改憲に執念を燃やす岸田首相が8月7日に開かれた自民党憲法改正実現本部の会合で、「緊急事態条項」と合わせて、憲法9条に「自衛隊と明記」するための論点整理を加速するよう指示しましたが、この間、国会の憲法審査会で議論されてきた「緊急事態条項」は、その目的が国会の権能を奪い、国民の基本的人権を制限することにあるという点で絶対に認められないものです。その内容が十分国民に知らされていないことから、多くの国民は災害時の「緊急事態宣言」程度の認識として捉えている面もあるようです。そこで、そもそも「緊急事態条項とは?」「緊急事態条項で私たちはどうなる?」の質問について見てみたいと思います。
少し前の安倍政権時の記事ですが、全国労働組合総連合(全労連)が発行する「月刊全労連」2017年2月号(通巻240号)に掲載の弁護士・白神優理子さんが憲法に関係するテーマで4回にわたって憲法シリーズを連載しました。その(1)の「緊急事態条項で 私たちはどうなる?」が大変分かりやすいことから、それから記事を転載させていただき、紹介したいと思います。(サイト管理者)
<緊急事態条項で 私たちはどうなる?>
(1)日本が「戦争国家」になるために大活用された緊急事態条項 今から81年前の1936年2月26日、陸軍青年将校らが首相官邸などを襲撃して、大臣らを殺害した「二・二六事件」が発生しました。この事件が軍部独裁の足掛かりになったといわれています。
なぜでしょうか。このとき、大日本帝国憲法14条「天皇は戒厳を宣告す」が使用されました。「戒厳」とは、行政権・司法権・立法権を軍の司令官が握り軍事独裁にするものです。
これによって軍の権力を拡大しようとしている派閥グループに権力が集中し、東京は軍事独裁下に置かれ、一切の言論・政治活動が禁止され、軍の力が強大になってしまったということです。
(2)なぜ日本国憲法には緊急事態条項がないの?緊急事態条項は大日本帝国憲法下では80回も乱発されていました。
関東大震災の時も戒厳令が使われ軍事独裁下となり、「暴動」が起きるかもしれないという口実で、まず朝鮮人が大量虐殺され、次に青年労働者・社会主義者も虐殺されたのです。
さらに、悪法を強行するためにも使われました。もともと治安維持法は、天皇が絶対的権力を握る天皇制に反対する政治活動自体を処罰するもので、民主国家を求める共産党を違法とし、処罰の対象としていました。
これを、労働組合や民主団体に拡大し、共産党幹部は最高刑を死刑にするという大改悪が企まれました。帝国議会で否決されたのですが、「緊急
勅令」により改悪が強行されました。
「緊急勅令」とは法律にかわる勅令を政府が天皇の名で発することができるという緊急事態条項の一つです。そして、冒頭に紹介した「二・二六
事件」での戒厳令もその一つです。
これによって日本は軍事独裁となり、侵略戦争へ突き進み、結果として300万人以上の日本国民の命が奪われ、2000万人以上のアジアの人々が殺害されました。
緊急事態条項は「人間」を守るためのものではありません。「国家」「体制」を守るために憲法をストップし、「人間を犠牲にする」ものです。
【図表1】▲大日本帝国憲法とそっくりで大変危険な自民党改憲案「緊急事態条項」
実際に、憲法学者である芦部信喜氏による緊急事態条項の説明にも、「平時の統治機構をもってしては対処できない非常事態において、国家権力が国家の存立を維持するために、立憲的な憲法秩序(人権の保障と権力分立)を一時停止して非常措置をとる権限」だとあります。
天皇や軍に権力が集中したことによって侵略戦争に突き進み、歴史的な犯罪・虐殺・犠牲を生み出したことへの反省から、憲法は「あえて」緊急
事態条項を設けていないのです。これは帝国憲法改正案委員会の議事録にも明記されています。
(3)災害時に緊急事態条項が必要?では、大災害が起きた時にはどうやって日本を守るの?という不安については、憲法はちゃんと準備をしています。
一つは、衆議院が解散しているときに災害が発生した場合、参議院の緊急集会を開き法律や予算を審議・決議できるものです(憲法54条2項)。
もう一つ、参議院を開くことも難しい場合、内閣が法律の範囲内で罰則付きの政令を出すことができます(憲法73条6号)。
