1975年の作品でソロ第3作で、私が聴いた渡辺の作品としては、多分これ一番古い作品ということになるだろう。75年だから当然といえば、当然かもしれないが、フュージョン期以前の制作なるため、本作も新主流派~「ビッチズ・ブリュー」あたりを音楽を起点とする、ジャズ・ロックというか、音楽主義的なクロスオーバー作品というか、ともかくアメリカでいうと70-72年くらいのスタイルを忠実に敷衍しているという感じなのは、「渡辺といえばフュージョン」という先入観のある私には、いささか驚きだった。
01.オン・ザ・ホライゾン
ミドルテンポで茫洋としたムードで進む新主流派風なムード(H.ハンコックの「処女航海」あたり)を持った作品。まずは向井や土岐の管を大きくフィーチャーし、渡辺のギターは3番目に登場する。徐々にに高潮し、次第な奔放なプレイへと展開していく渡辺のソロは中々のもので、この時期から既に「出来上がっていた」ことを感じさせるが、やや勢い余って、曲のスタイルと合っていない点がないでもない。
02.サッドネス
ギター・トリオ+向井で演奏されたバラードタイプの作品。渡辺のソロは、W.モンゴメリーやジム・ホールなど先達たちのスタイルをよく消化したソツがないプレイをしているが、前曲同様、当時の彼はまだ若かったのだろう、-ラリー・コリエルを意識過ぎたところがあったのかもしれない-時にオーバーアクションな表情も見せる。その点、向井のプレイは十分に雰囲気を掴んだシックなものになっている。
03.エンドレス・ウェイ
こちらはトリオというミニマムな編成を生かした動きの激しい作品。リズムは基本ファンク・ビートで、渡辺のギターもマクラフリン的な激しさを感じさせるプレイに終始している。したがって、全体としては「ライブ・エヴィル」的な猥雑と熱狂があり、執拗なまでにリピートされるファンクなリズムとそこに乗る狂おしく奔放なソロという点で、「ライブ・エヴィル」でも、そのものずばり「ホワット・アイ・セイ」を思わせる。もっとも途中で「ジャック・ジョンソン」にもなったしまったりするのだが。
「ザ・セカンド・ウィンド(EW)」
1曲目と同じ5人編成での演奏。こちらはチック・コリアを意識したのかもしれない、スパニッシュ調な雰囲気がある。ソロは土岐→向井→渡辺の順で、ソロの組み立て方というか、ややカオスな感じのところは「ビッチズ・ブリュー」あたりの多少音楽をスマートしたような趣もある。渡辺のソロはやや意気込過ぎなところはあるが、次第にアウトしていく展開はなかなかのスリリング。
01.オン・ザ・ホライゾン
ミドルテンポで茫洋としたムードで進む新主流派風なムード(H.ハンコックの「処女航海」あたり)を持った作品。まずは向井や土岐の管を大きくフィーチャーし、渡辺のギターは3番目に登場する。徐々にに高潮し、次第な奔放なプレイへと展開していく渡辺のソロは中々のもので、この時期から既に「出来上がっていた」ことを感じさせるが、やや勢い余って、曲のスタイルと合っていない点がないでもない。
02.サッドネス
ギター・トリオ+向井で演奏されたバラードタイプの作品。渡辺のソロは、W.モンゴメリーやジム・ホールなど先達たちのスタイルをよく消化したソツがないプレイをしているが、前曲同様、当時の彼はまだ若かったのだろう、-ラリー・コリエルを意識過ぎたところがあったのかもしれない-時にオーバーアクションな表情も見せる。その点、向井のプレイは十分に雰囲気を掴んだシックなものになっている。
03.エンドレス・ウェイ
こちらはトリオというミニマムな編成を生かした動きの激しい作品。リズムは基本ファンク・ビートで、渡辺のギターもマクラフリン的な激しさを感じさせるプレイに終始している。したがって、全体としては「ライブ・エヴィル」的な猥雑と熱狂があり、執拗なまでにリピートされるファンクなリズムとそこに乗る狂おしく奔放なソロという点で、「ライブ・エヴィル」でも、そのものずばり「ホワット・アイ・セイ」を思わせる。もっとも途中で「ジャック・ジョンソン」にもなったしまったりするのだが。
「ザ・セカンド・ウィンド(EW)」
1曲目と同じ5人編成での演奏。こちらはチック・コリアを意識したのかもしれない、スパニッシュ調な雰囲気がある。ソロは土岐→向井→渡辺の順で、ソロの組み立て方というか、ややカオスな感じのところは「ビッチズ・ブリュー」あたりの多少音楽をスマートしたような趣もある。渡辺のソロはやや意気込過ぎなところはあるが、次第にアウトしていく展開はなかなかのスリリング。
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