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『ガルシアへの手紙』─誰もが「手紙を届ける人」になるべきなのか?

2007-01-13 | ■本
1521年、世界周航中のマゼランは、フィリピン東部の太平洋上に浮かぶ島に到達しました。1565年には、マゼランを航海に送り出したスペインがこの島の領有を宣言します。その島の名はグアム島。だけど、今はグアムって米国領ですよね。グアム島を米国がスペインから奪ったのが、1898年の米西戦争(アメリカ-スペイン戦争)という戦争です。この時、米国はグアム島のほかに、フィリピンやプエルトリコもスペインから獲得しています。

この戦争の原因は、カリブ海に浮かぶ島、キューバでした。キューバも当時、スペイン領でしたが、19世紀後半からスペインの圧政に対する独立運動が起こっていました。米国は、南北戦争(1861~65年)を終え、西部への白人移住と開拓を進める一方で、外交的には、ヨーロッパ各国のアメリカ大陸への干渉に対抗する政策をとりつつありました。その象徴とも言えるのが「カリブ海政策」。カリブ海を米国の内海にして軍事的・政治的に支配しようとする政策です。キューバの独立運動に際し、米国は当然のようにそれを支援し、スペインとの対立を深めることになっていました。

米国とスペインの直接の戦端を開くきっかけとなったのが、1898年2月に起きたメイン号事件です。キューバのハバナ港に停泊中の米艦メイン号が原因不明の爆発を起こして撃沈。この事件をスペインの陰謀によるものだと大衆紙を中心とした“イエローペーパー”が扇情的にあおり立て、ついに戦争が始まるのです。この時のマスコミの中心となったのが「ピューリッツァ賞」で有名なジョゼフ・ピューリッツァの新聞「イブニング・ワールド」でした。

戦争そのものは、たった4ヶ月で米国の勝利に終わり、キューバは米国のおかげで無事独立を果たし、米国も前述のように、スペインが持っていた植民地を手に入れることになりました。

さて、ここからが本題です。(いつもながら前置きが長くてスミマセン…)

この米西戦争の翌年、米国のある雑誌に「ガルシアへの手紙」("A Message To Garcia")という記事が載りました。その雑誌はたちまち評判となり、増刷に次ぐ増刷を重ねます。米海軍の全兵士、全米のすべてのボーイスカウトがその冊子を手にしたと言います。やがてその記事はロシア語に翻訳され、鉄道労働者や兵士たちに読まれることになりました。日露戦争(1904~05)の際、ロシア兵の捕虜がみんなこの冊子を持っているというので、日本語にも訳されました。明治天皇は、これを読むと、すべての帝国軍人と政府役人にこの冊子を配布するよう命じたのだそうです。

この記事を書いたのは、エルバート・ハバート(1856~1915)という教育家。内容は、戦争中に起きたある男の英雄的な行動に関するものでした。

2001年にハイブロー武蔵氏が翻訳・解説した本が刊行され、日本で再びこの記事が注目を浴びるようになりました。記事そのものは、ハバートが「1時間で書き上げた」という話もあるくらいですから、ほんの短いものです。この本でも、記事そのものはたった13ページに収められていて、
残りの70ページほどは、ハイブロー武蔵氏の「解説」という構成になっています。

さてさて、ようやくその記事の内容です。100年間、それほど大勢の人に読まれた「ガルシアへの手紙」とはいったいどんな話なのか。(ここまで長くてまたまたスミマセン…)

要約すると。

米西戦争のさなか、米国大統領マッキンレーは、早急にキューバの反乱軍のリーダーと連絡を取らなければならなくなった。その男ガルシアは、キューバの山奥のどこかにいるとのことだったが、誰もその所在を知るものはいなかった。郵便も電報も、ガルシアの元へは届かない。だが大統領はなんとしてもガルシアの協力を取り付けなければならなかった。そんな時、誰かが大統領に進言した。ローワンという男なら必ずや大統領のためにガルシアを見つけてくれるでしょう。

ローワンは、命令通り、手紙を持ってボートでキューバに渡り、スペイン兵のいるジャングルに消え、3週間後に再び姿を現した。手紙は無事ガルシアに届けられたのだという。

物語としてはこれだけのことです。ハバートはこの話を紹介した後、次のように書いています(訳:ハイブロー武蔵)。

ただ、言いたいのは、次のようなことだ。
マッキンレー大統領がローワンにガルシアへの手紙を渡したが、そのときローワンは、その手紙を黙って受け取り、「ガルシアはどこにいるのですか」と聞かなかったということである。
この男こそ、ブロンズで型にとり、その銅像を永遠に国中の学校に置くべきである!
若い人たちに必要なのは、学校における机の上の勉強ではなく、また、あれこれの細かな教えでもない。
ローワンのように背骨をビシッと伸ばしてやることである。
自らの力で物事に取り組もうという精神を教えることである。勇気を教えてやることである。
そうすれば、若い人たちは、信頼にそれこそ忠実に応えられる人物、すぐ行動に移せる人物、精神を集中できる人物となり、そしてガルシアに手紙を持っていく人物となれるであろう。


