私は誰でしょうか。
私は・・・?
共産主義だったポーランドを逃れて、英国で活動してきたパヴェウ・パヴリコフスキ監督が、初めての母国で、ポーランド社会の抱える闇と罪を捉えた作品だ。
基本的には、ポーランドを舞台とする旅のお話(ロードムービー)である。
横幅の狭いスタンダードサイズのモノクロ映画は、クラシックなものだが、中身は濃い。
映像を彩る、光と影、極端に切り詰められたセリフと構図の余白が、主人公の心の内面を象徴するかのようだ。
それは、痛ましくも、私とは誰なのかという究極の問いを見据え て、観客の想像力を刺激する。
1960年代初頭のポーランド・・・。
カトリック修道院で孤児として育てられた、見習い尼僧のアンナ(アガタ・チュシェブホフスカ)は、それまで存在さえも知らなかった叔母のヴァンダ(アガタ・クレシャ)のことを知り、彼女に会いに行く。
アンナはそこでヴァンダに、「なたはユダヤ人で、本名はイーダ」と告げられる。
それは、衝撃の事実であった。
二人は、イーダの両親の死の真相を探るべく、旅に出る・・・。
このポーランド映画「イーダ」で、主人公たちの旅を通して浮かび上がるのは、ポーランドにおけるユダヤ人迫害などの、複雑な歴史的背景だ。
ひとりの少女の成長ならぬ変容ぶりが、厳粛にかつ劇的に表現されている。
過酷な運命と歴史を見据え、深遠な想いを内に秘めたイーダを描き切ることで、彼女の危うく揺れる心情を炙り出している。
このドラマには、正義とは何か、国家とは何かといった、重い問いかけが潜んでいる。
正直言って、地味で淡々とした暗い物語だ。
物語自体は実ににシンプルで、込み入った複雑なプロットもないし、むしろ簡潔すぎてわかりやすい。
セリフが少なく、静かに場面が綴られていく。
観ていて、じんわりと来る感じの映画だ。
主演の少女、1992年生まれのアガタ・チュシェブホフスカは、ワルシャワ大学で文学と哲学の歴史を専攻したが、ワルシャワのカフェで座っているところを、女性監督のマウゴジャタ・シュモフスカが目にとめ、友人のパヴリコフスキ監督に連絡したのがきっかけとなって、「イーダ」の主演に抜擢されたのだそうだ。
映画界にはまったくの素人で、本人は、今後女優としての活動を続けるつもりはないと語っている。
大きな目が印象的な、寡黙な少女を演じるその純真さが、純真なるがゆえに、痛々しい哀しみにあふれている。
しかし、パヴリコフスキ監督の眼差しは優しく穏やかである。
[JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)
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