川口保 のブログ

1市民として市政を眺めつつ、社会のいろいろな出来事を取り上げています。

宇気郷山里のひなまつり始まる

2016-03-29 21:35:40 | 日記
 山あいの“むら”宇気郷地区で今年も3月27日より「宇気郷 山里ひなまつり」が始まっています。
 このまつりは松阪市柚原町界隈(柚原町・後山町)の民家にひな人形などが飾られるもので、宇気郷山里ひなまつり実行委員会が主催し、三重県や松阪市、観光協会、宇気郷住民協議会、柚原自治会などが後援をして4月5日(日)まで行われています。7年前からこのひなまつりが始まりましたが、今年は地区内25ヶ所の民家や施設でひな人形が飾られています。

 今日は朝から宇気郷地区市民センターでは、初日限りの貝汁や甘酒が振る舞われますが、今年は行くのが遅すぎました。
 お抹茶倶楽部「ひなみせ」では、ぜんざい(100円)や弁当が販売されており、毎年決まって行くことにしています。今年も昼頃行ったので、私もお店のおじさんたちと昼飯一緒にいただきました。このひなみせには相可高校ボランティア部の女子生徒の皆さんが手伝いにきていました。

 臨時休憩所の1つ、珈琲喫茶の「ようこさんち」ではマスター手作りのログハウス風の建物の狭いお店の中で、他のお客さんと言葉を交わしながら、マスターが立てたコーヒーなどがいただけます。今年は急いでいたので寄ることはできませんでしたが、このあと機会があれば行きたいと思いますv。

 柚原地区の「うきさとむら」では七草祭りや夏祭りが行われ、大勢の来場者が詰めかけますが、このひなまつりは、のんびりと民家の雛人形をのぞきながら、勝手気ままに散策し、地域の人達や他の見学者とふれ合いができる、違った楽しみ方ができます。この日は暖かい天候に恵まれ大勢の来場者が山里のひなまつりを楽しんでいました。
 宇気郷・山里のひなまつりは4月3日(日)午後4時まで開催されます。

問い合わせは
 松阪市宇気郷地区市民センター(担当 大石)
  ℡ 0598-35-0014
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粥見神社春季てんてん行われる

2016-03-27 17:32:07 | 日記
 平成28年3月27日、松阪市飯南町粥見の粥見神社(林徳昌宮司)で7百年の伝統があると言われている神事「てんてん」が行われました。粥見神社は平安時代に創建されたと考えられており、中世の伊勢の国司北畠親房が尊崇してとも伝えられています。
 てんてんは無病息災や五穀豊穣を祈る祭りで、年2回春と秋に行われ、春は大人が、秋は子供たちが天狗や獅子などを演じます。
 私の友人の話によると、この祭りはもともと粥見神社近くの下郷地区と向粥見地区の2つの地区で運営していましたが、2つの地区だけではやっていけなくなって、11年ほど前から上郷地区が加わり、3つの地区の番制で取り組むようになったということです。

 この神事は松阪市の無形文化財に指定されており、戦時中も絶えることなく続けられている珍しい神事として高く評価されています。
 まず神社で祭礼が行われ、巫女姿の女児たちが奉納舞を披露しました。また広場に設けられた舞台でも女児達が浦安の舞を披露しました。毎年春と秋のこの祭りにきますが、今年は市内各地からいつもより多くの市民が集まった感じがしました。

 てんてんの舞は神話の天孫降臨(てんそんこうりん)から演出したものとされており、太鼓のリズムが「てんてん」と打つことから付けられた名称であると言うことです。春の例祭に出演する大人の人たちは1月から3月まで週2回練習をし、秋の大祭に出演する子どもたちは8月から11月まで練習をして、1年のうち7ヶ月はてんてんの練習に費やされるということです。

 
   (天狗と獅子が一緒になり舞を演じます)    (天狗が鼻をかんだ紙で頭を触れてもらいます)

 てんてんに登場する天狗、オン獅子、メン獅子、はなかけ(先駆け)を演じる舞手は地区毎交代で受け持ち、地区の氏子の若い衆の中から選ばれます。この日の朝、冷たい櫛田川でみそぎをして心身を清めて舞を演じます。
 今年の担当は上郷地区で、天狗は松本英治(生辺)、オン獅子北川友貴(津下)、メン獅子岩下豊(柳下)、後持ち湯谷 信(津下)、米田明弘(津下)の皆さんでした。

 はじめの「はなかけの舞」は天つ神の使いが葦原の中つ国に使わされたが平定できなかった場面で、ヒョットコやキツネの面をつけた大神様の先がけとして地上の様子を見るために使わされた“はなかけ”に、子供たちが扮する悪者が杉葉を投げつけて抵抗します。
 次ぎに天狗の「猿田彦大神」が天から降りてきて荒ぶる者どもを鎮めます。天から降りる道中は長いので、途中で草履を履き替えたり、居眠りをしたりします。祭では神殿の石段をゆっくり降りてきます。地上(境内)に降り立った天狗の手招きでオン獅子、メン獅子は石段を降りてきて境内まで降り立った時、天狗と一緒に舞を演じます。
 この後天狗が鼻をかんだ紙で頭を触れてもらうと、無病息災と言われ、来場者はこぞって頭を出していました。
 最後に舞台の上で天狗や獅子の舞を演じた人たちに感謝状が贈られ、その後「まき餅」が行われました。途中少し雨が降りましたが、祭りは
滞りなくおこなわれました。
 この祭りは私のブログ「松阪市内のまつり・祭り・祭100選」に掲載してあります。
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松阪市議会 議員定数調査会を設置

2016-03-25 17:22:12 | 日記
 松阪市議会平成28年2月議会は3月24日に最終日を迎え、補正予算などの議決が行われました。この日市長、副市長、教育長、市議会議員の給料・報酬、期末手当に関する条例の一部改正が可決されました。
 特別職の給料・報酬・期末手当などを審議する「特別職報酬等審議会」は前市長時代には5年間開催されていなかったが、竹上市長に変わって今年開催され、市民の代表が審議を行いました。答申では市長、副市長、教育長、市議会議員の給料・報酬は据え置きとなり、期末手当は人事院勧告に準じて市長、副市長、教育長は年間0.1カ月分、議員については0.05カ月引き上げるよう答申していました。

