた有名スタンダードを思いっきりフュージョンさせた演奏です。まず初っ端からグビグビのエレキベースにチャカポコのエレキギター、重たいシンバルがゴッタ煮のビートを提示し、不安なストリングスが入ってくる中でチェット・ベイカーとマイケル・ブレッカーが思わせぶりに原曲メロディを吹奏していきます。
そしてサビからは一転して快適な4ビートのグルーヴとなり、またまたフュージョンビートに逆戻りしては、マイケル・ブレッカーが当時はこれしかなかった典型的なクロスオーバーのアドリブを出しまくりです。もちろんこれがリアルタイムではカッコ良さの極致であり、途中でちょいとだけ出てくる4ビートのパートには、なにかと批判されていたフュージョン派の溜飲が下がる思いだったのです。
しかしチェット・ベイカーは周囲の思惑なんか関係ねぇ~、という自己主張で、かなりハードなフレーズを使ったアドリブです。なんかバックでゴチャゴチャやっているリズム隊が哀れになるほどなんですよねぇ……。もちろん4ビートの部分では十八番の歌心♪
気になるジョン・スコフィールドは適度なアウト感覚と細い音色で、ちょっと英国産プログレみたいなアドリブが賛否両論でしょう。トニー・ウィリアムスもライフタイムっぽいドラミングで応戦していますから、個人的にはこの部分が一番気に入っているんですが……。
極限すれば、非常に醜悪な演奏だと思います。この様々な思惑が入り混じった重い雰囲気……。終盤にはロン・カーターとアル・ジョンソンの「生」対「エレキ」のペース対決までもが用意されているというサービスの良さが、私にとっては、決して潔いとは言えません!
A-2 Un Poco Loco
そしてこれが、またまたヘヴィなロック&ハードバップです。いきなり出てくるのが、ドカドカうるさいトニー・ウィリアムスのドラムスですからねぇ~。もちろんこれは、パド・パウエル対マックス・ローチという、モダンジャズ史上に残る名演の今日的な解釈だったんでしょうが……。
アドリブパートではジョン・スコフィールドがプログレっほいロックジャズの雰囲気で、ここは大好きです♪ しかしキメのリフを挟んでマイケル・ブレッカーが登場してくるあたりから、演奏は混迷して……。トニー・ウィリアムスが必死のドラミングもマイケル・ブレッカーの猛烈なアドリブソロにお手上げ状態……。まあ、このあたりが如何にもジャズの瞬間芸と言えば、それまでなんですが……。
こうしたお膳立てがあって、いよいよお待ちかねのチェット・ベイカーは、幾分ハスキーな音色で勿体ぶったアドリブを演じてしまいますから、リズム隊も急に新主流派に逆戻り! ロン・カーターのペースが、なかなか良い感じですねぇ。
ただし続くトニー・ウィリアムスのドラムソロは、賛否両論……。
B-1 You Can't Go Home Again
という、どーでもいいようなA面を通過して裏返したB面初っ端で、これぞっ、チェット・ベイカーという桃源郷に辿り着きます♪
曲はドン・セベスキーが書いた、とろけるように甘いスローなメロディが最高♪ しかもそれをポール・デスモンドのクールなアルトサックスと幽玄なストリングが彩るんですから、たまりません。ドン・セベスキーとケニー・バロンが弾く2台のエレピも心地良く、またロン・カーターのペースが実に全体を纏めているという、何度聴いても飽きませんねぇ~~~♪
アドリブパートも全てが「歌」というチェット・ベイカー、畢生の美メロしか出さないポール・デスモンド! もうこれは奇跡の名曲・名演だと個人的には愛聴してやみません。このトラックがあるからこそ、A面の暴虐も許せるのです。
B-2 El Morro
そして続くのが、これまたドン・セベスキーが書いたスパニッシュ&メキシコ系モードを使った哀切滲む名曲です。ヒューバート・ローズのフルートがテーマをリードし、またジワッと出てくるチェット・ベイカーが味わい深いところなんですが、その後の演奏はテンポアップして爽快なパートに突入!、当然ながら、ここではマイケル・ブレッカーが大暴れするのです。
しかしそれは、あくまでもチェット・ベイカーが登場する露払いでしかありません。全盛期に比べれば、明らかに苦しそうな音の出し方、あるいはフレーズに窮して思わせぶりを演じてしまうところさえも、実に味わい深いチェット・ベイカーの存在感は、なんとも言えません。決して名演ではありませんが、何かを超越したクールな雰囲気の醸し出しかたには、グッときます。
バックの面々も、そのあたりを大切にした熱演での盛り上げが、実に美しいですねぇ~。ただの「お仕事」を演じた気抜けのフュージョンとは大いに違うところだと思います。
ということで、賛否両論のアルバムでしょう。私にしてもA面なんてほとんど自発的に聴くこともありません。逆にB面は、それこそ擦り切れるほど、です! その意味ではCDによる鑑賞が向いているのかもしれません。つまりブッ通して聴くと、地獄から楽園へ一気通貫というわけです。
ちなみに当時のチェット・ベイカーは悪いクスリの常習から逃れられず、稼いだ金もほとんどがそれに溶けていたそうですが、演奏だけは意外としっかりしていたようです。それはこのアルバムジャケットの荒んだ肖像と中身の充実度でも明らか……。
そのあたりは本人も自覚していたらしいのですが、悪いクスリのために演奏をやるというのは、やりきれない思いを禁じえません。その意味で、タイトル曲の素晴らしすぎる出来が、いっそう悲しくなるのでした……。