川口保 のブログ

1市民として市政を眺めつつ、社会のいろいろな出来事を取り上げています。

嬉野津屋城で「でこさん」行われる

2012-11-28 21:36:24 | 日記
                (子どもたちに担がれて「でこさん」が町内を廻る)
 
 元禄時代から約300年、松阪市嬉野津屋城町(鈴木護自治会長 戸数113戸)に伝わる行事「でこさん」が、旧暦の10月15日にあたる11月28日に行われました。

 この行事は18世紀ごろ台風と高潮が重なって田畑が水に浸かり、作物が大きな被害を受けたとき、三渡川に架かる巡見橋(今の橋よりもう少し上流側にあった)付近の高台から、紀州藩松阪領の代官がその惨状を見て、村人の年貢米を免除してもらったのに感謝して、代官が亡くなってから始まったものです。戦時中も続けられていましたが、途中一度中断したことがあったと言うことですが、その時疫病が流行ったため、また復活したということです。
 
 行事の運営は「でこさん保存会(鈴木護会長)」や自治会、子どもたちの保護者などが中心となり進められ、主役のでこさんは、竹を井桁状に組んだものの中心に、代官をイメージしたでこさんの人形が乗り、周囲は菊と南天で飾られる。でこさん人形には本来その年に生まれた子供の産着を着せるとういうことです。

 旧暦の10月15日は満月にあたり、以前は月が出たのを見てから出発していたと言うことですが、現在は午後5時に津屋城集会所を出発します。まず「先走り」と呼ばれる幼稚園、小学1年生から3年生の子どもたちが幟を立てて出発し、そのあと小学4年生から中学3年生までの子供たちに担がれたでこさんが出発します。
 提灯を持った子供がでこさんの前歩き、でこさんの後ろには太鼓を叩きながら子どもたちが続き、また「しで」と呼ばれる先端に短冊を付けた竹を持って大人達も続きます。

 でこさんは、まず大門川に架かる大門橋に行って東の空の満月を礼拝し、町内の2つのお寺「常蓮寺」と「善勝寺」を廻ってから、各家を一軒一軒廻ります。その時『そーらい どびようし そろろえて やしし でこさん 見とおくんな 』その家の人がお供え(米やお金)をすると『おおきに おおきに』といって家を離れたら『わんよ わんよ』と言いながら道を走ります。次の家に来たら『さーんし そーらい どびようし・・・・』と繰り返します。

 113戸の全ての家を廻るのに5時間程かかるということです。以前は下竜王野(しもじょうの)地区まで廻っていたが、4~5年前より行けなくなったということです。また以前は全て担いで廻っていたが、今は途中から台車に乗せて廻っています。
 今年は中学生8人、小学生7人が担ぎ手などを務める。以前は男の子だけで編成されていたが、少子化のため4年前(平成20年)からは女の子も参加しています。

 以前から見たいと思っていたでこさんを、初めて見ることができました。大変お忙しい中、案内や説明をしていただいた鈴木自治会長さんを初め、地域の皆さんありがとうございました。少子化で存続が危ぶまれるということも聞きましたが、300年もの長い間、延々と続けられてきた貴重な行事、今後もぜひ続けていただきたいと思います。
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11月議会一般質問に16人が登壇

2012-11-28 10:21:34 | 日記
11月26日から始まっている松阪市議会平成24年11月議会の一般質問の通告の受付が締め切られ、16人の議員が登壇することになりました。一般質問は12月3日、5日、7日の3日間に行われ、各議員50分(答弁も含めて)の持ち時間で市政全般の中からテーマを選んで行います。通告議員と質問テーマは次の通りです。

平成24年11月第5回定例会一般質問通告表

【12月3日(月)】

1 今井 一久 (一問一答)
(1)RDF問題について
(2)健康センター移転問題について
(3)地域の雇用、労働問題について

2 中村 良子 (一問一答)
(1)市民に関係の深い要綱等について

3 海住 恒幸 (一問一答)
(1)RDF問題について
(2)観光戦略の実績と課題について
(3)市長の4年間の評価と課題について

4 松田 千代 (総  括⑨
(1)障害保健福祉施策の動向を踏まえた松阪市の施策について
 ① 自立支援協議会について
 ② 障害児支援について
 ③ 児童発達支援について
 ④ 就労支援について