 また松阪市議会議員の定数に関しては、議会改革特別委員会作業部会員全員の議員発議で「松阪市議会議員定数にかかる専門的知見の活用について」として調査会設置の議案が上程され、全会一致で可決されました。議決内容は次の通りです。

1 調査事項 松阪市議会議員定数について

2 平成28年4月から市議会に調査報告をする日まで

3 調査を依頼する者
 (1)松阪市議会議員定数のあり方調査会を設置する
 (2)調査会は、学識経験を有する者4人以内で組織する。
     駒林 良則(立命館大学法学部教授)
     高沖 秀宣(三重県地方自治研究センター上席研究員兼事務局長)
     辻   陽(近畿大学法学部准教授)
     松井真理子(四日市大学総合政策学部教授)

4 調査報告の方法
  調査終了後、速やかに調査報告書の提出を受ける。
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松阪市内の桜の名所

2016-03-22 22:11:27 | 日記

(御城番屋敷から見た松坂城跡の桜)


 松阪市内には松阪公園を始めとして桜の名所が多くあります。昔からある古木の桜の名所もあれば、最近できたばかりの若木の桜の名所もあり、市内の主な桜の名所を紹介します。
 
◆1.松坂城跡
 今から400年余り前の天正16年(1588)に安土桃山時代の戦国武将蒲生氏郷が四五百森(よいほのもり)に築城した平山城で、現在は松坂城跡として、また松阪公園として松阪市のシンボル的存在です。
 平成18年には、財団法人日本城郭協会が選定する日本100名城に選ばれました。また都市公園法施行50周年記念事業実行委員会から日本の歴史公園100選に選ばれました。

 春には300本のソメイヨシノなどが咲き乱れ、開花時期には夜間のライトアップも行われます。4月の第1土・日曜日には、郷土が生んだ偉人国学者の本居宣長の業績を称える「宣長まつり」が開催されます。この日は公園内の本居宣長記念館や松阪市立歴史民俗資料館、また本町の松阪商人の館が無料開放されます。

○所在地  三重県松阪市殿町1538他
○駐車場  駐車場は市民病院前の松阪市駐車場をご利用下さい。

 
      (松坂城跡搦め手門付近の桜)               (阪内川親水公園の桜)

◆2.阪内川親水公園
 松阪市内を流れる阪内川の中部大橋から新松阪大橋までの間の両側に造られた阪内川親水公園には、ソメイヨシノなどの桜が咲き市民に人気の花見スポットとなります。堰など水が溜まったところでは水に映った桜も美しく、落花のころには水面が花びらで埋まります。

○所在地  三重県松阪市岡本町・田村町(中部大橋)から
              西之庄町・外五曲町(新松阪大橋)までの区間
○駐車場  あり

◆3.香肌湖畔(蓮ダム湖畔)
 奥香肌湖は蓮ダムの築造によってできた人造湖で、湖の周辺には蓮八滝と呼ばれる八箇所の滝があり、遊歩道なども整備されています。春には湖畔に植えられた桜が咲き、祭りも行われます。

○所在地  三重県松阪市飯高町森地内
○駐車場  あり

 
           (香肌湖畔の桜)                   (松阪森林公園の桜)

◆4.松阪森林公園
 松阪市森林公園は、観音岳山麓の自然に恵まれた区域に、青少年の野外集団活動や市民に保健休養の場として設置された施設。 公園内にはソメイヨシノ約270本が植えられ、花の咲く頃には大勢の見物客でにぎわいます。

○所在地  三重県松阪市伊勢寺町安若1678
○駐車場  あり

◆5.岩内瑞巌寺鏡池畔
 岩内の瑞巌寺は弘法大師の開祖と伝えられ、元は真言宗の寺であったが現在は浄土宗に属している。境内の鏡池や三重の塔もこの時建造され文化9年(1812)に完成した。
 岩内の鏡池周辺は市内でも古くからの桜の名所となっており、桜の本数は少ないが、池の堤防の上で弁当を食べながら、ゆっくりと静かな時を過ごすのには絶好の名所です。

○所在地  三重県松阪市岩内町地内
○駐車場  あり

          
        (岩内瑞巌寺鏡池畔の桜)               (中村川さくら堤の桜)

◆6.中村川さくら堤防
 雲出川の支流中村川は嬉野黒田町で雲出川に注ぐ。途中の嬉野中川町内にある堤防は「桜づつみ」と呼ばれ、「中村川桜づつみを育てる会」により整備された。ここに約100本のソメイヨシノが植えられ桜の名所となっています。地域振興事業の一環として桜の花が咲いている間はライトアップされます。4月上旬には桜まつりも行われます。

○所在地  三重県松阪市嬉野中川町地内
○駐車場  なし (さくらまつりの時は臨時の駐車場が設置されます)

◆7.なめり湖周辺
 なめり湖は雲出川上流の中村川にできた一志ダムのダム湖。今から約40年前の昭和44年(1969)に完成した。ダム湖の周辺にはソメイヨシノや山桜など約300本の桜が植えられ、花の咲く頃には多くの人が訪れます。4月上旬には桜まつりも行われます。

○所在地  三重県松阪市嬉野森本町地内
○駐車場  あり

 
         (なめり湖周辺の桜)                   (中部台運動公園)
 
◆8.中部台運動公園
 日本の都市公園100選に選ばれた総面積40万平方メートルの広大な総合運動公園。 芝生広場の周辺やサイクリングコースなどに、約260本のソメイヨシノやしだれ桜、山桜、ぼたん桜等が植えられ、花の咲く時にはスポーツをしながら花見が楽しめます。
○所在地  三重県松阪市立野町1370
○駐車場  あり
○問い合わせ 中部台管理事務所 0598-26-1472 

◆9.エドヒガン桜(春谷寺)
 松阪市飯南町向粥見の春谷寺境内の古木で、推定樹齢は約400年。樹高・枝張りともに約10mあり3月下旬の彼岸の頃から淡いピンクの花を咲かします。
 近くの渓流沿いにも約100本の桜が植えられて、花見客でにぎわいます。平成27年から桜まつりも行われています。

○所在地  三重県松阪市飯南町向粥見地内
○駐車場  あり

 
         (春谷寺のエドヒガン桜)                 (東黒部中の川河畔)

◆10.東黒部中の川河畔
 松阪市東黒部町を流れる中川(なかのがわ)の川岸に植えられたソメイヨシノ桜など約80本の桜。4月上旬の花の咲く頃には川岸が華やかな風景に一変し、桜まつりが行われます。

