4月16日に起こった旅客船セウォル号の事故は韓国社会の根底にある安全軽視の考え方があらわになったようである。韓国は平和国家ではなく、戦争状態の国なのだということが改めて、示されたような気がするのである。戦争状態であれば、すべてがぎりぎりで、効率を最優先する。それがすべての経済活動の基本となっているのかもしれない。昔、私たちは海外旅行をするときに、常に、頭を悩ませたのは、安い大韓航空をつかうか。安全なJALやANAに乗るかという問題だった。しかし、私たち日本人は平和国家である日本の感覚で、判断していた。たぶん、大韓航空が安いのは、安いウオンや人件費のためだろうと考えたのである。だから、多くの人が、韓国経由の飛行機を使ったのである。だが、大韓航空が安いのは、もしかしたら、そればかりではなかったのかもしれない。たまたま、事故は起こらなかっただけだったのかもしれない。そんな想像をさせるような今回のセウォル号の事故であった。セウォル号にしても、何十回にも及ぶ、過積載航海でも、これまでは事故は起こらなかったのである。それをたまたま起こらなかったと言うか。韓国企業では日常的なことだと言うかは別である。