昨日も夏を思わす暑い一日でした。
郵便局に行ったり、ついでに買い物をしたりしてブラブラ近くの高校のわきの裏道を歩いていきましたら、小さな公園に出会いました、百坪もなさそうな三角形の公園、空き地みたいな感じですが、公園である証拠にブランコがありました、ブランコの足もと、夏草が枯れて西日のなかで金色に輝いています
今日の写真はこの公園の様子を撮ったものです、よろしけばクリックしてご覧になり西日のなかに明るく輝く枯草さんを愛でてやってくださいませ
この公園、ときおり立ち寄るのですが、ブランコに乗っている子どもの姿を目にしたことはありませぬ、もうちかごろの子どもはブランコなんかには見向きもしないのでありませうか、時代はすっかり変わってしまったんだなあと、金色に輝く草々を眺めておりましたら、秋でありますから、当然GGIはおセンチになってきました。
おセンチになるとどうなるか、後期高齢者はおおむね昔のどうでもいいことを想いだすのということになっております・・・
ブランコをいえば、そのむかし、ブランコに揺られて老人が何やらあまり元気の出そうもない歌を口ずさむシーンで有名になった映画があったなあ・・・
こう書いただけで、GGIと同年代の方で少し映画好きに方であればすぐに思い出されることでありませう
そうです、彼の日本の代表する映画監督の一人とも言われた黒澤明の「生きる」と言う映画(1952年)の一シーンです。
ダラダラと市役所で人生の大半を過ごしていた末に胃がんになってしまった人物が、生涯を反省して一念発起、人が変わったように子どもたちのために公園を作ることに奔走、完成した公園のブランコに揺られながら、「命短し恋せよ乙女・・・・」と「ゴンドラの唄」と題された主題歌を歌いながら死んでいくのです。
いのちみじかし 恋せよおとめ
あかきくちびる あせぬまに
熱き血潮の 冷えぬまに
あすの月日の ないものを
なんだか、悲しくなりそうな歌詞であるますが。この歌を聞いてもいいよと思われる方は以下のサイトなどをご覧くださいませ
https://www.youtube.com/watch?v=FXX0RpALVbA
この映画について知りたい方は以下のサイトなどをどうぞhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%8B_(%E6%98%A0%E7%94%BB)
戦後いちはやく海外に知られるようになった映画監督といえば黒澤明と小津安二郎でありませう。GGIは熱心な映画ファンでも研究家や評論家でもありませぬ。ですから確かなことは言えないのですが、GGIの勝手な考えでは、黒澤明の映画が好きな人はおそらくハリウッド映画が好き、小津安二郎の作品が好きな人はちょっと知的な雰囲気がする(当時の)ヨーロッパ映画が好きであろうと推測されます
GGIはもちろん知的ぶる、つまり賢こぶって見せるというワルイ趣味の持ち主でありますから、ローアングルの画面で有名な、世界一のローアングル映画監督であった小津安二郎の方が好きであります。黒澤明の作品の大半は単純な活劇であり(この「生きる」は例外ですが)、難解ぶったものが好きなGGIの性にあいませぬ・・・
この二人の監督、海外では、クロサワ、オズとして有名でありましたが、実はクロサワとオズはこのGGIのどうでもいい日記の題名の「かしこばか」とおおいに関係があるのです。
この「かしこばか」という言葉は、おそらく1950年代か60年代のことと思われるのですが、当時のアメリカの大学生の生態と関係があるのです。
当時、アメリカの若者、めでたく大学の一年生になると、嬉しくて遊びほうけて、毎日どんちゃん騒ぎをしたりパーティをしたり女の子を追いかけたり、ところがあそびほうけた末二年生になると、これではいかん、いつまでもガキみたいに幼稚なことしてばかりいてはアカン、大学生らしく知的にならなあかんと思い立ちます。
そう決心して何をするかと申しますと、まずは日本映画を観るのです、今をときめくクロサワやオズの作品を見るのです。そしてロクに内容も理解できないのに、映画論や文化論などを、たとえばクロサワの「羅生門」やオズの「東京物語」などについて、もっともらしく友だちと論じ合うのです。
つまり急に背伸びして、にわかに賢ぶるのです。その様子を見て、まわりの大人たちは、あいつらは賢ぶったバカ、すなわち「かしこばか」やと揶揄していたのです。これがこのGGIの日記、その題名の由来であります
このアメリカの大学生の話は作家の小田実がかつてどこかに書いていた話の全面的受け売りであります
明日からは温度がさがり秋冷秋雨の候になりそうとのこと、ご注意くださいませ
なもあみだぶ、なもあみだぶ、なもあみだぶ・・・
グッドナイト・グッドラック!