○所在地  三重県松阪市東黒部町地内
○駐車場  なし (さくらまつりの時は臨時の駐車場が設置されます)
  
◆11.高須町せせらぎ公園
 松阪市高須町の松阪浄化センター東隣にある「せせらぎ公園」にはソメイヨシノなどの桜が多く植えられており、木はまだ若いが、この地域の桜の名所となっています。桜まつりが行われます

○所在地  三重県松阪市高須町
○駐車場  あり(花見大会中)

 
        (高須町せせらぎ公園の桜)                 (リバーサイド茶倉)

◆12.リバーサイド茶倉
 リバーサイド茶倉は平成元年6月に、「都市の人との交流が持てる場を」を目的としてオープンしました。
 櫛田川の清流と南側に広がる茶畑に囲まれたこの施設には宿泊施設としてペンション、コテージなどが整っており、芝生広場やキャンプ場周辺、また櫛田川をはさんだ対岸にも多くのソメイヨシノなどの桜が植えられており、桜の咲く頃には、華やかな景色に一変します。

○所在地  三重県松阪市飯南町粥見1084-1
○駐車場  あり

◆13.天開山口窄泰運寺
 飯高町波瀬にある泰運寺は元文5年(1740)泰運了啓禅師が開山した古刹で、八角銅鐘が有名です。桜は駐車場から本堂に向かう階段の両側に植えられており、桜の回廊を行くが如し。何種類の桜が植えられており、時期をずらして楽しめます。

○所在地  三重県松阪市飯高町波瀬631
○駐車場  あり

 
       (天開山口窄泰運寺の桜)                 (三雲碧川周辺の桜)

◆14.三雲碧川周辺
 松阪市笠松町、曽原町、五主町付近を流れ伊勢湾に注ぐ碧川。平成21年9月に、地区の有志により「碧川周辺地域の自然と環境を守る会」が結成された。
 同会では碧川堤や碧川に注ぐ笠松町水路堤を桜の名所にしようと、平成21年から早咲きの「河津桜」を植え始め、現在250本の植樹が終わっています。花は2月初めから咲き始め3月中旬には満開となります。

○所在地  三重県松阪市笠松町付近
○駐車場  近くにあり 

◆15.深野稲荷山公園
  松阪牛の里、また深野紙漉の里として知られている松阪市飯南町深野地区の高台にある稲荷山は、眼下に国道166号や櫛田川を望みます。近くには日本棚田百選に選ばれた「深野だんだん田」や、紙漉体験ができる「和紙和牛センター」があります。
 昔、稲荷山には、深野村の氏神・五霊神社が祀られていましたが、明治になって柿野神社に合祀されました。現在は稲荷社が祀られ、地域の人達に親しまれる遊園地になっています。ここには数百本の桜が植えられ、4月の初めには桜まつりが行われます。
    
○所在地  三重県松阪市飯南町深野
○駐車場  あり
○問い合わせ 飯南振興局 地域振興課 0598-32-2512
                                    
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松尾まち協スタンプラリー―丹生寺廃寺散策

2016-03-20 09:33:55 | 日記
 「地域の歴史文化の再発見」として、松尾まちづくり協議会では地域内の史跡、名所、名木、祭りなどを訪ねるスタンプラリーを行っています。これらの見学の指定された開催日に参加して、指定用紙にスタンプを押してもらい、ビンゴが2列揃うとイチゴや柿など地域の名産がもらえるというものです。
 3月19日(土)には丹生寺の地名の由来となった奈良時代の「丹生寺廃寺」跡地を散策しました。私が説明をしましたので内容をまとめました。

1、地名は大切な歴史的な遺産
 国名のような大きな地名から、都道府県、市町、町名、字、そして私たちが住んでいるすぐ近くの小字の地名まで、人が住む周囲には実にたくさんの地名があふれています。そして地名は私たちの生活には欠かせない歴史的遺産です。

2、地名の成り立ち
 地名の成り立ちには、大きく3つに分類しました。1つは「自然発生的についた地名」、2つ目は「政治的・人為的につけられた地名」、3つ目はこの2つの中間的な「人々の生活の中から生まれた地名」です。

①自然発生的についた地名
 これは丸い山だから「丸山」とか長い島だから「長島」など自然の地形、植生、動物の生息状況などからついた地名です。
 ・カラスが住む森➡烏森(名古屋)
 ・鵜の住む沼➡鵜沼(岐阜県各務原市)
 ・鴨のいる山だから➡鴨山(島根県益田市)
 ・猿が住む山➡猿山(えてやま 松阪市飯高地区)
 ・ヨシの生えている野原➡吉原(東京)

②政治的・人為的につけられた地名
 これは時の政治などにより人為的につけられた地名です。「松阪」もこれに分類され、蒲生氏郷が松坂に城を築いたとき、「松」は蒲生家にとって縁起のいい字であり、「坂」は豊臣秀吉の許可を得て大坂の字を使いました。他には次のようなものがあります。
 ・三渡川と雲出川の間の村だから➡三雲村
 ・南の伊勢だから➡「南勢町」
 ・平成にできた町➡平成町
 その他の団地の桜町、日丘町、虹ヶ丘町などもこれに属します。

③人々の生活の中から生まれた地名
これは人々の生活の中から、一定のルールによって付いた地名です。
 ・土を盛ったところにつく=➡塚(貝塚、人塚、宝塚、大塚)
 ・港につく➡津(沼津、焼津、直江津、木更津、唐津、松阪市内の石津、郷津、保津)
 
これらの地名の成り立ちについては私のブログ「松阪の地名を訪ねて」をご覧ください。
松阪の地名を訪ねて (1) ~ 地名の付けられ方
松阪の地名を訪ねて(2)~「塚」の付く地名
松阪の地名を訪ねて(3)~「津」の付く地名
松阪の地名を訪ねて(4)~ 川に関係する地名
松阪の地名を訪ねて(5)~「寺」の付く地名①
松阪の地名を訪ねて(6)~「寺」の付く地名②
松阪の地名を訪ねて(7)~「寺」の付く地名③
松阪の地名を訪ねて(8)~「寺」の付く地名④
松阪の地名を訪ねて(9)~『駅部田』ついて
松阪の地名を訪ねて(10)~「地すべり地に付く地名」
松阪の地名を訪ねて(11)~「軟弱地盤・湿地を表す地名」

