徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「スルース」ー男対男の心理劇(スリラー)ー

2008-07-07 20:15:26 | 映画
ケネス・ブラナー監督の作品だ。
イギリスの二大俳優マイケル・ケインジュード・ロウの対話劇である。
見ものは、二人の演技合戦だ。

プロデューサーを兼ねるロウの熱烈なオファーで、72年版でローレンス・オリヴィエの演じた作家役を、新たな解釈を加えてケインが熱演する。
一方ロウは、かつてケインが演じた若い男役にまわり、男のエゴとプライドを激しくぶつけ合う見ごたえのある心理劇だ。

製作はアメリカなのだが、出来上がった作品は、イギリスのシェイクスピアの舞台を観ているようだ。
マイケル・ケインの演じた、映画のかつての役柄を変えたリメイク版というところだ。
イギリス人の作ったアメリカ映画だ。

舞台は、郊外の一軒家である。
そこで、二人の男の間に繰り広げられる心理合戦が、スリリングに展開していく。
ジュード・ロウ「マイ・ブルーベリー・ナイツ」にも出演しており、今回の役の方が一段と見映えがしないか。

監視カメラが作動し、正面ゲートを抜け、長いドアウェイを走る中古のシトロエンを捉える。
ロンドン郊外にある、ベストセラー推理作家アンドリュー・ワイク(マイケル・ケイン)の瀟洒な邸宅に、若い俳優マイロ・ティンドル(ジュード・ロウ)が現れる。
彼らの関係は、“夫対妻の浮気相手”だ。
作家が、若い男に持ちかける。
 「私の妻が欲しいなら、私の提案に乗らないか?」
ワイクの妻マギーは、若いティンドルと浮気をしており、ティンドルワイクマギーとの離婚を合意してもらうためにこの屋敷を訪れたのだ。
それは、一人の女をめぐって、二人の男が挑発しあう、不健全で、高貴なゲームの始まりであった。

お互いに罠を仕掛けあい、次から次へと主導権は取って替わり、どんでん返しの連続だ。
ワイクティンドルに、外部から進入した泥棒役を演じてもらい、金庫の中の超高価なネックレスを盗んでもらう。
それを海外に売り払えば、ティンドルには、今後ワイクの妻マギーに贅沢をさせられるだけの現金が、ワイクには宝石にかけた多額の保険金が入りこむという算段だ。
これが、初めのワイクの計画だ。
ティンドルは、その提案を罠だと言い、ワイクは取引だと言って譲らない。
ワイクの巧妙な話術にティンドルははまり、ワイクの練ったシナリオ通りにそれを演じることになる・・・。

屋敷の室内を上から俯瞰するアングル、隠しカメラの映像など、いたるところに効果的なカメラアングルが目立った。
ストーリーの展開はまことに巧妙で、よく観ていないとついて行けないくらい混乱してしまいそうだ。
アンソニー・シェーファーという人によって書かれた、旧版のスリラー劇「スルース(探偵)」が下敷きになっている。
今回のシナリオは、ノーベル文学賞作家ハロルド・ピンターで、二本のシナリオの根底にある考え方はほとんど正反対のものだそうだ。
でも、饒舌と機知は変わらない。
二人の役者はよくしゃべり、気の利いた台詞を連発する。
台詞は簡潔で、要を得ている。無駄がない。
そのさりげない台詞が、激しい暴力を秘めているのだ。パンチが効いている。
脚本は、さすがにこなれているようだ。
俳優は、間の取り方や含蓄の生かし方についても、綿密に計算した演技をさせられている。

夫が妻の愛人と対決するという状況の中で、二人の人間が演じる「ゲーム」は二転三転し、思いがけない結末へと導かれてゆく・・・。
あらゆる男のエゴ、野卑、嫉妬、陰謀、欺瞞、憎悪、確執を散りばめて・・・。

『魔笛』ケネス・ブラナー監督は、もともと北アイルランド生まれの舞台監督で、この作品は映画というより、やはり舞台で演じられるドラマと見た方がいいかも知れない。

物語の設定そのものは、極めてシンプルである。
しかし、英国風ユーモアのセンスや倫理観、緊迫感のあるサスペンスも盛り込まれている。
いろいろな要素が含まれていて、全てを完璧に把握しようとしても難解だ。
二人の男の、ときに穏やかに、ときに激しいやりとりのなかに、多くの疑問を持ちながら想像力を逞しくしないといけない。
マイクの妻マギーは、一度も姿を現さない。
演技者は、存在感ある二人の男だけなのである。
その女性を奪い合うという、極めてシンプルなストーリーを、複雑な陰影に富んだシナリオが物語っている。

本心か、策略か。嘘か、真実か。
観る者を混乱させ、まるでだまし絵の世界へ誘い込まれていく。
巧妙な演出と、意匠を凝らした画面作りを目も離せずに追っているうちに、あっという間に驚愕の結末を迎えるというわけだ。
製作者は言う。
台詞の一言には、少なくとも100通りの意味があると・・・。
この
アメリカ映画 「 スルース とは、知性と理性が勝敗を決める、どうやら究極の「ゲーム」ということらしい。