日産には外部取締役と監査役が多数いるはずだ。当然報酬を受けている。お金をもらっている以上何らかの業務をしている。それなのに、今回のような事件が起きて恥ずかしいと思わないのだろうか。この事件を通じて、如何に外部取締役と監査役が形骸化しているかがよく解る。日産は中小企業ではない。日本を代表する自動車産業の一つである。企業におけるガバナンスはどうなっているのか。
ゴーン会長が天皇になっていたことがはっきりとしている。就任当時は改革を率先して行い、日産の赤字を黒字に転換させた。その業績は少なくとも大きい。大きな業績を上げ、国からは褒章を受けている。そんなゴーン会長に周りの役員、監査役は何も言えなかったのだろうか。大きな力を持っていることは確かだが、企業にはガバナンスがあることくらい上層部の人間は当然知っていたはずだ。
それなのに、今回のような事件を起こしてしまい、世界に恥を晒してしまった。ゴーン会長には3つの罪が用意されている。これから法の裁きを受けることになる。世界の日産が今後どのように対処していくのだろうか。日産は日本の自動車産業のトップ企業の中に入るのである。ゴーン会長が一人でやった犯罪にしたい日産だが、そうはいかないだろう。何故なら、日産が支出したものが犯罪に関わっているからだ。
日産以外の大手自動車メーカーは、この事件をどのように見ているのか。対岸の火事程度に見ているのか。それとも、自分の会社にもあり得る事だと見ているのか。ゴーン会長は3つの自動車会社のトップにいる人だ。夫々の会社には相当程度影響が出るに違いない。この事件をゴーン会長個人の問題として片づけられることにはならないだろう。企業のお金を使っている以上、個人の問題だけではない。
日産は個人的な支出と会社としての支出をどのように分類していたのか。ゴーン会長という天皇に対しては例えガバナンスに反することでも支出をしてもかまわない、ということで処理をしてきたのか。ガバナンスが働かなくなった企業は、犯罪が行われても防止することはできないだろう。日産はガバナンスを初めからやり直さなければならない。上場企業としてはこの点では失格である。
ゴーン会長は日本の検察庁を甘く見ていたのであろうか。これから国税庁の監査も入るだろう。そこでどのようなことが出てくるのか見ものだ。