3、宮のつく地名
 宮のつく地名のところにはその名前の由来となった神社があります。
 ・埼玉県大宮市➡氷川神社、
 ・愛知県一宮市➡真清田神社(ますみだじんじゃ)
 ・松阪市飯高宮前町➡花岡神社
 ・松阪市大宮田町➡八幡神社

4、寺のつく地名
 寺のつく地名のところにはかつて同じ名前の寺がありました。7世紀から8世紀頃のかなり規模の大きい寺です。
松阪市には奈良時代の古代寺院が12ヶ所あったといわれています。
  ○一志廃寺(嬉野一志町)   ○中谷廃寺(嬉野天花寺)
  ○天花寺廃寺(嬉野天花寺)  ○上野廃寺(嬉野上野町)
  ○嬉野廃寺(嬉野算所町)   ○伊勢寺廃寺(伊勢寺町)
  ○ヒキタ廃寺(阿形町)    ○丹生寺廃寺(丹生寺町)
  ○御麻生薗廃寺(御麻生薗町) ○林廃寺(上川町)
  ○野中垣内廃寺(櫛田町)

・町名として残っているのは5つで、伊勢寺町、天花寺町、薬王寺町、蓮花寺、丹生寺です。
・小字名も「法浄寺」

5、丹生寺廃寺
◆丹生寺廃寺の概要
 丹生寺廃寺は8世紀後期の寺院跡と考えられ、松阪市丹生寺町本里の集落の北方に広がる標高40mの丘陵地で、現在は山林(一部は畑)となっている所にありました。発掘調査などは行われていないため、寺域など詳細は不明ですが、東西250m、南北125mと推定されます。

 この寺の瓦は松阪市立野町高田の里山の斜面にあった「立野瓦窯」で焼かれたもので、立野瓦窯跡から出土した瓦と、丹生寺廃寺から出土した瓦が全く同様であり、丹生寺廃寺の瓦が同瓦窯から供給されたことがわかります。

◆水銀と「丹生」
 松阪市丹生寺町の『丹生寺』は多気郡多気町丹生の「丹生」から付けられたと言われています。多気町丹生は平成18年に合併するまでは「勢和村丹生」でした。
 日本では古くは水銀鉱を「丹」とか「朱」と呼よびました。水銀の鉱床地には、現在でも「丹」の付く地名が残っています。「丹生」の他にも、「丹生川(岐阜県)」「丹生野(奈良県 にうだに)丹生山(兵庫県 にゅうやま)、丹土(兵庫県 にど」「丹原(愛媛県)」などがあり「丹後の国」や「丹波の国」も水銀と関係があるということです。

◆丹生水銀
 『続日本書紀』に文武天皇の2年(698)と和銅6年(713)に伊勢国から朝廷に水銀を献上したことが記されており、水銀は仏像や仏具などに金を塗って仕上げるときに必要なもので、奈良時代の東大寺大仏殿建立には、丹生の水銀が2tも使われたということです。また鎌倉時代の初めの東大寺大仏再建の時にも2万両もの丹生の水銀が使われました。平安時代になると、丹生には取引や採掘のため各地から商人や鉱夫が集まり「丹生千軒」と呼ばれる町ができました。 

 当時、この地方を治めていた豪族は、大河内郷(今の大河内町付近)、黒田郷(今の大黒田町、小黒田町付近)、黒部郷(今の西黒部町、東黒部町付近)、丹生郷など6つの郷を擁していました。この中の丹生郷からは水銀が産出し、その水銀や朱砂と呼ばれる美しい石を朝廷に献上することによって、中央政界へも勢力を伸ばしていきました。奈良東大寺の大仏は丹生の水銀が無かったらできなかったということです。当時の丹生は人口が1万人くらいの大都会であったということで、その名残として、丹生地区には今でもお寺が大変多く残っています。

 本来菩提寺には自分の名前を付けるのが普通ですが、丹生郷を治めていたこの豪族にとって「丹生」という地名は大事なことから、菩提寺を『丹生寺』と名付けたということです。岡本町付近の古墳はこの豪族のものではないかということです。

◆丹生寺は誰の菩提寺か
 では、丹生寺を創った豪族は誰かということですが、山田勘蔵さんから聞いた話しでは『「県氏(あがたうじ)」の菩提寺であった』と言われたと記憶しています。また「松阪の歴史№4 大西源一著」の中には『現在の松阪神社は、それはおそらく飯高氏の氏神であり、松尾村丹生寺というところが、その氏寺であったものと思われる』と示されています。
 松阪市飯高町赤桶の水屋神社のホームページに、旧の飯南郡と松阪市、明和町一帯を治めていた「飯高県造(いいだかのあがたぬし)」という古代の領主が示されており、県氏と飯高氏は同一人物と思われます。


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松阪市立小学校で卒業式

2016-03-19 18:57:42 | 日記
                       (松尾小学校の卒業式)

 松阪市内の市立36校の小学校で3月18日、19日に卒業式が行われました。私も19日に地元の丹生寺町の松尾小学校(山口哲生校長)の卒業式に来賓として参列させていただきました。
山口校長の話しては、松尾小学校の卒業式は、卒業生が担任の先生と相談して企画を練り、校長はほとんどタッチしなかったということでした。まさに卒業生手づくりの卒業式でした。

 在校生、保護者、先生、来賓が席に着き、卒業生は舞台の上から登場しました。
卒業証書授与では卒業生の写真と、これからの目標がパワーポイントで示され、一人一人に山口校長から卒業証書が渡されました。



 山口校長は式辞の中で、「これからずっと大切にしてほしいものが3つあります。1つは命や人権を大切にしてほしいということです。動物や小さな花にも気を配り、いつも相手の立場に立った視点で、自分の行動で相手を傷つけないようにして、人権が尊重される新しい世界を築いてほしい。2つ目はユニバーサルとグローバルということです。誰もが過ごしやすい、ハンディーを持った人たちが過ごしやすい世の中を作ってほしい。またグローバルな視野を持っていろいろな人に会ってほしい。将来海外に行くことがあったら、そこの人々と会話して日本人とは違う考えを聞き、自分の糧としてほしい、そうすれば日本の良さが分かります。3つ目は家族です。家族はずっと変わらぬ大切な宝物です。子育ては大変なことです。今日の卒業式は、皆さんを大切に育ててくれた家族に感謝する日でもあります。中学生になられても明るく輝く未来を送って下さい」と述べました。

