カクレマショウ

やっぴBLOG

「光を描く印象派展」─「どうやって描いたか」より「なぜ描いたのか」を知りたい。

2011-10-10 | ■美術/博物
クールベ、シスレー、ピサロ、モネ、マネ、ルノワール、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンといったそうそうたる印象派の画家の作品を並べただけなら、よくある「印象派展」ですが、今回の企画の目玉は、作品に込められた謎を解き明かすこと、です。ケルンのヴァルラフ・リヒャルツ美術館が科学技術を駆使して印象派の作品を調査した結果をもとに、「なぜ印象派の画家たちは古い伝統から抜け出して新しい絵画を創造することができたのか」に迫ろうという趣旨です。つまり、画家たちが、何を使って描いたのか、どこで描いたのか、何に描いたのか、という、ひっくるめて言えば、「どうやって描いたのか」に焦点を当てた展覧会です。

印象派の最大の特徴である「光」のヒミツを解き明かすという部分も含めて、チューブ絵の具の登場とか、屋外で描くための工夫とか、ゴッホが使っていた構図スコープ?とか、なかなか興味深く見ることができました。どんな分野でも、新しいやり方を始めると、必ず最初は批判的に受け止められるものですが、印象派の画家たちは、どんなことは意に介さず、「いいものはいい」という信念で新たな境地を切り開いていった。そういう姿勢はかっこいい。

ただ、実は私、印象派…って、それほど好きでもないんだよなあ。

19世紀のヨーロッパ画壇に印象主義が登場すると、フランスの芸術アカデミー(アカデミー・デ・ボザール)では、当初彼らの作品は酷評されたわけですが、今回の展覧会では、比較してもらうためでしょうか、アカデミー的な作品が1点だけ展示されていました。ずっと印象派の作品ばかり見てきて、この作品がいきなり目の前に現れた時、ものすごく新鮮に感じました。で、おー、やっぱりこういうのがいいなあとつくづく思ったのでした。まるで写真のように写実的な絵画。写真のように、であって、決して写真ではない。その技巧に素直に感嘆する。

私としては、印象派の名作に隠されたヒミツを解き明かしてくれるのもいいけれど、印象派の画家たちがどんな社会背景のもとに登場してきたのかを教えてもらいたいなと思う。いつの時代だって、芸術はその時代の空気を反映しているわけだから。ヨーロッパの絵画史だって、政治や社会の歴史と密接な関わりがあります。いわゆる中世絵画は、カトリックの世界だし、ルネサンスは、大航海時代や宗教改革という歴史の大変動と切り離しては考えられません。ロマン主義や古典主義もしかり。

印象主義の登場も、当時の社会の動きとは無関係ではありません。19世紀後半のヨーロッパって、いくつかの革命を経て、いよいよ近代市民社会に移行する時期、つまり今の私たちの社会や生活の基本が作られた時代ともいえます。フランスなら第二帝政から第三共和政の時期。パリの街並みが改造され、1889年の万国博覧会を記念してエッフェル塔も完成。社会が構造的に改革された時代です。(おっと、そういえば長らく放置している『レ・ミゼラブル』が書かれたのもこの頃だ)。

当然、そこに生きる人々の意識や考え方も変化している。芸術家も社会の動きに影響されたり、左右されたりしているはずです。革命以降「自由主義」の風潮が高まり、科学技術も急速に進歩する中、アカデミーの旧態依然とした体制に不満を持つ若手作家が台頭するのも当たり前といえば当たり前、ですね。それを後押しするかのように、第二帝政期、皇帝ナポレオン3世は、アカデミーと対立し、アカデミーの公募展である「サロン」を民営化していたりしています(1881年)。社会の矛盾を鋭く描いた作品で知られるクールベ(1819-1877)は、史上初の労働者による自治政府であるパリ・コミューン(1871年)で活躍しているし、マネもモネもルノワールもドガも、彼らが生み出した新しい画風の息吹は、その社会的背景にこそあるのだと思います。印象派に大きな影響を与えたといわれるジャポニズムにしても、浮世絵をはじめとする日本文化がなぜこの頃にフランスで流行したのか、そこにも歴史的背景や社会的な理由があるはずです。

