年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

黄色から赤色へ

2016-04-18 00:00:00 | Weblog
 先月まで目についた花の色は黄色が多かった。でも近頃散歩をしていて目につくのは赤い色。
 従兄弟のケンちゃんがやって来た。そしてこの前、男だけで集まった私の父方の従兄弟会の様子を写真持参で話してくれた。

 私もぜひとも参加したかったけれど、会を開いた時にすでに計画していた仙台市の七郷中央公園仮設におり、久しぶりのみんなと顔を合わすことができなかったのが残念。

 とにかく楽しかったと・・・。震災前までは神戸・御影に住んでいたケンちゃん3兄弟が、今はそれぞれが別の地域に住みめったに顔を合わすこともなくなった。それで私ところの近所に住むケンちゃんが兄弟を呼び寄せ、あわせてこちらにいる従兄弟が集まろうと・・。すごく楽しかったという。泊まった道後のホテルでは夜遅くまで話し込んだと・・。充実した時間だったと。

 21年前の平成7年1月17日の神戸・淡路大震災でケンちゃんちは家が崩壊した。青木の店も崩壊した。これをきっかけに伯父さん伯母さんは、長男の住む遠く離れた県に住居を構えた。当時、震災時に高松に住んでいたケンちゃんが朝7時前に自動車で家を出て神戸の家に着いたのは夜中であったとか、家は倒れていて近くの避難所に行くと、知人がおり両親のいる場所を教えてくれた。顔を見た時はほんとに安心した・・などの話は何度もしてくれる。そのオジさんおばさんはすでに亡くなった。

 地震によってその後の人生が変化することを見ている。東北大震災に中越沖地震、神戸淡路大震災、芸予地震も怖かったと妻が言う。今回の熊本地震がどのように自分たちに影響を与えるのだろうか。
 黄色は注意、赤は止まれは交通信号であるけれど・・。