 また来賓として教育委員会の内山次生さん、PTA会長の橋爪正和さんが祝辞を述べ、また卒業生にからPTAから記念品が贈られました。卒業生や在校生が校歌やや別れの歌を大きな声で歌われ、また国歌を卒業生や在校生、保護者や先生、そして来賓の皆さんが大きな声で歌われていたのがよかったと思います。
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松阪市住民協議会条例が可決

2016-03-17 07:35:20 | 日記
 現在開会中の松阪市議会平成28年2月議会で3月15日に当初予算等の採決が行われました。この日市から出されていた「松阪市住民協議会条例の制定について」の採決が行われ全会一致で可決されました。
 
 松阪市の全43地区に住民協議会が結成され、それぞれ地域にあった活動がなされていますが、法的に位置づける条例がありませんでした。
 平成24年11月議会では、松阪市議会総務生活委員会から「住民協議会の活動に関する条例の制定を求める決議について」の発議があり、本会議で賛成多数で採択されましたが、その後市の方からは上程がありませんでした。

 市長が竹上市長に変わり、市長と住民協議会の代表との話し合いで、住民協議会側からも条例制定を望む声が多く出され、今回の上程、議決となりました。
 住民協議会の活動にはまだまだ問題も多くあり、協議会と自治会との関係をどうするのか、地区によっては役員のなり手がないなどの問題があります。この条例が可決されたあと植松泰之議員らから付帯決議が提案され、全会一致で承認されました。この付帯決議では「住民協議会の活動にはまだまだ多くの課題があり、各地区の住民協議会や自治会連合会などと意見交換を行い、課題解決に取り組むよう」求めました。
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鎌田アンダーパスが開通

2016-03-14 06:21:21 | 日記
                       (開通した鎌田アンダーパス) 

 松阪市鎌田町のJR線および近鉄線と交差する都市計画道路 松阪公園大口線(主要地方道 松阪久居線)のアンダーパスは、平成14年から三重県が整備していましたが、平成28年3月13日(日)午後11時に開通しました。
 開通に先がけ同日アンダーパス入口で開通記念式典が行われました。

 この事業は吉田市長の時代の平成14年に始まったもので、13年かかりこのほど車道と片側の歩道が完成し、通行ができるようになりました。工事費はこれまで96億円、残りの工事に10億円ほどかかるということです。残りはもう片側の歩道など平成31年までかけ完成する予定です。

 
       (アンダーパス開通記念式典)               (関係者でくす玉割り)

 アンダーパス部分の工事の全長600.0m、鉄道の下をくぐるボックスは長さ50.0m、幅14.1m。またこの工事に合わせて電線の地中化をはかる「電線共同溝」も設置されました。
 なお、アンダー部分に降った雨水は最下部に集められ、ポンプで汲み上げるということです。ポンプの能力を越える雨が降って5cm水が溜まったら「通行注意」、10cm溜まったら通行止めになるということです。

 この日行われた記念式典には松阪市長、三重県県土整備部関係者、松阪市都市整備部関係者、地元自治会関係者、松阪警察署長、三重県議会議員、市議会議員、JR東海・近畿日本鉄道関係者など主催者側、来賓が出席して完成を祝いました。式典では竹上松阪市長、三重県県土整備部 水谷優兆部長が挨拶を述べ、工事に協力していただいた地元の皆さんや、鉄道関係者などにお礼を述べました。また野口正三重県議会議員、大平勇松阪市議会議長らが祝辞を述べました。このあとアンダーパスの中央部でくす玉開披が行われました。
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第11回松阪シティマラソン開催される

2016-03-13 19:44:06 | 日記
                    (ハーフマラソンのスタートの様子)

 第11回松阪シティマラソンが平成28年3月13日(日)、松阪市山下町の松阪市総合運動公園で行われました。弟9回までは中部台運動公園を中心に行われていましたが、昨年から会場をここに移して開催されています。私も大平議長とともに来賓としてセレモニーに出席させていただきました。
 今大会ではハーフマラソン、5㎞、3㎞、9Kウォーキングに2,525人がエントリーしました。
・ハーフマラソン (エントリー数 1,381人)
・5㎞       (同 631人)
・3㎞       (同 313人)
・9Kウォーキング (同 200人)
・ 計       (同2525人)

   
       (5㎞の部のスタートの様子)             (3㎞の部のスタートの様子) 
 
 ランニングの部の参加者を対象にした特別賞では、最高年齢賞の男子には昨年同様松阪市から出場された錦 佐平(89歳)さんが、女子の部でも昨年同様伊勢市から参加された佐藤香代子(80歳)さんが受賞しました。また遠くから参加した人に贈られる「遠来賞」には福島県郡山市の岡川昭伸さん(ハーフマラソンの部)、佐賀県鳥栖市の南川善洋さん(ハーフマラソンの部)、南川厚子さん(5キロの部)でした。

 
        (5キロの優勝者のゴール)             (ハーフの優勝者のゴール) 
 オープンセレモニーのあと、午前9時にハーフマラソンのスタートがきられ、3㎞の部、5㎢の部とスタートしていきました。またウォーキングの部では鈴の森公園をスタートし、総合運動公園までの9㎞の道のりをウォークしました。今回のゲストはオ森脇健児さんで、ランナーと一緒にハーフを走りました。
 競技が終わったそれぞれのコース別、年齢別の表彰式が行われました。
 この大会には中出繁総務部長(ハーフ)や佐藤誠議会事務局長(5キロ)ら市の職員も多く参加し、また市議会議員では海住恒幸議員が5㎞の部に参加しました。

 会場には多くのテントが建ち並び、それぞれのブースで私も買い物を楽しませていただきました。また参加者には「うきさと鍋」が振る舞われました。今大会に全国から参加していただいたアスリートのみなさん、大会を運営していただいた大会役員のみなさん、ボランティアとして大会の運営に協力をしていただいたみなさん、また地元や沿道で協力・応援していただいた多くのみなさん、ありがとうございました。