5 堀端  脩 (一問一答)
(1)平成24年度松阪市防災訓練を検証する

6 野呂 一男 (総  括)
(1)児童生徒が日常使用している学校トイレの問題について
(2)ふえ続ける「空き家対策」について

【12月5日(水)】
7 小林 正司 (分  割)
(1)三重中京大学閉校後の土地及び施設活用について
 ① 松阪市から無償譲渡した土地の利用について
 ② 図書館を市民へ開放することについて
(2)鎌田アンダーパスと神道川改良について
 ① 県道松阪久居線改良工事の見通しについて
 ② 神道川上店舗の移転の見通しについて
 ③ 神道川下流県河川愛宕川(宮町地域)河床浚渫工事について
(3)発達障害のある子どもたちへの支援について
 ① 障害者自立支援の現在の取り組みについて
 ② 福祉作業所等について

8 山本  節 (一問一答)
(1)胃がん対策について
(2)松浦武四郎と北海道等、今後のかかわりについて

9 久松 倫生 (分  割)
(1)暮らしと経済対策について
(2)今後のまちなか再生プランと観光戦略について

10 中瀬古 初美 (一問一答)
(1)松阪市教育ビジョン
 -夢を育み未来を切り拓いていく松阪の人づくり-について

11 前川 幸敏 (一問一答)
(1)伊勢神宮御遷宮に市としてどのようにかかわっていくのか
(2)ハートフルみくもスポーツ文化センターの雨漏りについて
(3)米ノ庄公民館のバリアフリー化、駐車場の舗装について

12 植松 泰之 (一問一答)
(1)低迷したままの子供の学力について
 ① 全国学力・学習状況調査の結果とその検証
(2)存在理由のわからない教育委員会について
 ① 教育行政の中の教育委員会のあり方

【12月7日(金)】
13 田中 祐治 (一問一答⑨
(1)地域経済の活性化に資する入札・契約制度について
(2)米飯給食と地産地消の推進について

14 濱口 高志 (総  括)
(1)子どもの医療費助成(無料化)について
(2)市職員の公僕意識について
(3)天白小学校の児童数増加対応について

15 田中  力 (一問一答)
(1)市民活動センターの違法使用問題について

16 川口  保 (一問一答⑨
(1)国史跡松坂城跡と本居宣長記念館について
(2)災害からの避難と津波避難施設「命山」について

【質 問 方 式】  総括(3人)、一問一答(11人)、分割(2人)、計(16人)
【執行部答弁席】 総括及び分割方式における答弁について、1回目は登壇し、2回目以降は自席にて行う。また、一問一答方式の答弁は、すべて自席にて行う。
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松阪牛まつり、第63回松阪肉牛共進会開催される

2012-11-25 16:24:48 | 日記

                                   
                     (優秀賞1席の「けいこ号」の競りの様子)

 松阪牛まつりが11月25日、松阪市伊勢寺町の松阪農業公園ベルファームで開催されました。この日は秋晴れの絶好の行楽日和になり、関係者の話では過去最大の人出だということです。会場には松阪市及び近隣から出店した出店が並び、来場した市民は思い思いに品を買い求めていました。また松阪肉のすき焼きの大試食会には長い列ができ、無料のすき焼きを味わっていました。
 この日会場では特産松阪牛を決める「第63回松阪肉牛共進会」が行われました。
 「特産松阪牛」とは兵庫県産の黒毛和牛で、雲出川から宮川流域の市町で900日以上育てられた牛という条件があります。この日予選を勝ち抜いた50頭が出品され、審査の結果、優秀賞1席から4席が選ばれました。

