相模原の障害者施設で起きた障害者大量刺殺事件、色々な問題が浮上してきた。これまで、犯人がどのようにしてこの事件を起こしたのか、その経緯がはっきりとしていなかった。報道によると『市は同容疑者が退院したことを園や家族、県警を含めどこにも知らせていなかった。「他害の恐れがなく、人権上の問題もあった」と説明』したという。要は行政の連携が全く
取れていなかったことも今回の事件の大きな原因の一つのようだ。
過去にも、行政の問題点が曝け出されている。その良い事例がストーカーである。ストーカーで殺人や傷害事件が後を絶たないのは、事件が刑事事件にならないと警察は動けない、という事だ。警察は民事不介入という大原則がある。従って、ストーカーそのものに関しては対応する法律があり、法律に則って処理されている。警察は事情が分かっていても刑事事件が起きる前に取り締まる、ということは出来ない。
民事不介入という大原則が覆されない限り、今後もストーカーによる殺傷事件は無くならないであろう。今回の障害者施設の大量殺人事件は、多くの課題を残した。その一つが、このような犯罪者が事前に察知された場合には、どのような法律を以ってしても事前に防止することは難しいだろう。法律違反を犯していない限り、どのような暴言、妄想を持っていても警察は取締が出来ないのだ。
他人に危害を加えていればともかく、誰も危害が加えられていない状況では、今回のような犯人は犯罪が起きる前に捕まえられないだろう。「予防拘禁」という制度が戦前にはあった。この制度は悪用されやすいために戦後は廃止になった。事前に犯罪者が犯罪を犯すであろうという確かな言動が見られていても、実際に行動に出ない限り取り締まれない。人権が絡んでくるからだ。
上記の相模原市が何処にも伝えなかったという事実も人権が絡んでいるからだ。問題は一人の人権のために19人もの命が奪われてしまったことだ。人権に重さはあるのかないのか。人間の命に人数で重さがあるのかないのか。一人の人権を守るために19人を犠牲にした今回の事件は「人権とは何か」という基本的なことに繋がってしまった。理屈では人権に重さは無い、というかもしれないが、それでは命を失われた19人の人権はどうなるのだろう。