徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「さまよう刃」―問題提起はわかるが―

2009-10-18 09:00:00 | 映画

裁くのは誰か。守るのは誰か。
光も華もないストーリーが、映画になった。
東野圭吾原作、益子昌一監督の作品だ。
ここに描かれたのは復讐の虚しさだ。
製作に当たっては、エンターテインメント映画にしようと努力したようだが、作品は重く暗い話に出来上がった。

作品は、少年法と被害者感情の乖離など、社会問題を提起した。
もしも、かけがえのない一人娘を、レイプ、薬物投与という凄惨な目に合わされた上で、殺されたとしたら・・・?

冬の朝、荒川べりで、一人の少女の死体が発見された。
何者かに暴行された上に、薬物を注射された無残な死に様に直面し、被害者の父である長峰(寺尾聰)は、強い憤りと絶望を感じずにはいられなかった。
妻に先立たれた長峰にとって、たった一人の家族であった娘を失い、魂の抜けたような毎日を送る彼のもとに、ある日謎の人物から一件の留守番電話が入る。
娘を凌辱し、殺害した犯人たちの素性を告げるその電話の声に従って、長峰は独自に犯人を追うことを決める。
未成年であるがゆえに、捕まっても重罰に問われない犯人たちを、自分の手で断罪するために・・・。

娘を殺された父親の気持ちと、残虐な犯罪を繰り返す少年を保護するかのような、少年法の狭間で揺れる刑事たちの、それぞれの苦悩と葛藤が交差する。
程なく、犯人の一人である伴崎の死体が発見され、現場の指紋から長峰の犯行と断定される。
警察は、長峰とさらにもう一人の犯人少年菅野を追うことになる。
長峰は、長野のペンションを一軒一軒まわり、犯人の行方を追っていた。

事件担当の、織部(竹野内豊)と真野(伊東四朗)の二人の刑事も急行し、夜の廃ペンションで、運命の糸に手繰り寄せられるように、長峰や菅野と対峙する。
そうして、もつれあった各々の想いが、衝撃の結末に向けて静かに動き出していく・・・。

法制度の矛盾点を突いて、一応の問題提起はなされているが、描き方が上っ調子で、薄っぺらだ。
犯人である、少年たちの生活や背景も、心情もよく解らない。
同じことが、長峰や彼らを追い詰める刑事らにも言える。
現行の法制度に対する考察も、おざなりだ。
さほどの緊張感も強くは感じられず、物足りない。トーンがいかにも低い。
物語の展開もゆるやかで、大きな曲折や波乱はないし、また描かれていない。
平面的で、頼りない。

小説としてはともかく、映像としては難しいテーマかも知れない。
益子昌一監督の、この映画「さまよう刃は、ひとつの事件をめぐって、三社三様の立場から、社会のひずみを映し出そうとした努力らしきものは見えるが、観る者の心を激しく揺さぶるような、重厚で密度の高い作品を期待するのは無理のようである。
怒りも悲しみも、‘毒’の盛り付けが少なすぎたのか。
非道な犯罪と人間感情の狭間で、果たして、どこまでこの映画が観客の心をつかむことができるか。