徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「引き出しの中のラブレター」―伝えたかった想い―

2009-10-12 12:00:00 | 映画
秋が、日一日と深まりの色を見せ始めている。
しばらくぶりに、しみじみとした、いい映画を観た。
・・・伝えたいけど、伝えられない。
・・・伝えたかったけれど、伝えられなかった。
「ありがとう」とか「ごめんなさい」とか、近くにいるのに言い出せない言葉というのがある。
本気で伝えたい言葉が、心の奥にしまわれたままで、伝えられずにいる。

インターネット、ケータイ、メール・・・、コミュニケーションが当たり前のように便利になればなるだけ、本当に伝えたい言葉を伝えることは案外難しいものだ。
だからなおのこと、直筆に想いを託す手紙や、人と人とが一対一で向き合うラジオを通じて、言葉の大切さ、自分の想いを伝えたいのだ。

三城真一監督は、想いを言葉にすることの大切さをテーマに、心優しいドラマを作り上げた。
抑制の効いた、細やかな気配りの演出がいい。
恋人に宛てた手紙だけが、ラブレターではない。
家族、父母、友人、恩師・・・、大切な人に、心の中にしまってある大切な思いを伝えること、それが本編で綴られる「ラブレター」だ。

久保田真生(常盤貴子)は、ラジオのパーソナリティをしている。
4年前、仕事のことで喧嘩し、絶縁していた父親は、仲直りもしないまま2ヶ月前に他界した。
そんな彼女のもとに、父が生前自分宛に書いた手紙が届く。
そんな折、北海道の高校生・直樹(林遺郎)から、番組に一通の手紙が届く。
“笑わない父を笑わせたい”と・・・。
思わず、父と自分の関係を重ね合わせる真生であった・・・。

そしてある日、真生は、「引き出しの中のラブレター」という番組企画を立てる。
誰もが、心の奥にしまった、さまざまな“想い”を伝えることで、新しい一歩を踏み出せたら・・・。
それを、ラジオを通じて届けたい。
妻子と別れて暮らすタクシードライバー、シングルマザーを決意した妊婦、恋愛に悩む青年、たくさんのリスナーのために・・・。

手紙にしたためられた、一人ひとりの秘められた想いが、真生の声に乗って、彼らの大切な人のもとへ届くとき、いくつもの小さな奇跡が起こる・・・。

想いの詰まった手紙が、さまざまな家族の絆をつないでいく。
この三城真一監督映画「引き出しの中のラブレターに登場する人たちは、愛する者に面と向かってではなく、ラジオや手紙という間接的な方法で、自分の言葉を伝える。
人というのは、多かれ少なかれ不器用なものなのだ。
相手が見えると、つい照れたり、ごまかしたり・・・、けれども本当の真心さえあれば、きっとその想いは相手に伝えることができる。
映画の中で観る、たとえばそれは朗読であったり、映像であったり、歌や踊りやスピーチや笑顔であったり、“想いの伝え方”はいくらでもあるものなのだ。

出演は、ほかに萩原聖人、伊東四郎、片岡鶴太郎、中島知子、八千草薫、仲代達矢、六平直政ら、それぞれになかなか達者な役者が揃って、作品も全体に丁寧に描かれていて好感が持てる。
常盤貴子の語りも、心温まるしっとり感がよく出ている。
群像劇の形を成したヒューマンドラマだが、平たくなりがちなメッセージも、洒落たタッチで伝わってくるし、おしつけがましくもない。
笑いと涙の人間模様が、ほどよい癒しともなり、心の琴線に触れて、さざなみのような感動を呼ぶ。

便利な世の中だからこそ、逆に失われていくものもあるというが、そんな現代に本当に大事なものを、思い出してほしいというメッセージも感じられる。
この作品、さりげない空気感だけで、切なくさせたり、懐かしい気持ちにさせてくれる。
この秋、おすすめの一作である。
・・・過去というのは、時として、あたかも自分が主人公のドラマのように、想い出されるものだ。