 松阪牛の女王、優秀賞1席には明和町斎宮の深瀬晃さんが育てた「けいこ号」が選ばれました。
このあと競り市が行われ、共進会に出品された50頭の牛は、威勢のいい掛け声とともに、次々と精肉業者の人に競り落とされました。今年はほとんどの牛が200万円以上の値をつけました。
 多気町相可の相可高校の生徒たちが育てた「いちよし号」はどんどんと値が上がっていき、場内からは拍手と歓声が起こる中、例年通り松阪市稲木町の瀬古食品(有)が602万円で落札しました。最後に行われた優秀賞1席の「けいこ号」の競りでは、予想通り最高値がつき、2200万円で津市の精肉店「朝日屋」が競り落としました。

 午後3時からは恒例の餅まきも行われ多くの来場者は、秋晴れの下、牛まつりを楽しみました。

                            
                            (餅まきの様子)

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松阪市議会11月議会26日より

2012-11-24 23:54:05 | 日記
 松阪市議会の議会運営委員会が11月19日に開催され、平成24年11月議会の日程を次のように確認しました。本会議初日に承認されれば次の19日間の日程で行われます。

11月26日 本会議初日(議案上程・提案説明)

   29日 本会議(質疑・委員会付託)

12月 3日 本会議(一般質問)

    5日 本会議(一般質問)

    7日 本会議(一般質問)

   10日 環境福祉委員会・文教経済委員会

   11日 総務生活委員会・建設水道委員会

   14日 本会議(議決) 
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鳩山由紀夫元首相の引退

2012-11-22 00:17:07 | 日記
                  (東黒部の桜まつりで襟裳岬を歌う鳩山氏)

 民主党の元首相の鳩山由紀夫氏が引退に追い込まれた。民主党の方針にもついていけず、当選も危ぶまれる中での引退は、「潔い引き際」とはいかないが、いい辞めどきだろう。

 国民の圧倒的支持を受けての政権奪取、そして初代首相に就任したが、その能力はあまりにもお粗末だった。民主党が国民の期待を裏切った大きな要因に鳩山-小沢ラインがあった。マニフェストに書いてない消費税の引き上げを決めた野田総理にも批判はあるが、彼の場合は筋金入りのブレない政治家である。この消費税の引き上げの是非は、後の世が判断するだろうが、鳩山氏の場合は、できもしないことを平気で連発し、民主党の支持率の低下に拍車をかけた。総理を辞めたからもフラフラしていて党の執行部の足を引っ張った。
 鳩山氏は総理を辞めたときに、いったん引退を口にして、後に取り消した。自分の出処進退の様な大事なことさえ、コロコロ変わるようでは政治家としての資質が問われる。

 鳩山氏は平成21年4月5日、野党時代の民主党の幹事長時代に、伊勢の帰りに松阪市東黒部町の「東黒部桜まつり」にサプライズ的に寄ったことがあった。祭りも終わりに近づいていたが、市民から熱烈な歓迎を受け握手攻めにあった。仮設舞台に上がって挨拶のあと、森進一の「襟裳岬」を歌い、地元の人たちから差し出された貝汁をおいしそうに食べ、親しみやすさと大いなる存在感を示して、颯爽と次の目的地に向かって行った。その時のかっこいいの彼と首相になってからの彼では、あまりにも大きなギャップを感じる。 
 引退してからには、政治の世界から足を洗って、文化的な仕事をしてはどうかと思う。
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松尾まちづくり協議会のウォーキング開催される

2012-11-18 22:07:59 | 日記
 松尾まちづくり協議会主催のウォーキングが11月18日、松阪市立野町の中部台運動公園を中心として開催されました。この催しは同協議会公民会部会(古市仁 部会長)が運営をして昨年から始まったもので、今年が2回目です。

 この日会場には松尾地区内を中心として、約150名の市民が参加しました。古市部会長の挨拶、コース説明のあと、山中美幸さんの指導で準備体操しました。
 コースは中部台公園芝生広場からからスタートして、立野町下出地区、上出地区、松尾神社横、山室町、プール横、中部台公園と来て、そのまま芝生広場に到着する3.2㎞のAコースと、中部台公園に到着してからさらに、公園内のウォーキングコースを1周してから芝生広場に到着する4.6㎞Bコースがありました。

