徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「無伴奏」―秘密の恋に揺れ動く男女の切ない甘美なある青春の物語―

2016-05-14 13:00:00 | 映画


 直木賞作家小池真理子の半自叙伝的作品を、「三月のライオン」(1992年)、スイートリトルライズ」(2010年)などで知られる矢崎仁司監督が映画化した。
 恋愛小説の名手が、多感なヒロインの一人称で綴ったこの小説の世界は、生き生きとした俳優たちの存在感とともに、新しく生まれ変わって見える。

 混沌の時代にふさわしい葛藤と歪んだ愛に満ちた物語が、秘密の恋に揺れ動く男女の切ないラブストーリーとなって、耽美な魅力を漂わせる。
 激しい、一時期の身を焦がすような記憶の中に、愛という名の革命がある・・・。










1969年、反戦運動、全共闘運動と、日本中が学生運動の熱気に包まれていた。

仙台の女子高校生、野間響子(成海璃子)は、同級生のレイコ(酒井波湖)やジュリー(仁村紗和)とともに、制服廃止闘争委員会を結成し、学園紛争に打ち込んでいた。
両親はそんな響子のことを案じていたが、仕事の都合で東京に引っ越すことになった。
響子は進学校に通っていたため、叔母のもとで暮らし、仙台に留まることにした。

やがて、レイコに連れられて初めて訪れた、クラシック音楽の流れる喫茶店“無伴奏”で、響子は渉(池松壮亮)、祐之介(斎藤工)、エマ(遠藤新菜)の3人と出会う。
その店で、パッヘルベルのカノンをリクエストする渉に、響子は興味を抱く。

響子はあるとき、大学で開かれた集会で負傷し、自分の甘さを痛感して学生運動から距離を置き、逃げ込んだ“無伴奏”で渉たちと再会する。
会うたびに渉に惹かれていく響子は、ときに嫉妬や不安に駆られながらも、彼に熱い想いを注ぐようになる。
そうしていつしか見えない糸が絡み合って、どうにもならない衝動に突き動かされていくのだった・・・。

この時代は劇的なエネルギーに満ちた時代だった。
小池真理子はその時代を回顧しながら、この作品の筆をすすめたとと思われる。
クラシック音楽ばかりを流している、「田園」とか「上高地」とかという名前の名曲喫茶もあった。
一杯のコーヒーで2時間も3時間も粘った。
この作品で再現される、60年代のセットやファッションも懐かしい。
それは青春へのノスタルジーでもあり、現代の若者も共感できる手ごたえを感じさせる。
響子のような女の子はどこの時代にもいる。

登場人物は、やたら革命とか愛とかといった言葉を口にし、生きるか死ぬかの真剣な覚悟でのぞむ。
そうでなければ、これより数年前の全学連の安保闘争デモで、流血の惨事など起きなかったはずだ。
この時代の若者たちに見るクールな焦燥感、笑っていても隠せない寂しさ、コントロールできない感情・・・、でもそれが青春のあかしだった。
各シーンごとに選び抜かれた衣装や美術も、よく見ると凝っている。
ドラマの中、渉が響子にプレゼントしたレコードは、チャイコフスキーの「交響曲第6番悲愴」であった。
この曲が物語の後半を彩り、何やら死のイメージをもたらすものであることがわかってくる。
終盤の展開は劇的だ。
渉の傍らには常に友人の祐之介がいたが、ある日二人の秘密が目撃される・・・。

恋は人を闇へと誘うものらしい。
多感な響子が偶然に出会った渉に強く惹かれ、相手の不可解な態度に翻弄される。
その渉に影のように寄り添う友人の祐之介と恋人エマ・・・。
彼らの共有する秘密の匂いが響子を苛み、不安をはらんで漂う四角形の関係は、終盤で悲劇へと疾走し始める。

・・・誰もいなくなって、たった一人きりになった主人公は、全てが始まった場所“無伴奏”のドアを開けて外に出る。

主人公響子が、本当の大人になろうとする瞬間だ。
それは、自分にとっての革命なのかもしれない。
矢崎仁司監督映画「無伴奏」は、多感な恋に揺れ動く男と女の姿を繊細に描いたラブストーリーである。

この作品には、原作者も言っているが大それたテーマはない。
時代をセンチメンタルに料理し、自ら味わってみようとした作者の試みだ。
かつての自分がドラマの中に投影されているのを、ちょっぴりはにかみながら・・・。
この映画には、過ぎ去りし青春の日々の、つきせぬ回顧と郷愁がある。
      [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点
次回はイギリス映画「アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち」を取り上げます。


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2 コメント

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大それた (茶柱)
2016-05-15 22:58:07
テーマなどと大上段に構えなくても、時代の空気が残せればそれはそれで作品たり得ますよね。
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その映画が・・・ (Julien)
2016-05-16 08:29:33
「現在」を伝えるものでなくても、「過去」を伝えるものであっても、時代の空気って大切な要素ではありませんか。
その時代背景とともに・・・。
また、それって作品を観ている方でも、とても気になるものです。
時代の空気が伝わってこなかったら、映画にはなりませんね。
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