災害対策基本法は、緊急時に内閣に対して、生活必需品の配給や物の価格の統制など、四つの事項に限定して立法権を認めています(正確には「緊急政令」)。
【図表2】▲現行憲法の価値を根本から壊す緊急事態条項
人権を制限する規定も既に存在しています。都道府県知事の強制権として、救助のための従事命令、施設管理や物資の保管・収用命令など罰則付
きで命令できます。市町村長の強制権もたくさんあります。設備物件の除去命令、他人の土地・建物・その他の工作物の一時的な使用・収用、現場
の工作物または物件を除去させるなどです。
災害時の権力活用について、これだけの法律が既に整備されているのです。
現場の声も緊急事態条項を不要としています。東日本大震災後の、毎日新聞の調査では、緊急事態条項が必要だと答えたのは、被災3県の自治体で1町のみでした。
大震災の前から務める仙台市市長は、「緊急事態条項だと、現地被災地では中央が決定するまで待ちになる。それは貴重な時間のロスになる。また、地域が自分たちの一番回復したい日常を知っている。」と回答しています。
(4)ナチス・ドイツの緊急事態条項使用例 いかにして「ヒトラー独裁」は可能になったのか。これも緊急事態条項が活用された結果です。
もともとナチ党は総議席の3分の1を占めるだけの少数政党でした。
そこでヒトラーは、国内の暴動を共産主義者によるものだと断定し大統領に働きかけ、「ドイツ国民を防衛するための大統領緊急令」を出しました。政府批判を行う政治組織の集会・デモ・出版活動等が禁止されました。野党の党員への連行・逮捕が繰り返されました。
そして選挙戦の終盤、国会議事堂が炎上。ヒトラーはこれも共産主義者による暴動だと決めつけ「国民と国家を防衛するための大統領緊急令」と
いう非常事態宣言が出されます。
結果、司法手続きなしに被疑者を逮捕できるようになりました。
こうして選挙の結果、ナチ党は連立与党とあわせて過半数の議席を獲得し、内閣に権限を集中する「授権法」(全権委任法)をつくります。国会が不要となってしまいました。
授権法を活用して、共産党や社会民主党を禁止。これらの政党の出版物は発禁処分。最後は政党新設禁止法をつくり、ナチ党を唯一の政党としました。労働組合は解散させられます。
仕上げは、「ドイツ国元首に関する法」をつくり、大統領と首相の役職を統一します。これによって「ヒトラー総統」が誕生したのです。
緊急事態条項が「独裁者生産装置」であることがよくわかります。
(5)自民党改憲案の緊急事態条項は大変危険な中身第98条(緊急事態の宣言)第1項は、「内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。」として、法律で定めればいくらでも緊急事態の宣言ができるようにしています。例えば大規模なデモやストライキを口実に緊急事態宣言をすることも可能です。しかも、「衆議院解散中」などの時期の限定がないので、いつでも緊急事態宣言ができます。
第2項は「緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。」として事後承認でも良い上、承認の期限がないので放置もできます。
第99条(緊急事態の宣言の効果)第1項では、「緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。」とされ、国会を無視し、内閣だけで人権を奪う法律をつくることができます。政令を制定できる対象事項の範囲も決まっていません。
第3項では、「何人も、~国その他公の機関の指示に従わなければならない。」とされ、私たちは罰則付きで内閣の政令に従わなければならなく
なるでしょう。
「いつでも」「法律で定めさえすればどんな理由でも」「あらゆる事項について」人権制限できるという、大変危険な緊急事態条項です。
(6)緊急事態条項が使われるとどうなる?自民党改憲案の緊急事態条項は、あらゆる事項について、人権を奪う法律をつくることができます。これはナチスの「授権法」と同じです。
気に入らない政党を禁止にすることも、都合が悪い言論・出版物を禁止にすることも、政府に対して批判的な番組・新聞社を潰すことも、労働者を戦争に強制的に動員させることも、それに歯向かう労働組合を解散させることも、政府を批判する者を裁判にかけずに刑務所に入れることも、戦争のために国民から財産を奪うことや外出禁止にすることだって可能です。「独裁」が可能です。
