これはまためずらしい、ルーマニアの映画だ。
クリスティアン・ムンジウ監督は、過剰な集団心理が生む現代の悲劇を、衝撃的に綴った。
2005年、ルーマニアの修道院で実際に起きた事件を題材にしている。
お互いに、深い絆で結ばれたはずの若い女性が、信仰と愛のはざまで揺れ動き、葛藤する姿を描いている。
全編にわたって、緊張感の溢れるワンシーン・ワンカットの映像をつないで、宗教の名の下に行われる犯罪を描ききった。
重厚な闇をはらみながら、深く、知性と感情に訴えてくるドラマである。
慈悲ある修道院で、どうしてこのような事件は起きたのか。
映画は、特殊な社会で起きた事件を扱っているが、現代の孤立、閉塞感の進む世界中のどこにでも起こりうる悲劇かも知れない。
アリーナ(クリスティナ・フルトゥル)とヴォイキツァ(コスミナ・ストラタン)は、同じ孤児院で育った仲だった。
ドイツで暮らすアリーナが、その幼少時代を一緒に過ごしたヴォイキツァに会うために、ルーマニアへ帰国する。
ヴォイキツァは、修道院で神の愛に目覚めて、信仰一色の満ち足りた生活をしていた。
アリーナの願いは、世界でただひとり愛するヴォイキツァと一緒にいることだった。
だが、愛を得られないアリーナは、彼女を取り戻そうとするのだが、自身が次第に精神を病んでいく。
修道院の人々は、秩序を乱すアリーナの病が悪魔の仕業とみなし、秘儀を施すことになった。
そして、そのことがやがて大きな悲劇を招くことになろうとは・・・。
それは悪魔祓い(エクソシスム)といわれ、「悪魔に憑かれた」と判断された者から、悪魔を祓い、魂の浄化を行う儀式で、かつてイエス・キリストが悪霊を追い払い、病を癒し、弟子たちに悪霊を追い出す権威を授けたとされることにもとづく。
悪霊祓いをするために、ドラマの中での神父(ヴァレリウ・アンドリウツァ)の行為は、恐るべきものであった。
それを、神父は精神的に不安定になった幼なじみのアリーナ助けるために施したといい、ヴォイキツァら修道女たちも神父にただ従っただけで、悪気があったわけではない。
そこに、善悪の判断の危うさがあり、集団となった人間たちが、極端に暴走してしまうことの怖ろしさを、見せつけられるのだを
ドラマの内容は、ルーマニアで起きた事件を、ほとんど事実に即して描いている。
クリスティアン・ムンジウ監督は、このルーマニア映画「汚れなき祈り」で、事件をただセンセーショナルに扱うのではなく、渦中にいた人々の姿を、緻密な脚本と圧倒的な表現力で描ききった。
どんどん暴走していくアリーナに対して、それを受けて困惑するヴォイキツァとの対比は、世の中によくあるシュチエーションだし、ムンジウ監督の言うように、ここで扱われているのは普遍的なテーマだ。
このような題材が、映画にふさわしいかどうかは別として・・・。
作品では、本当の事件と同じくらいに、ディテールや小さな出来事を、ひとつひとつ大事に的確にとらえていて、それも彼らの生活している世界や、彼らの信仰を理解しようとするために必要だったからだ。
しかしそれにしても、アリーナが閉じ込められていた部屋に火を放ち、修道女たちに抑え込まれ、縛られ、教会に運ぶために彼女を板に乗せ、身動きできないように、横渡しにした細木に腕を括りつけるという、この姿を見ると十字架に磔にされたようで、鬼気迫る場面ではないか。
そして、外は冷たい雪が舞っている荒涼としたシーンだが、全編にわたって、無駄を極力省いた重厚な世界を作り上げている。
アリーナ役のクリスティナ・ワルトゥルと、ヴォイキツァ役のコスミナ・ストラタンは、キャスティングの際難航の末に選ばれた二人だそうだが、カンヌ国際映画祭では脚本賞とともに、新人ながら迫真の演技に対して二人に女優賞が与えられた。
重く、暗いテーマだが、映画としての質の高さを感じさせるに十分な作品とみた。
2007年に長篇2作目の「4か月、3週と2日」で、パルムドールを受賞しているクリスティアン・ムンジウ監督だが、それに続く快挙ということになる。
1968年ルーマニア生まれだから、まだまだこれからが期待される楽しみな俊英だ。
[JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)
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21世紀になった現代でも,この様な事件が起こりえるのですね。
怖い怖い。