19世紀後半のフランス社会と印象派の画家たち、なんていうタイトルの企画展、どこかでやってくれないかなあ。もうどこかでとっくにやってるか。そういう展覧会なら速攻で行きますね。



ところで、今回の企画展は、会期最後の1週間だけやっていた「ナイトミュージアム」のおかげでようやく見ることができました。夜9時までというのは本当に助かります。企画展の時期だけでいいから、しょちゅうナイトミュージアムやってほしいなあ、県美さん。
 



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5 コメント

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Unknown (おこあん)
2011-10-12 21:42:58
「なぜ描いたのか」を自分なりに解釈するに。。。

肖像画や宗教画など写実的な絵が主流だった時代からの脱却なのかなと思いました。今日では当たり前すぎる『描きたい題材を描きたい画風で描く』という始まりなのかなと。
今回の企画展にはなかったですが、モネとルノワールが「アルジャントゥイユの鉄橋」を、マネとルノワールが「モネ夫人とその息子」を、というように同じ題材でそれぞれ描いた作品があります。きっと、「わーも描ぐー」なんていうノリで楽しんで描いていたのではないでしょうか。世間ではなかなか受け入れがたい現代のオタクの世界にやや近い存在だったのかなと想像するとちょっとおもしろいです。
時代背景にはそんなに詳しくないですが、やっぴさんが言うように自由主義の風潮がこういうところにも現れたのでしょうね。

個人的には印象派だけでなくより内向的になるポスト印象派あたりも観てみたかったです。
そうなると今回の企画展の趣旨からははずれてしまいますね。今回の「どのように描かれたか」という観点でもそれはそれでとても勉強になる企画展でした。
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Unknown (やっぴ)
2011-10-14 00:52:59
おこあんさん

絵画の世界、お詳しいですね。

そうですねー。「今では当たり前のこと」が登場してくるのが19世紀なんですね。だから19世紀って面白い。でも、逆に当たり前のことじゃなかった時代、描きたい絵を自由に描けなかった時代、いろんな制約があった時代もまた興味深いです。

ポスト印象派は、20世紀になって出てくるキュービズムとかフォービズムへの橋渡しになっている点で、私も好きですね。少なくとも、印象主義よりは。
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学生時代の思い出 (ナイルの風)
2011-10-15 22:31:44
 印象派展は図工研究会でもお世話になりました。学生時代,ゼミの教授と西洋美術史研修でスペイン,イタリア,フランスの美術館を周り,最後に当時出来たばかりの「オルセー美術館」でモネの「日傘の女」に出会った私は恋に落ちました・・・。ミケランジェロの「ピエタ」に心を震わせていたのに,心変わりをしてしまったのです。当時の恩師はやっぴさんの解説のように意図的に周り,オルセーとポンピドーを最後にもってきたのだったのでしょうが,当時は観光気分が先立って勉強もせず歩いていた自分が恥ずかしいです。ともかく,遠くヨーロッパまで行かなくとも,こんなに素敵な美術館のある青森県で暮らしていることを子どもたちに伝えていきたいと,日夜授業研究に励んでいます(笑)。 
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Unknown (やっぴ)
2011-10-16 01:42:05
ナイルの風さん

若い感性で本物の名画を見られたこと、とてもうらやましく思います。だからこそ、「恋にも落ちる」わけですね。

右向きと左向き、2つの「日傘の女」、ナイルの風さんがより惹かれたのはどちらなのでしょうね。
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成人式の思い出 (ナイルの風)
2011-10-16 05:44:11
やっぴさん。当時購入してきた図録を引き出して確認しましたが,やっぱりどちらの向きも好きです。さて,学生時代にお世話になった上越市は「成人式」を新成人が実行委員会方式でつくるというものでした。20人ぐらいの若者が集まり,式典担当,記念誌担当,広報担当とわかれて未来のまちづくりプランの提案も含めて,半年ぐらいかけて活動しました。式典担当だった私は「モネのように新しい時代を切り開く心を!」とスピーチした思い出もあります。社会人も学生も同世代が集まって未来を語り合った当時の経験は,私がキャリア教育に興味をもつ土台になったのかなと懐かしく思い出しています。
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