私たちには政府を批判する正しい情報が全く入って来なくなり、政府をチェックすることもできなくなり、どんどん政府が暴走していきます。
(7)「人権」って。「立憲主義」ってなんだ?「人権」とは、私たち一人ひとりが人間としての「尊厳」をもって「幸せ」に生きるために、生まれながらに持っている自由と権利です。
限りある生を、自由に、個性を生かして、幸せに生きる。そのためには、命を奪われないのはもちろんのこと、健康で文化的な生活を営む権利、本当のことを知る自由・言いたいことを言える自由・好きな人と結婚したり、望む職業に就き働く自由・組合を作ったり組合で行動する自由が奪われてはなりません。
そのため、歴史上、国民の権利を奪ってきた国家権力の手足を縛ったのが「立憲主義」です。
日本国憲法は戦争への深い反省から、この「立憲主義」を世界で最も徹底させています。国家権力に憲法尊重擁護義務を課し(憲法99条)、軍などの暴走による戦争を繰り返させないために「戦争しない」「戦力自体持たない」と決め(憲法9条)、憲法に反する法律や行為は無効だとし(憲法98条)、逮捕や刑罰について特別に厳しいルールを憲法で定め(憲法31条以下)ています。
そして、「個人」が「最大に」尊重されるとしています(憲法13条)。国家より国民が上なのだと高らかに宣言しています。
「三権分立」も、権力を暴走させないためのシステムです。
ところが緊急事態条項というのは、緊急時だということを口実に、緊急事態だと宣言さえすれば、「立憲主義」「三権分立」を破壊し、あらゆる「人権」を奪ってしまうことができるのです。
(8)憲法こそ希望 私は、戦争の深い後悔の上に、「今度こそ国民を戦争の道具にさせない」「今度こそ国家権力に騙(だま)されない」との決意で、『国家よりも何よりも国民を上に』置き「最大に尊重される」としてつくられた日本国憲法を学び、感動しました。人間の歴史が前に進んでいるということがわかり、希望が持てたのです。
しかし、多くの犠牲の上につくられた、私たちの「尊厳」を守るこれらのルールを、ただ一つの「宣言」で粉々に破壊し、「独裁」をつくることが
できるのが緊急事態条項です。再び、『国民よりも国家を上にしようとしている』。あらゆる私たちの自由が奪われようとしているのです。
絶対に歴史を後戻りさせたくない。日本国憲法こそ私たちの「希望」です。私たちの人間としての「プライド」と「自由」にかけて、安倍政権の企みをストップさせましょう。
【プロフィール】白神優理子(しらが ゆりこ):弁護士。2013年12月弁護士登録。八王子合同法律事務所所属。横田基地騒音公害訴訟、原爆症認定訴訟、はたらく者の権利に関する事件等を多数担当。憲法・労働法制などの講師活動に多数取り組む。書:『弁護士白神優理子が語る「日本国憲法は希望」』(平和文化社、2016年)。
【出典】「月刊全労連」2017年2月号(通巻240号)憲法シリーズ(1)より
※パレスチナに平和を!イスラエルはガザへの軍事攻撃を止めろ! ▲画像をクリックすると拡大されます。(※緊急行動は終わりました。)
※ #ロシアはウクライナ侵略をやめろ!※平和、いのち、くらしを壊す 大軍拡・大増税に反対しよう!■署名用紙は下記「憲法共同センター」ホームページから
https://www.kyodo-center.jp/wp-content/uploads/2023/01/20230123shomei.pdf※ #統一教会の宗教法人解散を求めます■署名活動はオンライン署名サイト「Chage.org」で行われます。
https://chng.it/YYVtM9Wr8G※新たな「憲法改悪を許さない全国署名」にご協力を(9条改憲NO!全国市民アクション)
http://kaikenno.com/?p=1826■これまで取り組んできた「安倍9条改憲反対!改憲発議に反対する全国緊急署名」に変え、新しい情勢に合わせた「憲法改悪を許さない全国署名」に取り組みます。
■ネット署名 https://chng.it/R2YgNbLD■署名用紙(プリントしてお使いください)
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