徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「百万円と苦虫女」ー不器用な女のいたいけさー

2008-07-23 22:00:00 | 映画

笑顔を見せながらも、悲しみが同居する・・・。
そんな、独特の表情が魅力的だ。
主演は蒼井優で、三年ぶりの主演作になるそうだ。
映画「フラガール」(06)は思い出すが、日本アカデミー賞助演女優賞やブルーリボン賞主演女優賞など、数多くの映画賞を受賞していて、この数年の間にさらに成長した感じだ。
彼女は、渡された脚本を読んで、人間の様々な行動が美化されないで、細かいデテールまで隠さずに描かれているので、大いに気に入って、役作りに関しては意外に悩まなかったそうだ。
性格の不細工な女の子を演じて、かえって面白いキャラクターが画面に生きている。

この作品、タナダユキ監督(脚本共)が、人と距離を置くことで、自分を守る傷つきやすい女性の姿を、覚めた目線でリアルに描いていて、どこかさわやかな人間像が観るものをひきつける。

短大を出て、就職浪人中の21歳の佐藤鈴子(蒼井優)は、ウェイトレスのアルバイトをしている。
或る日、バイト仲間からルームシェアの話をもちかけられ、実家を出ることにした。
それがもとで事件が起き、警察の厄介になるはめになった。
中学受験を控える弟の拓也(齋藤隆成)に、「受験に響く」と非難され、鈴子は、「百万円貯まったら出て行きます!」と家族に宣言、新聞配達にビル清掃など、何でもかけもちで懸命になって働いた。

鈴子は旅に出る。
海辺の町に辿りついて、海の家ではかき氷の腕をほめられ、サーファーの青年たちにも何かと声をかけられるが、貯金が百万円になると、鈴子はあっさりと次の土地を目指して、今度は山村へ行く。
そこで、桃畑農家の住み込みのバイトをしながら、老婆と息子の暮らす家で田舎暮らしをする。
しかし、村おこしのために、「桃娘」にならないかと言われ、気のすすまない鈴子は、それを断って村にいずらくなり、また別の地方都市へ向かった。

鈴子は、ホームセンターのガーデニングコーナーのアルバイトを見つける。
先輩店員の大学生中島亮平(森山未来)は園芸に詳しく、さりげなく鈴子をかばってくれる。
或る日、中島に誘われた喫茶店で、鈴子は、自分が刑事告訴されたこと、百万円貯めては転々としていること、さらには自分の心の内まで、初めての彼に吐露する・・・。
喋りすぎて、嫌われたかと思い込んだ鈴子が、逃げるように店を出ると、必死になって追いかけてきた中島に、いきなり「好きです」と告げられる。

二人の幸せな日々が始まるのだが、そのとき鈴子の貯金額は、既に96万円台になっていた。
やがて、中島は、幾度も幾度も鈴子に金を無心するようになる・・・。
それは、中島が、鈴子の貯金が百万円を超えないように願っていたからだったのだが・・・。

鈴子が、中島に問われる場面がある。
 「どうして、ひとり旅をしているの?自分探しの旅?」
それに対する鈴子の答えはこうだ。
 「自分探しの旅なんてしたくない」

旅する鈴子の持ち物は、自分で縫ったカーテンと僅かな衣服だけだ。
一日中黙々と働いて帰るのは、がらんどうのアパートの一室だ。
その何気ない空間が、今の鈴子には心地よい。
 「自分探しなんて、むしろしたくない」という鈴子は、自分を閉ざすことでリハビリをしているのだ。
でも、旅が進むにつれて、鈴子は人を信頼する方法を少しずつ学んでゆく。
あるがままの自分を受け入れてくれ、未知の世界へとまた踏み出す彼女が、ラストで見せる、凛として爽やかなあの表情が何にもましていい。

蒼井優は、その笑顔の輝きと、幅広い役を確実にものにする演技力のある女優だ。
こんなに存在感の薄い役柄を、ごく自然に独特の感性で演じている。
鈴子という女は、自分と向き合うほどの勇気もない。
どこにでもいそうな女性だ。
「桃娘」のシーンにしても、はからずも近隣農民の期待を背負いながら、所在なげに逃げ出したくなる気持ちがよく出ている。
恋人にお金を貸し続け、断ることも出来ない複雑な心境を、どこかはかなげでいたいけな仕草で演じている。
何となく、胸に迫るシーンだ。

鈴子(蒼井優)は、他人の視線が大の苦手の女性だ。
どこか弱く、ひたむきさはあるのだが、勇気がない。
心の孤独を抱えている。
必死で、自分を守り続けている。
そんな、閉ざされていた心が、次第に周囲の人たちによって解きほぐされていく。
鈴子中島のシーンにしても、思っていることを、うまく伝えられないもどかしさが伝わってくる。
くすくす笑ってしまいそうだ。
ここでは、男も女も二人とも、揃って不器用なのだ。
このあたりは、青春映画のひとこまを観ているようだ。

映画「百万円と苦虫女」は、ちょっとコメディみたいなタイトルに惑わされるが、小品ながら心癒される、どこかほんのりと切なさもにじませて、むしろある意味ではシリアスなドラマと言える
共演はほかに、竹財輝之助、ピエール瀧、笹野高史、佐々木すみ江らでタナダユキ監督の、極力無駄を省いた丁寧な演出は評価できる。
演技と言えば、‘笑顔’もいろいろあって、嬉しい笑顔、悲しい笑顔、困った笑顔、苦しい笑顔など、それこそ役者の力だ。
ヒロインの、‘悲しい笑顔’は秀逸だ。
人は、自分から逃れるなんて出来ない。
たとえどんなに逃れたと思っても、自分の影は自分を追ってくる。
所詮他人が何と言おうと、自分は自分だ。
不細工は不細工なりで、まあ、それはそれでいいではないか。

それにしても、不器用不細工な女の、あの余韻を残した、さらっとしたラストシーンの爽快な表情はどうだろうか。
とりわけ、蒼井優の好演が光った面白い作品である。