第11回松阪シティマラソン結果

ハーフ男子総合
総合順位   氏名     記録        部門
 1    中田剛司   1:07:42   ハーフ男子15~29歳
 2    酒井拓欣   1:10:24   ハーフ男子15~29歳
 3    尾嵜広樹   1:10:33   ハーフ男子30歳代
 4    酒井  一   1:11:39   ハーフ男子15~29歳
 5    真野陽太   1:14:18   ハーフ男子15~29歳
 6    吉田正樹   1:14:46   ハーフ男子30歳代
 7    谷口大樹   1:14:49   ハーフ男子30歳代
 8    清水聡太   1:15:09   ハーフ男子15~29歳

ハーフ女子総合
総合順位   氏名     記録        部門
 1    三浦直美   1:25:44   ハーフ女子40歳代
 2    西尾有紀   1:30:30   ハーフ女子30歳代
 3    足立千秋   1:33:09   ハーフ女子40歳代
 4    諸岡百合子  1:34:28   ハーフ女子40歳代
 5    近藤なつき  1:36:14   ハーフ女子15~29歳
 6    槇田  恵   1:38:10   ハーフ女子15~29歳
 7    斎木真理   1:39:17   ハーフ女子50歳以上
 8    空地久予   1:39:36   ハーフ女子30歳代

5キロ男子総合
総合順位   氏名     記録        部門
 1    松岡直希   0:15:18   5キロ男子30歳代
 2    逵  雅基   0:16:35   5キロ男子15~29歳
 3    長島哲浩   0:16:41   5キロ男子40歳代
 4    岡田公陽   0:16:43   5キロ男子15~29歳
 5    逵  彰太   0:16:46   5キロ男子15~29歳
 6    藤田大輝   0:16:50   5キロ男子30歳代
 7    川邊英史   0:16:58   5キロ男子30歳代
 8    三輪洋侑   0:17:00   5キロ男子15~29歳

5キロ女子総合
総合順位   氏名     記録        部門
 1    山下奈央   0:18:13   5キロ女子15~29歳
 2    西尾美早紀  0:20:27   5キロ女子15~29歳
 3    坂  春菜   0:20:59   5キロ女子30歳代
 4    渡辺美香   0:22:17   5キロ女子30歳代
 5    中西 さち   0:22:51   5キロ女子30歳代
 6    稲田聖子   0:22:59   5キロ女子40歳代
 7    伊藤里奈   0:23:01   5キロ女子15~29歳
 8    落合瑛美   0:23:04   5キロ女子15~29歳

3キロ男子総合
総合順位   氏名     記録        部門
 1    宇留田竜希  0:09:22   3キロ中学生男子
 2    佐藤楓馬   0:09:26   3キロ中学生男子
 3    前川昌史   0:09:30   3キロ男子15~49歳
 4    野村龍作   0:09:37   3キロ男子15~49歳
 5    姫子松佑斗  0:09:54   3キロ男子15~49歳
 6    中村洸文   0:10:02   3キロ中学生男子
 7    橋本修弥   0:10:02   3キロ中学生男子
 8    田端哀斗   0:10:03   3キロ中学生男子

3キロ女子総合
総合順位   氏名     記録        部門
 1    渡辺萌梨   0:10:57   3キロ中学生女子
 2    奥村真尋   0:11:04   3キロ中学生女子
 3    竹口楽々   0:11:09   3キロ中学生女子
 4    角谷姫佳   0:11:24   3キロ中学生女子
 5    谷口由香   0:11:40   3キロ女子50歳代
 6    伊藤百花   0:11:53   3キロ中学生女子
 7    西口陽奈   0:12:02   3キロ中学生女子
 8    ツウイコ ミエ 0:12:30   3キロ中学生女子
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竹上市政4ヶ月の評価

2016-03-11 19:27:41 | 日記
 昨年10月4日の松阪市長選挙で竹上真人市長が誕生して4ヶ月が過ぎました。この間に市政は安定し、周辺の政治とも急速に修復が進んでいます。
 市長選挙は昨年の9月議会の会期中に行われました。本来市長選挙に当選した新市長は各部署からしっかりレクチャーを受けてから議会に望むのですが、その暇がありませんでした。いきなり議会に出て答弁をするということになりましたが、しっかり議会対応をされたのではないかと思います。

 これまで松阪市は周辺の多気町、明和町、大台町、大紀町などとRDFの離脱問題などで長い間もめていました。また県や国ともギクシャクしていました。市長と市議会ともギクシャクしていました。
竹上市長の誕生で周辺の町とも、県とも、国とも一気に関係が改善されました。また市議会との関係も改善されました。最も市長と市議会の関係は良好に越したことはないのですが、ある程度距離をおくことも必要です。
 何はともあれ、周辺の政治とのトラブルに無駄なエネルギーを使わなくてよい分、本来の市政運営に力をそそぐことができます。

 竹上市長が怒っている姿は見たことがありません。市長が職員を怒る、会社の社長や上司が部下を怒る、親が子どもをしかる。自分の言葉で相手を納得させることができれば、怒る必要はありません。怒るのは言葉で相手を説得できない場合に威圧するための行為です。怒るのは自分の能力のなさを表しているのです。
 竹上市長はうそのない市長です。市長という職業柄全くうそをつかないわけにはいかないと思うが、肝心なところでのうそはないと安心できます。平気でうそを連発した前市長にへきえきしてきたので、当たり前のことですが、うそのつかない市長は新鮮に映ります。

 少し褒めすぎましたが、竹上市長の真価が問われるのはこれからです。市議会議員としてしっかりチェックをしていかなければなりません。
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松阪市立西中学校で卒業式

2016-03-08 21:56:17 | 日記
 暖かい春の日差しが降りそそぐ3月6日、松阪市内の市立中学校12校の(多気中は含まない)の卒業式が一斉に行われました。この日市内の中学校から1,399名、多気中の松阪関係33名のが卒業しました。
 私も松阪市曲町の松阪市立西中学校(川島三由紀校長)の第31回卒業式に、地域の皆様と一緒に来賓として出席させていただきました。西中学校からは186名が巣立っていきました。

 卒業生が担任の先生を先頭に入場したあと、国家・校歌斉唱がありました。卒業生の名前が一人一人読み上げられ、クラスの代表が校長先生から卒業証書を授けました。
 川島校長は式辞の中で、『皆さんが入学した2013年には、夏季オリンピックが東京に決まり、日本中が沸き上がった年でした。皆さんが2年生の2014年には日本人3人がノーベル物理賞を受賞し、自身を失いかけていた日本人に希望の光を灯しました。
 ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんは、「私たちは暗闇のなかにいると、光の大切さに気づきます。私たちは銃を見て本とペンの大切さに気づきました」と述べました。皆さんは学校で平和、環境、人権を学んできましたことを生かし、一人一人が自分らしく輝いて新しい世界に大きく羽ばたいていくことを願っています。』と述べました。


