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カクレマショウ

やっぴBLOG

「はやぶさ」デビューの日に、宇宙の「はやぶさ」に感動するの巻。

2011-03-05 | ■青森県
東北新幹線全線開業から4ヶ月。今日、3月5日は、JR東日本の新型新幹線E5系「はやぶさ」デビューの日でした。これまでの「はやて」に加えて、新青森─東京間を1日2往復、3時間20分で結びます。

これを記念して、県では「生みの親が語る 宇宙(そら)のはやぶさ×地上(りく)のはやぶさ」と題した講演・対談を開催。「地上(りく)のはやぶさ」からはJR東日本の田島信一郎氏、そして、「宇宙(そら)のはやぶさ」は、もちろん、プロジェクト・リーダーを務めた川口淳一郎氏です。お二人がそれぞれの「はやぶさ」にかけた思いや「生みの苦しみ」についてリレートークし、そのあと対談という段取り。

川口さんは、昨年6月のあの感動的な「はやぶさ」の帰還以来、全国各地で講演に引っ張りだこだそうで、弘前市出身ということもあって、青森県にも何度も来ていっらっしゃるのですが、なかなか行けずにいました。今日、念願かなってようやくお話を聴くことができました。

川口さんの講演、ものすごくよかったです!

あれだけのプロジェクトを成功に導いた方なのに、そんな気取りは全く見せず、しかし、話の端々から、凛とした誇りと、この仕事にかける熱い多いがずんずん伝わってきました。なんだかんだ言っても、きっと、彼がいなければあのプロジェクトも成功しなかったのではと、改めて確信しました。



まず、「はやぶさ」の命名の由来。小惑星探査機「はやぶさ」に課せられた使命は、小惑星イトカワから表面の物質(サンプル)を持ち帰ること。ただ、着陸するわけではなく、イトカワの地面に1秒間だけ触れて戻るタッチ&ゴーを行う必要がある。その姿が、地上の小動物を捕まえて空に舞い戻るはやぶさに似ているので、この名が付けられたのだという。面白かったのは、「隼」という漢字が、「はやぶさ」の姿と似ているというお話。「はやぶさ」は、高いのと低いのと2つのアンテナを持ち(=「隼」上部の1画目と3画目)、4つのイオンエンジンを搭載し(=「隼」の横棒4本)、下部にはサンプル採集装置の棒状のものが出ている(「隼」の下の縦棒)。もちろん偶然の一致なのだそうですが、そう言われてみると、納得ですね! 

また、「はやぶさ」というのは、かつてJR西日本の寝台特急(東京─西鹿児島)にも使われていた名前だそうで、JAXA(宇宙航空開発研究機構)の職員が打ち上げ基地のある内之浦に行くのによく利用していたのだそうです。ところが、寝台特急「はやぶさ」は2008年に廃止になってしまった。その名前が東北新幹線の新型車両の愛称として復活することが決まったのは、昨年、探査機「はやぶさ」が帰還する1ヶ月前だったということで、スタッフの間でもずいぶん盛り上がったという。

「はやぶさ」は一種の「ロボット」であるという話には、そうだったのか、と納得。宇宙を飛ぶ「はやぶさ」には、地球から電波が到達するのに2,000秒(約30分)もかかる。だから、いちいち地球からの指示を待っていられない。自分のことは自分で決めろ、というわけです。イトカワへのタッチ&ゴーの時にも、地球から制御していたのではなく、自分で「ターゲットマーカー」を落として、それに従って接近していったのだそうです。「はやぶさ」が擬人化される理由がよく分かりました。

だからこそ、燃料漏れの事故で「はやぶさ」が自分で制御できなくなった時には、「死んだ」とあきらめかけたわけです。でも、川口さんはじめ、スタッフは決して完全にあきらめたわけではなかった。「はやぶさ」のミッションは、あくまでも「地球へのサンプルリターン」なのです。ミッションのゴールは、あくまでも地球。燃料漏れもいわば「自業自得」であり、その責任は自ら負わなければならない。この失敗が、科学技術全体に対する信頼を落とすことにもなりかねないという恐れもあった。「はやぶさ」を帰還させる可能性を探る努力をやめてはいけない…。

予算カットの話やスタッフの引き上げなど、もはや「死んだはやぶさ」という既成事実が積み重ねられていく中、残された川口さんたちは「検討会」の回数を増やし、どんどん宿題を出すなど、「士気」は低下することはなかった。朝、スタッフルームのポットのお湯を必ず代えておくということにまで気を遣ったという。なぜ? ─テレビのクイズ番組に出そうな問題ですね。答は、「まだ開店中」であることを外向けにアピールするため、です。まだ「はやぶさ」は死んでなんかいない、我々は決してあきらめたわけじゃないよ、という、何とも涙ぐましいアピールですね!

この時期、川口さんたちは、「やるべきことはすべてやった」と言います。そしたら、川口さん、「急に信心深くなった」という。入谷の不動様に行って木札をもらってきたり、生き残ったイオンエンジンの一つである「中和器」の無事を祈って岡山の「中和(ちゅうか)神社」までお参りに出掛けたり。こういう「神頼み」は、「自己点検」だったと川口さんはおっしゃっていました。本当に、自分はすべてをやり尽くしたのか?という自らへの問いかけの場。まさに「人事を尽くして天命を待つ」ですね。映画「アラビアのロレンス」に「運命などない(“Nothing is written”)」という言葉が出てきます。私が一番好きな言葉なのですが、すべてを運命に任せてしまう前に、「自分でできることはすべてやる」ことが大切だということ。改めて思いました。

「死んだはやぶさ」をよみがえらせたプロジェクトチームは、こうして、あの6月13日という感動的な日を迎えます。その日のことは川口さんはさらりと流すようにお話しされていました。むしろ、後日談として、コンビニに行った時の話が最高に面白かった。店員さんが、川口さんの顔をまじまじと見たあと、ぽつりと「砂、入っているといいですね」と言ったのだという。ちょうど買ったのが野菜ジュースだったこともあり、砂が入ってたら大変だと、あとでスタッフで大いに盛り上がったのだそうです。でも、そこまでいろいろな人が気に掛けてくれているということが、川口さんはとてもうれしかったとおっしゃっていました。

ちょっと書き切れないので、川口さんの話はまた改めて紹介したいと思います。

今日は、「地上のはやぶさ」デビューの記念イベントだったはずですが、超満員の会場は、私も含めて、「宇宙のはやぶさ」のほうにすっかり心を奪われていました。ま、それはそれでいいでしょう。二つの「はやぶさ」があるからこそ、これだけ盛り上がれるんだから。

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