夢をかなえるキャッシュフロー表

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宗綱のような男

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私の家内の遠い祖先に、北関東を舞台として、戦国の世を駆け抜けた佐野宗綱という男がいる。当時の佐野一族は古河公方に仕え、北の上杉謙信、南の北条氏照、東の佐竹氏に囲まれ、幾多の攻撃を受け続けたけれど、名城、唐沢山城に立てこもり、これらの名将達の攻撃を撃退してきた勇猛果敢な一族であった。佐野宗綱も若いけれど、この血を引き、また戦い上手な人たちに支えられていた。そして、宗綱はかねてから国境争いを決着させようと長尾攻めを決行する。それは元旦の出陣である。須花坂の戦いがこうして始まる。敵は坂の上で待ち構える。宗綱は「攻めよ。」と号令をかける。そして、その先頭を駆ける。しかし、宗綱の馬は早い。徒歩の家来衆は追いつかない。気がつけば、宗綱は単騎で敵陣に突っ込んでいた。そして、鉄砲に撃たれ、あえなく討ち死にを喫する。こうして、佐野一族の衰退が始まる。その後、当主に後北条氏の一族をいただき、またそれが、豊臣秀吉の攻撃を受ける原因となる。だが、宗綱を笑うことは出来ない。宗綱のような男はけっこう多い。菅直人首相もそのような人物に見えてならない。

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営業マンが客に与える喜び。

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私たちは、多分、出来ないかもしれないけれど、何か方法はないかと思うことがある。小さなことで言えば、壊れた電気製品を買い換える前に、手を尽くして直す方法はないかというものであり、大きな話で言えば、年金制度を増税せずに円滑に運営していくことは出来ないかと言うような話である。けれど、最近の私たちの周りの人たちは、出来ると出来ないとの間の可能性を見事に消去している。本来の営業マンというものは、客がこうして欲しいと申し出た場合、単純に、出来る、出来ないと割り切るのではなく、出来ないかもしれないけれど、技術者や関係先を飛び回り、その可能性に時間をかける。それが営業マンの喜びのはずである。けれど、現在、多くの営業マンがその喜びを放棄している。この間も、このようなことがあった。「私たちの希望はこうだ。だが、このような理由で出来ないかもしれない。」つまり、99%出来ないかもしれないが、できる方法はないか考えてくれと言うものだった。しかし、答は簡単だった。「あなたの言われた通りの理由で、できません。」私はこの答を聞いて、がっかりとした。そのような答だったら、何も、始から、頼むこともなかった。最初から分かっていたことなのだ。私が求めていたものは、出来ないから出来るまでの間の、何かしらの前進だった。仮に、やっぱり出来なかったとしても、私はこの営業マンと共有する時間を持てたことを喜びとするだろう。また、仮に、出来たとしたら、この上ない喜びとなるではないか。営業マンが客に喜びを与えるとはこのようなことではないのか。

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人口は横ばいだが世帯数は増えた。

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国勢調査の結果が発表されて、日本の総人口は1億2800万人であった。ここで注目されるのは世帯数の増加である。5200万世帯と5年前の調査時点に比べて、5%も増えた。人口は増えていないのに、世帯数が増えたということは、1世帯あたりの構成人数が減少したことを意味する。もちろん、少子化により、子供の数が減ったことが原因であるが、直感的には単身の高齢者の増加が、この数字に表れているように思える。さて、1世帯あたりの人数が減ったことは、経済的には非効率である。ひとつの明かりにの下に、5~6人で生活するのと、一人で生活するのとでは、消費電力も、食費代もすべてに於いて、余計な出費が必要となる。無駄も生じる。これまでは、この無駄こそが豊かさの象徴のように言われてきたのだが、これからは違う。いかにエネルギーも、食料も、共存化していくかが、大きな課題となる。これまでのような消費は美徳である時代は過ぎ去ったのである。そうでなければ、年金も医療もすべて、なりゆかなくなる時代へと私たちはすでに入っているのである。だから、気のあった高齢者仲間が一緒に住む環境整備なども必要かもしれない。

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もう、春ですね。

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朝起きて、窓を開けるとあの冬の寒さがなくなっていた。気持ちの良い朝である。もう、春が来たのです。「もう、春ですね。」と人に語りかけたくなるような、わくわくするような温かな気持ちの良い朝である。新聞を見ると、世界経済はリビアの騒乱で、原油の高騰もあり、再び、暗雲が立ち込めている。そして、その影響を最も受けるのがイタリアと言う国らしい。その首相がアメリカの外交文書の露呈で馬鹿であることが分かり、さらに、少女を買春したとして、起訴されているお国である。第2次世界大戦前、リビアはイタリアの植民地であったことで、今なの、その関係は深い。エネルギー大国であるリビアからは大量のエネルギーを確保しているし、リビアからの資本流入も始まっていると聞く。けれど、思い出されるのは欧州のやわらかい下腹地区グループに、イタリアは含まれていることである。強いドイツに対して、弱いイタリアなのである。リビアのカダフイー大佐が頑張れば、頑張るほどに、イタリアは苦境に落ちていく。でも、「もう、春ですね。」

