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カクレマショウ

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『レ・ミゼラブル』覚え書き(その31)

2007-05-20 | └『レ・ミゼラブル』
第三部 マリユス
第六編 両星の会交(岩波文庫第2巻p.566~p.595)

春は出会いの季節。新しい恋が生まれちゃったりする季節。というわけで、てなことでもないのですが、久々の『レ・ミゼラブル』は、ちょうどそんな「出会い」の場面を紹介します。

この編のタイトルにある「両星」とは、マリユスとコゼットのことでしょうが、まるで七夕の伝説、織姫と彦星のよう。幾万もの星々の中で、たった二つの星が出会う確率といったら…。

17歳で祖父の家を飛び出したマリユスも、困窮の時代を経て、3年後にはなんとか弁護士の仕事にありつくことができています。20歳となった彼は、「中背の美しい青年」となっていました。しかし、道ですれ違う女性たちが振り返って自分を見ているのは、きっと着古した服装を見て笑っているのだろうと思い、女性に対してはシャイで臆病な青年でした。

そんな純情青年マリユスが、偶然見かけた一人の娘に恋をし、今なら「ストーカー」と呼ばれてしまうような行動に走ってしまい、挙げ句に彼女が姿を消してしまうという一連の「恋物語」が、ここではもっぱらマリユスの視点から語られています。

彼がその娘を初めて見たのは、1年以上も前のこと。いつも散歩するリュクサンブール公園のベンチに座っている姿でした。彼女はいつも60歳くらいの父親らしい男と一緒で、13-4歳くらいと思われました。ただ、マリユスの恋はいわゆる純粋な「一目惚れ」から始まったのではなく、最初はその娘には何の関心も湧かなかったようです。

彼に連れられてきて、二人で自分のものときめたようなそのベンチに初めて腰掛けた時、娘の方はまだ十三、四歳であって、醜いまでにやせており、ぎこちなく、別に取りどころもなかったが、目だけはやがてかなり美しくなりそうな様子だった。けれどもただ、不快に思われるほどの厚かましさでいつもその目を上げていた。

マリユスの仲間たちはいつしか彼らにあだ名を付けるようになりました。娘の方は修道院の寄宿生のような黒い衣服から「ラノアール(黒)嬢」、父はその白髪から「ルブラン(白)氏」。マリユスは、1年間二人をほぼ毎日見ていたにもかかわらず、娘の方には一向関心を持たなかったのです。

ところが、たまたまマリユスが半年ほど公園の散歩を中断している間に、その娘はすっかり「変身」してしまっていたのです。それは、ユゴーが、「六ヶ月のうちに小娘は若い娘となった、ただそれだけのことだった。そういうことは最も普通に起こる現象である。またたくまにほころんでたちまちに薔薇の花となってしまうような時期が、女の子にはある。」と書いているように、たまたま、娘の方がそういう時期だったのかもしれません。あるいは、マリユスが実はその娘を心のどこかでやっぱり気にしていて、半年ぶりの再会という状況がマリユス自身の目を変えてしまったのかもしれません。また、その両方なのかもしれません。いずれにせよ、恋の始まりは、誰にも予測できないものです。

娘を久しぶりに見たマリユスは、ただ、ここでもすぐに恋に落ちたというわけではありません。以前とは別人のような「背の高い美しい女」になっていることに驚きはしたものの、以前と同じように、「気にも留めなかった」。あくまでも女性には関心のない、「純情な」マリユスなのです。

ユゴーは、マリユスがようやくその娘と「運命的な会交」を果たす場面を、こんなふうに描いています。

空気の温暖なある日、リュクサンブールの園は影と光とにあふれ、空はその朝天使らによって洗われたかのように清らかであり、マロニエの木立ちの中では雀が小さな声を立てていた。マリユスはその自然に対して心をうち開き、何事も考えず、ただ生きて呼吸を続けてるのみで、あのベンチのそばを通った。その時あの若い娘は彼の方へ目を上げ、ふたりの視線が出会った。
こんどは若い娘の視線の中に何があったか? マリユスもそれを言うことはできなかったであろう。そこには何物もなかった、またすべてがあった。それは不思議な閃光(せんこう)であった。


翌日から、マリユスは「恋の虜」に落ちてしまいます。それまでの着古した衣服に替えて、新調の服をまとって散歩に出かけ、その目的はただ一つ、彼女に「会う」ことになります。彼女たちの座るベンチの周りをうろつき、彼女の視線に全神経を注ぐ。夜には食事をとることさえ忘れ、毎日夢に出てくるほど、彼女のことで頭が一杯になってしまう。

彼の大胆さにブレーキを掛けていたとすれば、それは、「父親の存在」でした。

「父親の注意」をひかない方がいい、と彼は思っていた。彼は深いマキアヴェリ式の権謀を用いて、彫像の台石や樹木の後ろに自分の地位を選び、そしてできるだけよく娘の方から見えるようにし、できるだけ老紳士の方からは見えないようにした。

そんな涙ぐましい努力の甲斐あって、娘の方も、彼の存在に気づくようになり、それだけでなく、「熱情にあふれた夢見るような目を、マリユスの上に据える」ようにもなり、「彼女の口はひとりの方へ返事をし、彼女の目つきはもひとりの方へと返事を」するようにさえなっていました。

一方では、そんな努力の甲斐もなく、「ルブラン氏」の方も、マリユスの存在に気づくようになってしまいます。しばしば彼はいつもの場所を離れて別の場所に移動し、また、毎日のようには娘を連れてこなくなる。マリユスはしかし、そんな「父親」の意図さえ見えないのです。二人が移動すればのこのこあとをついていき、娘が来ないとわかるとさっさと姿を消してしまうという「失策」をしでかしてしまうのは、やはり若さゆえか。あるいはこれが恋の盲目というやつか。

もしかしたら、「お笑い」の元ネタになっているのでは?と思うようなエピソードも飛び出します。ある日、マリユスは二人が腰掛けていたベンチで、1枚の白いハンカチを拾う。それには「U.F」という二文字がついていました。「その二文字は彼女についてつかみ得た最初のものだった。」マリユスは、勝手に彼女の名前を「ユルスュール」と思い込みます。

彼は考えた、「ユルスュールかな、何といういい名だろう!」彼はそのハンカチに脣(くちびる)をつけ、それをかぎ、昼は胸の肌につけ、夜は脣にあてて眠った。「彼女の魂をこの中に感ずる!」と彼は叫んだ。

ここまでくると、ホントにストーカーっぽいですね。しかも、そのハンカチは「実は老紳士ので、たまたまポケットから落としたのであった。」と予想通りのオチをつけてくれています。

マリユスの「ストーカー行為」はますますエスカレートし、ついには二人の(というより「ユルスュール」の)あとをつけるのです。二人が入っていった「4階建ての新しい家」の門番から怪しまれながらも、二人の素性を聞き出そうとするマリユス。

ところが、毎日そんなことをしていたところ、8日目の夜に、彼は大きなショックに見舞われることになります。二人の家の窓に遅くなってもいつまでも明かりが灯らないのを見て、マリユスは門番に尋ねる。すると、「引っ越しました」という答えが…。

この編ではその名前は一切出てきませんが、もちろん「父親」(ルブラン氏)というのはジャン・バルジャン、そして「娘」の「ユルスュール」とはコゼットです。ここでは徹頭徹尾、マリユスの視点からの描写ですので、二人はあくまで一方的に客観的にとらえられています。この二人側から見たマリユスとの出会いについては、のちほど改めて語られることになります。

それにしても、受けた痛手は大きいと思われます…マリユス!

 

 

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