                   (卒業生代表で答辞を述べる佐藤勝一さん)

 また来賓として出席された松阪市教育委員会の山内一教育委員、山口華苗西中PTA会長から祝辞がありました。山口PTA会長は「これからは今まで以上に悩むこともあるでしょう。そんな時にも西中学校で学んだことを忘れずに、家族や先生、地域の人たちがいることを忘れずに、大きな夢をもって歩んで下さい。」と述べました。

 在校生を代表して奥田龍至さんが送辞を述べ、卒業生を代表しての送辞では佐藤勝一さんが、中学校最初の春の遠足、2年生の修学旅行、また職場体験学習(わくわくワーク)、陸上競技大会や合唱祭などの思い出を述べ、「西中で学んだことを生かし、どんな困難でも乗り越えていき、ゆっくりでもいい、一歩一歩しっかりと進んでいきます。」と希望を述べました。
 式歌の「旅立ちの日に」を歌う頃には感激にすすり泣く卒業生の姿も見られ、186名の卒業生が3年間の思い出の学舎を巣立って行きました。素敵な卒業式でした。

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自治体や国の三世代同居支援事業

2016-03-06 22:19:55 | 日記
                       (開放的な掛川市役所) 

 かつては一般的な家庭のかたちであった三世代同居が近年少なくなってきて、核家族化や一人暮らしなどが増えてきました。昨年10月に行われた国政調査で松阪市の人口は、5年前の前回の調査時と比較すると約4100人も減っているのに対し、世帯数は逆に322世帯と増えていて、核家族化が進んでいることがわかります。
 三世代同居家族の子どもは学力が高く、非行率が低く、両親の離婚率も低いと言われています。

◆静岡県掛川市の三世代同居支援事業
 私の会派・市民クラブで静岡県掛川市の三世代同居支援事業の「掛川市ゆったり子育て三世代同居応援事業」について行政視察をしました。
 近年三世代同居が全国的に少なくなっており、核家族化、少子化が進む中で子育てに不安や悩み、ストレスを抱える親が増えてきました。三世代同居では当然のように受け継がれてきた祖父母からの子育ての技術や知恵が、核家族化の増加で伝承されにくくなっており、子育て力の低下が懸念されます。
 掛川市では毎日の子育てに多くの世代がかかわることが大事とし、子育てを楽しみ、家族がにぎやかに団らんするには親・子・孫の三世代同居が効果的として、三世代同居を支援する取り組みを平成26年から始めました。

 同市の支援は三世代同居を始める世帯に対し、住宅の新築、増改築、購入の費用の一部を助成する制度で、親と子と孫を基本とする三世代が掛川市において新たに同居することが条件です。事業費が50万円以上のものが対象で、住宅の新築、増改築、購入費用の1/2(最大50万円)を買物券で助成しようとするものです。

◆全国の自治体の取組み
 全国的に三世代同居、近居に対して応援事業が行われており、千葉県千葉市・四街道市、大阪府泉佐野市・大東市、奈良県奈良市・天理市、岐阜県飛騨市、岡山県笠岡市富山県砺波市など、掛川市の取り組みと同じように住宅の新築・改築に対する補助が行われています。

◆国の三世代同居住宅の補助制度
 国は2016年度予算案に三世代同居住宅の補助制度を織り込みました。新制度は安部政権が掲げる「一億総活躍社会」の少子化対策の一環として出されたもので、①台所、②浴室、③トイレ、④玄関のうち二種類の設備を二カ所以上設置した新築木造住宅と、同じ条件を満たすよう同様の設備を増設した中古住宅を対象に、1件あたり最大で150万円を補助しようというものです。
 予算委員会では「浴室が2つあるような大きな家でも補助金がうけられるなら、お金が高額所得者に流れるのではないか」という指摘もありました。掛川市などの自治体の三世代支援策と比べると、国の支援策はわかりにくい気がします。

◆代表質問で松田俊助議員が松阪市の取組みを聞いた
 現在開催中の松阪市議会2月議会の代表質問で、我が会派・市民クラブの松田俊助議員が掛川市の三世代同居応援事業を例にあげ、松阪市の三世代同居支援事業の取組みを聞きました。
 竹上真人市長は、かつては三世代同居が当たり前であり、育児に親世代の協力が得られ、高齢者の孤立化の防止につながるなどのメリットがあり、ほかの事業と組み合わせながら研究していきたいと、前向きの姿勢を示しました。

◆住宅支援以外の三世代同居支援策は
 三世代同居世帯では、子どもの出生率が高く、学力が高く、非行率が低く、両親の離婚率が低いとも言われている。この通りであれば子どもにとっても親にとっても三世代同居はいいことづくしといえる。
 最近は三世代同居といっても、昔のように同じ建物の中に三世代が同居することは少なく、子どもが結婚するときには同じ敷地内に離れを建てて両親とは別棟で過ごす場合が多い。これも三世代同居の一つのかたちで、お互いに気を使うことを少なくする一つの工夫であろう。ただ比較的敷地が広い農村部は離れが建てられるが、団地などでは敷地が狭くて離れが建てられない場合が多い。日本で三世代同居が少なくなってきた一つの理由に、団地の造成やアパート・マンションの建設が影響を与えていると思われる。
 国も掛川市などの自治体も住宅の新築・改築に対する補助が行われている。住宅支援の取組みもいい取り組みだが、多くのに三世代同居を増やすことはできない。何かもう少し別なかたちでの新しい三世代家族を支援する取組みや、現在同居を続けている三世代家族を維持する何かの支援策はないだろうか。

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三雲笠松水路の河津桜が五分咲き

2016-03-05 20:32:30 | 日記
 松阪市笠松町の笠松町水路沿いに植えられた河津桜が五分咲きを迎えています。私も久しぶりに見に行きましたが、この日は暖かく多くの市民が一足早い春の訪れを楽しんでいました。今日3月5日現在では木によって2分咲きから7分咲きで、平均すると五分咲きといったところです。
 この河津桜は笠松環境保全協議会を中心に平成19年(2009)から植えられてきたもので、約1.5㎞の水路沿いが「笠松河津ロード」として市民に親しまれています。河津桜は早咲きで、2月の初旬から咲き始め3月中旬には満開になります。