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戦い方を忘れた人たち

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最近、思うことは戦いを好まない人が増えたことだ。正確に言えば、戦い方を知らない人たちが増えたことだ。勿論、ここで言う戦いとは、武器を持って、火花を散らすことではない。議論のうえのことであり、仲間を増やすという意味である。自分の言っていることが正義ならば、全てに通じるはずであると信じるのであるが、少しでも反対者が現れれば、瞬く間に矛をおさめる。和やかな場を作ることが最大の目的かのように、慣れない笑みをうかべ、それで、事が済めば、ああ、良かったと思う人たちがいかに多いことか。けれど、進歩はある意味で、戦いのなかで始まる。人智を尽くして、仲間に訴え、自欲の殻に閉じこもる人たちを、その殻の中から出てもらわなければならない。それには、時には叱咤することもある。相手だって、負けていないから、反撃を食らう。この反撃にも耐えるだけの心の強さや、周到な準備を重ねなければならない。つまり、戦いを好まない人が増えた背景には強い心に心を鍛えていないからであり、準備に時間をかけることを忘れているからである。

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NZで強い地震

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ニュージーランドのクライスチャーチで地震が発生し、古い建物が崩壊し、多くの死者や負傷者が出ている。日本時間との時差は4時間で、お昼時に発生した。マグニチュードは6.3なので、強いけれど、これほどに崩壊を起す規模ではないと思ったのだが、発生した場所が深さ5Kほどの浅いところであったこと、先に発生したM7規模の地震で、建物に亀裂が入っていたのではないかという要因が重なって、被害を大きくしたようだ。ニュージーランドと言う国は日本人の好きな国で、美しい国土と治安のよさで、多くの日本人がこの国を訪れる。けれど、不思議なもので、治安が良かろうが悪かろうが、人の命は脅かされる。遠い国、リビアでは内戦化しつつあるようで、治安は悪化し、在留邦人や他の国々の人たちの出国が続いている。けれど、考えてみると、いかに地震が起ころうと、ニュージーランドの人たちはその国から去る事は無い。いかに、銃撃で身に危険が迫ろうとリビアの国民はリビアの地に踏みとどまる。

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私などは嫌われるのを覚悟で、後者の道を歩む。

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私たちは自分の考えが正しいと確信すると、相手も、すべての人も、同じ考え方をとるだろうと思う。しかし、この世の中はそううまく事が進まない。一般的には、そこまで考えが及ばないという側面がある。ひとつには興味が無いからであり、ひとつには、それを考えても自分の利益にならないからである。そんな二人が対立すると、一方は、火が出たように怒り、他方は「なぜ、そんなにカッかするのだ。」とその怒り狂う人間を変人扱いにする。この種の争いの解決策は当然、二つある。ひとつは相手の考え方をよく聞き、理解し、相手の身になって対処することだ。二つ目は、相手が自分と同じ考え方にたっていることをはっきり確認することだ。ここで、社会はこの二人の行動をどう評価するかであるが、後者はどちらかと言えば、嫌われる。前者は社会的に成功者と言われる人が取る手法である。・・・なのだが、前者の行動を取ってくれる人は少ないので、私などは嫌われるのを覚悟で、後者の道を歩む。

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個人のアンテナショップを創ろう。

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企業や自治体、特に地方の自治体の多くは東京や他の中心都市にアンテナショップを開設している。開発商品や地方の物産が売れるかどうか、例えて言えば、腕試しをする場所を設けているのである。だから、そこで利益を生もうなどとは考えない。利益が出ればもうけもの程度の感覚である。ところで、私たち個人は、なかなかこの種のアンテナショップを持つことは出来ない。音楽や絵画や写真展や、その他色々な分野で自慢をしたいというもの。皆さんに見てもらいたい。聴いていただきたいというものがあっても、それを発表する場所や機会が無い。そこで今、私が注目するのは老人ホームである。これまでは、どちらかと言えば、老人達を慰問するために、子供達が来たり、手品師が訪れたりしていた。中には老人達から「あの人は下手ね~。」などと言われる人もいるが、そこは温かい老人達である。けっして、「帰れ。」などとは叫ばない。おとなしく、見たり、聴いたりしてあげている。で、発想の転換である。自分の技量のアンテナショップに老人ホームを活用させていただいたらどうだろう。ふと、それをコージネイトする組織でも創ろうかと思いたったのである。

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死語となった「蛍光灯・・・」

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私たちが子供の頃、各家庭に蛍光灯が普及し始める。けれど、その頃の蛍光灯はつくまでに多少の時間がかかった。だから、感度の鈍い人たちを、私たちは「蛍光灯」と揶揄した。けれど、今の子供たちはそのような皮肉は使わないだろう。蛍光灯そのものが瞬時に点灯するからである。だから、昔「蛍光灯」と馬鹿にされていた人たちも、そんな過去を忘れているはずである。つまり、どのようなものにも、進歩があり、誰からも馬鹿にされているような欠点も修復されていく。人も同じである。さびしいのは「蛍光灯」自体の役割が終わろうとしていることである。かなり短い人生だったかもしれない。

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感性という人間の魅力

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妻に教えられたことである。音楽に素養のない私には理解できないことであったが、ピアノの音と電子楽器の音では全く違うと言う。その違いはピアノであれば、強く叩けば強い音が出て、弱く弾けば弱い音が出る。しかし、電子楽器の鍵盤はスイッチのようなものなので、強く叩こうが、弱く弾こうが同じ音しか出ない。この数年、私は毛筆を愛用し始めたのだが、ボールペンは強く書こうが、弱く書こうが変化は無い。細字のボールペンを選ぶか、太字のボールペンを選ぶかの違いである。毛筆で書くと、ひとつの字の中に、勢いをつけることも出来るし、丸くまとめることも出来る。でも、それは自分の心を表すことにもつながる。病気や年をとれば、書いた字は乱れる。その点、パソコンの字は心を見せない。どんなに怒って強くキーボードを叩き、書き殴っても、プリントアウトされた文章の文字は見事に変わらない。それが良いのか。悪いのか。判断は難しいところだが、なぜか、感性という人間の魅力が失われていくようでならない。

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