「買い占められ「中国」に輸出される日本製「高機能紙おむつ」という記事を見て、日本製品の素晴らしいところが目に見えてきた。中国製品が安い、悪い、物しか作れないからだ。確かに、日本も60年以上前は中国と同じ状況であった。敗戦国日本には、技術がなく、海外から輸入されたものの物真似しか出来なかった。しかし、日本人は、そこから新しい技術を学び取り、努力の末、現在に至っているのである。ところが、中国は革命から60年経っても、先端技術、製造技術は、先進諸国に追いついていない。問題は、自国で技術を開発しようという心構えが整っていないこと。もう一つは、物真似で終わっていること。要は、他国の技術を盗み取ることしか考えないことだ。
上記のタイトルは、日本製品には自信がある、という事だ。日本は輸出をして技術を磨き、経済成長を成し遂げた。お金を稼ぐには、貿易しかない日本は、良い製品を造ることが最も重要なことだった。技術開発は日本にとって最重要課題であった。この考え方は現在でも変わらない。日本製品は、とことん人間にやさしいモノづくりをしている。人間が使うものに関しては、人間の立場に立って物を造っているのである。多くの先端秘術がある中でも、日本製品は、その中の最も使いやすいものを使っている。
何年経っても自国で人民から愛される製品が造れない国になっては、どうしようもない。中国も特許を取っているはずだが、何故か人民に役に立つものを考えていない。技術は人間のためにあるのであり、特許を取るためにあるのではない。人民が何を望んでいるのか、政府はそれを追求しなければならないはずだ。日本製の紙おむつが中国で売れ行きが良いのは、日本にとっては好い事かもしれないが、13億人が使いやすいモノづくりをしないのは政府の責任でもある。研究開発は軍事優先、という考え方がこの国には当たり前になっているが、人民のための施策が何も見えないのはとても不思議なことだ。
今、中国では第2の革命が叫ばれようとしている。極貧の人民が数億人いるといわれている中国、経済成長に乗り遅れ、革命前よりももっと貧民になってしまった人民、取り残された貧民は自分たちの生活をするのが精いっぱいのはずだ。平等を謳った革命はどこに消えてしまったのか。政府中枢にいる人たちの豪華な生活ぶりが世の中に伝われば、革命の必要性が叫ばれても不思議ではない。
日本製品は、世界中に輸出され、愛されている。それは紙おむつに限らない。手作りのものも多くある。大量生産のものも多くある。少なくとも安くて品質が劣るものは日本製品ではない。多少値段が高くても、品質は最高級品なのである。もっとも、中国が日本を追い抜くとしたら、それは日本にとっても大変脅威なことになる。