 

 松阪市笠松町、曽原町、五主町付近を流れ伊勢湾に注ぐ碧川の周辺には、ハマボウの群生地や黄紅葉が自生しており、また日本でも有数の野鳥の飛来地としても有名です。これまで何気なく見過ごされてきた碧川の風景を今一度見直し、自然環境を地域の宝として保全し、地域づくり、人づくりに取り組んでいこうと、平成21年9月に、地区の有志により「碧川周辺地域の自然と環境を守る会」が結成されました。

 碧川周辺整備の一環としてこの河津桜の植生や、また近くの農村公園の整備もなされました。農村公園は地域の人々の要望を受け、松阪市が平成23年度から平成25年度にかけて、約1000万円の費用でトイレや駐車場の設置、スロープやフェンスも設置などの整備がなされました。
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初午大祭開催される

2016-03-01 17:39:04 | 日記
                    (岡寺山継松寺へ厄落としの参拝者)

 松阪市の3大祭りの1つ初午大祭が、平成28年2月29日から始まっています。松阪市中町の厄除け観音で有名な岡寺山継松寺には、厄年の人などたくさんの人がお参りします。
 この祭りは松阪市観光協会が主催して3月の最初の午の日に行われ、今年は1日が本日ですので、2月29日が宵宮、3月2日が余福祭となります。本日の今日1日には厄年の女性を乗せて町中を練り歩く「松阪厄まいり宝恵駕篭道中行列」が行われました。
 今年は宵宮の昨日はみぞれ混じりの寒い日となり、本日の今日も寒いこともあって、人出は少なかったようです。

 岡寺山継松寺は聖武天皇の勅使によって創建されたとされる日本最古の霊場で、同寺の初午祭は県内の仏教寺院の例祭としては最大級の祭りであるということです。
 厄年の男女が参拝して、ハンカチを落とし厄除けします。また出店では「厄をはじき去る」という縁起物「猿はじき」や、ねじりおこしが販売されています。
 初午大祭は私のブログ“松阪市内の祭り100選”に掲載してあります

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初午大祭について


 松阪の初午大祭は祇園祭り、氏郷まつりと並ぶ松阪3大祭りの1つで、3月の最初の午の日の前後3日間(宵宮、本日、余福祭)に渡って行われます。この祭りでは厄年の男女などが松阪市中町の岡寺山継松寺に厄落としのお参りします。

◆岡寺山継松寺の由来
 岡寺山継松寺は、地元の人には「岡寺さん」と呼ばれ、天平15年(743)聖武天皇の勅願により行基菩薩が創建したとされる日本最初の厄除け観音の霊場で、ここで行われる初午祭は県内の仏教寺院の祭礼としては最大です。
 岡寺はもともと石津にあったものを松阪に移転したとされ、本尊の観音は奈良時代に大洪水で海に流出したことがあり、二見浦三津の猟師が網で引き上げたとされています。この三津の猟師は後に継松法師となり、石津に大伽藍を建立しましたが、この継松法師の名前をとって継松寺と名付けられたとされています。
 また弘仁(810~823)の昔、寺が炎上したとき、本尊の如意輪観音はみずから飛んで境内の杉の木に隠れたといい、住職も杉の木を握って火災を叩き伏せたという謂われがあります。

 
 (宝恵駕篭道中 竹上市長さんやちゃちゃもも)        (ちびちゃんも駕篭に乗って)

◆厄落としのお参り
 岡寺にお参りするのは、女性では19歳、33歳。男性は25歳、42歳、61歳で、この内男性の42歳は“男の本厄”、女性の33歳は“女の本厄”といいます。
 またお参りするときは厄年の同年のものどうしでは一緒に行かない、お参りした後うしろを振り返ってはいけない、寄り道をしてはいけない、途中買い物もしない。岡寺で遊ぶ場合はいったん家に帰って出直をするということです。またハンカチや櫛、小銭いれ・財布など日常身に付けているものを故意に落として“厄落とし”とすることも行われています。

◆宝恵駕篭
 花街が盛んであった戦前には、川井町や愛宕町から厄年の芸者衆や女郎衆が着飾って宝恵駕篭(ほえかご)に乗って厄落としのお参りをしました。この駕篭を担ぐ法被姿のダテ男が息杖をついて歌をうたいながら岡寺に乗り込んだということです。
 この宝恵駕篭は、戦後は行われていなかったが、平成21年に60年ぶりに「厄まいり宝恵かご道中行列」として復活しました。着物の袖を振り「厄を払い」、袖を振って「幸せを招き入れる」との謂われがあり、厄年の女性を中心に、家族も一緒にお参りする道中行列です。

 
       (主役の厄年のおねえさんも)            (きれいどころ?のおねえさんたちも)

◆猿はじき
 初午祭の界隈を歩くといくつかの店で目につくのが「猿はじき」です。この玩具は江戸時代に始まったといわれ、「厄をはじきさる」という縁起ものです。猿はじきによく似た玩具で「弾き猿-はじきざる」というのがありますが、「猿はじき」は松阪独特の呼び方です。
 私の古い友人で、岡寺さんの近くで中野時計店を経営する中野良一さん宅では前年の10月から11月に孟宗竹を取ってきて、年明けから家族総出で猿はじきを作ります。同時計店では年中猿はじきを買うことができます。

◆ねじりおこし
 初午のみやげものとして、猿はじきとともに人気のあるのが「ねじりおこし」です。牛馬に引かせた鋤で田を起こすと、土が反転し、「ねじりおこし」と全く形になることから、春の農耕が始まる前に牛馬の厄を落とす縁起物になったといわれています。
 東京の庶民に親しまれている「雷おこし」は松阪出身の人がねじりおこしをヒントに開発したといわれています。

◆見世物小屋や露商の賑わい
 私たちが子どもの頃には、岡寺境内には見世物小屋が建ち並び、拡声器による呼び込みが行われていました。私は見世物小屋に入ったことはありませんが、興味あるものでした。
 明治12年の伊勢新聞の記事には、「継松寺の観音へ近郷近村から老若男女が群集し、門前には実に錐のたつるの余地も無き程なれば・・・・」と混雑する境内の様子が書かれています。
 露天商は時代の流れとともに売るものは変化してきますが、参拝する人々の祭りへの昂ぶりを演出してくれます。
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