 参加者は自分に合ったコースを思い思いのペースで歩きました。事故もなく無事ウォーキングを楽しみ、最後に抽選会があり、当たった人の周りでは歓声があがっていました。
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小林壽一教育長受賞記念祝賀会催される

2012-11-18 08:00:31 | 日記
 松阪市教育委員会の小林壽一教育長が、文部科学省から地方教育行政功労者として表彰され、11月17日に教育長の受賞を祝う祝賀会が、松阪市高町の華王殿で催されました。

 小林教育長は三重大学教育学部を卒業後、県教育委員会学校教育課長や学校現場で校長など歴任され、平成17年3月に現在の松阪市教育委員会教育長に就任されました。
 私が市議会議員になった平成17年8月当時から、市議会の行政側のひな壇で変わらぬ人は、小林教育長と嬉野振興局長から副市長になられた中川副市長の2人だけになりました。小林教育長は、議会ではどんな質問に対しても丁寧に、そして的確に答弁されるのには、いつも感嘆しています。大変頭の回転が速く力のある人ですが、謙虚で紳士的な人柄です。

 今回は、市の10年間の教育を見据えた「市教育ビジョン」の策定や、外国人の初期適応支援教室「いっぽ」や就学前支援教室「ふたば」の開設、小中学校の給食の完全実施など長年の地方教育行政への貢献に対して表彰されたものです。この表彰は全国で162人、三重県では3人と言うことで、10月17日文科省の講堂で田中真紀子大臣から受賞しました。

 この日、祝賀会の会場には、教育関係者を始め、市職員幹部、そして私たち市議会議員など約130人が来場して、受賞を祝福しました。
 前田昭徳前教育委員長の開会の辞に始まり、山中市長の祝辞、中森松阪市議会議長の祝辞などのあと、小林教育長ご夫妻に花束や、記念品として旅行券が贈られました。
 教育長は挨拶の中で、松阪市には教育を大切にする風土があり、教育は国家100年の大計で、変えるべきもの、変えてはいけないものを見据えて進めなくてはならない。人間は褒められていやな人はいない、子供は褒められた分だけ育つ、子供を褒める教育を大切にしていきたい、と述べられました。

 小林教育長は今年67歳なられました。昨年はドクターストップがかかったということですが、これからもお身体に気をつけていただいて、松阪市の教育の充実にご尽力いただきたいと思います。
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衆議院の解散・総選挙と松阪市長選

2012-11-14 23:58:07 | 日記
 突然降って湧いた話ではない。早くから「解散」という風が吹きあれていた。だからいつ解散があっても不思議ではない状態にあった。寝言でも解散の時期は言わないと言っていた野田総理が、ついに解散の日を口にした。11月16日解散、12月4日衆議院議員選挙公示、16日投票となるという。
 野田総理が近いうちに解散すると言ってから、「早く解散せい 解散せい」の大合唱の嵐の中で、今日の発表となった。しかしその途端永田町も世間も大慌て。

 自民党や公明党も冷静を装っているようであるが、予測がつかなかったのでは。与党民主党の中からも解散が早すぎると反対の声。一番あわてているのは第3極と言われる人達だろう。党同士の連携も進まず、候補者の擁立も選挙態勢もまだ十分できていない状況で選挙に突入することになる。結果の予測がつきにくい選挙になりそうである。

 一方、松阪市長選挙は来年1月20日告示、27日投票で行われる。現職の山中市長と新人の竹上真人県議が立候補を表明している。山中市長はこれまで、出るか出ないかは告示日にならないとわからないと言っていたが、9月議会で正式に立候補の表明をして、出ることになった。
 竹上氏は前回の5人が立候補した県議選で取った26100票を基に、どのように票を伸ばしていくか、山中市長はかねてより「選挙をしない」と公言しているが、選挙カーによる街宣活動や演説会などせずに、どのよう形でうったえていくのか注目される。
 松阪市民にとってこれからの2月半は慌ただしい年末・年始になりそうである。
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原田二郎旧宅公開始まる

