松美の言絵(いえ)

私は誤解されるのが好きだ。言い訳する手間が省けるから。

魚の気持ちで考える、魚氷。

2016-12-16 12:11:56 | 日記・エッセイ・コラム

 札幌雪祭りで、毎年恒例の魚の氷漬け「魚氷」が中止されることになったそうだ。もちろんあのスケートリンクの騒ぎのせいだ。これはおかしいでしょ。

 小さい女の子が感情として瞬間的に思う「かわいそう」という気持ちは、分からないでもない。しかしそこには魚が人間と同じレベルの「痛さ」や「心」があると勘違いしている錯覚があるように思う。そこで母親は教えなければならない。魚類には痛点がないという事実を。でなければ死んだ魚を(生きていてもいいが)さばく行為が、もっと残酷だと思うようになるだろう。

 魚の中でも綺麗な魚と、ブスな魚で、同じように「かわいそう」と思うのか。イカ・タコも「かわいそう」なのか。貝類なら「かわいそう」でないのか。

 あの件では母親までがインタビューに答えて、これは行き過ぎではないか、みたいな否定的な反応を示していた。どういうしつけを受けて来たんだろう。

 振り返れば海岸に打ち上げられたクジラやイルカや大型動物を、みんなが必死になって「助けて」いる映像が共感を呼ぶシーンがある。コミュニケーションを取る高等な動物だから?それは理由にならない。勝手に座礁したのなら、「ありがとう」って言って獲って食べればいい。と言ったら家族は反対した。だって縄文時代なら、喜んで食べたでしょう。江戸・明治・大正までなら、きっと食べたことだろう。だって日本の文化なんだから。神に感謝しつつ、捨てる所がないほど、きちんと最後まで頂く。

 札幌の実行委員会も、意気地がない。去年まで「不快な思い」をした人が、いなかったわけでしょう。ならいいじゃない。こういうのがニュースになることは、SNSの最大の「罪」だと思う。

コメント
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