いかにも軍人が好みそうな精神論ではありませんか。命令にはつべこべ言わずに従え、そして任務を果たせ。いろんな国で、兵士たちに読ませようとしたのもわかるような気がします。

ただし、ハバートの本当の意図はそんなところにあったのではないと思います。

ハバートは、その後、ある「オフィス」を例に挙げて、上司が部下にある命令をするシチュエーションを描いています。例として挙げているのは、「コレッジョ」の生涯について調べ簡単なメモを作れという命令なのですが(コレッジョとは、イタリア・ルネサンス期の画家)、命じられた部下は「わかりました」と言って、黙ってその仕事に取りかかるだろうか、とハバートは疑問を投げかけます。おそらくは、その部下は上司に対して、コレッジョについてあれこれ質問をし、なぜそんな仕事をするのかを根掘り葉掘り聞き、自分が納得するまで仕事には取りかからないだろう。

こうした自主的行動力のない、道徳心のかけらもない、意志力の失せている、そして自ら進んで気持よく頼まれごとを引き受けない、などの生き方をほとんどの人がするために、いつまでたっても、本当の意味での「理想の福祉社会」が実現できないのだ。
自分たち自身のためにだってろくに行動しない人たちが、果たして、みんなのためになることをするものだろうか?


自分でも「言い過ぎかも」と書きつつも、ハバートは実に辛辣に、「ガルシアへの手紙を届けられないような人」を攻撃していますね。なんとなく気になるところです。それにしても、「理想の福祉社会」とは。「オフィス」から、なぜいきなり「福祉社会」? と、多少違和感を覚えつつ読み進めていくと、「福祉社会」はどこかに置いたまま、今度は会社経営や雇用について語られます。

すべての経営者は、自分たちの利益を生み出すことに最も貢献する人間、すなわち、ガルシアに手紙を届けることができる人たちだけを残すからである。

私の心が引きつけられる人とは、上司がいようと、上司がいまいと、自分の仕事をきちんとする人である。
そして、ガルシアへの手紙を頼まれたなら、その信書を静かに受け取り、バカな質問をせず、近くの下水に捨ててしまおうとなども思わず、ガルシアへの手紙を届けることに全力を尽くす人は、決して仕事をクビになることはないし、賃金の値上げを求めてあれこれ画策することも必要でない。
文明とは、そんな人を求めて探し続ける一つの長い道程なのである。


およよ。またしても。いきなり「文明」かよ~。ちょっと飛躍しすぎじゃない?

そして、最後にハバートはこう言ってペンを置きます。

「ガルシアへの手紙を届けられる」人間は、どこでも、本当にどこでも、必要とされているのだ。

ハバートの記事「ガルシアへの手紙」も、ハイブロー武蔵氏の「解説」も、要するに人生訓です。人はどう生きていくべきか。自分なりの指針や信念を持つことは大切なことだし、それを誰かが書いた本から得ることも時には必要かもしれません。

ハイブロー氏は、「ガルシアへの手紙」の「大きな教訓」を、「自分でやる。他人の力をあてにしない。他人のせいにしない。言い訳なんかもちろん考えない」としつつ、個人の人生が、社会や国家の行く末に大きな影響を及ぼすものととらえ、社会論や国家論に話題を転じていきます。ハバートがいきなり言うところの「福祉社会」とか「文明の道程」について、まさに「解説」してくれているのです。私にとっては、今ひとつ、これはという「教訓」は得られませんでしたけど。

これからの日本や青森県は、「起業」つまり、いろいろな意味で「業」を起こすことが求められていくと思いますが、その意味では、「ガルシアへの手紙」は、一つの指針となることはまちがいないでしょう。手紙を届けた「ローワン」は「起業家」とは言えませんが、少なくとも、「起業家精神」は持っていたと言えるでしょうから。ただ、すべての人が「ローワン」になるべきだ、とは私は思いません。「ローワン」になれない人だっているはずだし、なれない人が多いからといって、社会や国が「衰退する」とは思えないのです。

この本の最後に、ハイブロー武蔵氏の書いた「ふろく」として、「ガルシアに手紙を届ける人」と「ガルシアに手紙を届けない人」の一覧が載っています。何のことはない。「ガルシアに手紙を届ける人」の方は誰もが目指すべき一般的な人間像であり、「届けない人」はその反対像でしかありません。あくまでも、「一般的」にです。こんな「ふろく」は付ける必要はなかったと思いますね。

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