2012-11-13 22:09:19 | 日記
 江戸時代末期に伊勢国松坂殿町(現松阪市殿町)に生まれ、明治・大正・昭和の時代に活躍した実業家で、晩年自らの財産を投げ出して原田積善会を設立した原田二郎の旧宅が、今年の10月から公開が始まりました。

 この旧宅は原田積善会から平成20年4月1日に家屋が、平成21年5月7日に土地が、松阪市に寄贈されたものです。原田積善会からは旧宅を武家屋敷としての保存と、原田二郎を顕彰する施設として整備するという松阪市との合意書調印に基づき、維持管理費用として整備に関して500万円を2ヵ年、その後100万円を10ヵ年にわたって寄付していただくことになりました。

 松阪市では21年7月30日から設計委託、家屋の半解体修理、外構・庭園整備を行い、平成24年10月9日完成記念式典を行い、翌10月10日より一般公開を行いました。整備費は測量費、設計費、家屋解体修理費、外構・庭園整備工事費など約8100万円。

◆施設の概要は次のようです。
 名 称  原田二郎旧宅
 構 造  木造平屋建、瓦葺き、6間×4間、江戸時代末期に建築。
       増築部木造2階建、瓦葺き、1間半×3間 、明治15年に建築。 
 所在地  松阪市殿町1289番地、1290番地
 指 定  松阪市指定文化財(平成22年3月29日指定)

◆公開内容は次の通りです。
 開館時間 午前10時から午後4時
 休館日  月曜日、祝日の翌日、年末年始
 入館料  無料
 問合せ  原田二郎旧宅:〒515-0073三重県松阪市殿町1290番地
       電話:0598-23-1656
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深野棚田まつり開催される

2012-11-10 20:17:30 | 日記
 日本棚田百選にも選ばれた、松阪市飯南町深野の「深野だんだん田」で11月10日、「深野棚田まつり」が開催されました。この祭りは、柿野住民協議会深野支部(杉山憲一支部長 会員約400名)と深野棚田保存会(栃木喜明会長 17名)が主催して今年初めて行われたもので、訪れた市民は、棚田に揺れる2000個の幻想的な灯りを堪能しました。
 
 栃木会長の話では、この祭りは、今年の4月頃から計画を立て、準備は8月26日から始めたとうことです。ローソクを立てる燭台は竹を30㎝位の長さに切り、灯りが見えるように横側に穴を開けるのが大変だったと言うことです。
 祭りは午後1時から始まりましたが、来場者には地元夏明婦人会がつくったお餅や、神路山婦人会がつくった牛汁が振る舞われました。また仮設ステージでは飯南町民バンド「ウインズ」や「神夢楽」の演奏がありました。

 午後4時に2000本のローソクに点灯されました。この日会場の棚田には多くのカメラマンが訪れ、早くから撮影スポットにカメラを据えて暗くなるの待ちました。日常生活の中では今の季節、日の暮れるのは早いのですが、今日の来場者はなかなか日が暮れないのに、やきもきしながら待っていました。
 やがて夕闇が迫ってくると、灯りが浮き出てきて、辺りが漆黒の闇に包まれるころ、棚田の畦沿いに設置された灯りが、畦の形を浮き上がらせました。ローソクの炎が竹筒の横穴からチカチカと風に揺れ、何とも言えない素敵な光景でした。
 準備準備に携わっていただいた柿野住民協議会を始めとする地元の皆さん、協賛していただいた皆さん、飯南振興局の皆さんなど、多くの皆様方いいものを見せていただきありがとうございました。

         
                
 栃木会長の話では、この祭りの準備が大変だったので、来年以降も続けていくかは考えていないが、何らかの形の催しはしたいということです。

 会場で松阪市文化財保護指導委員の野呂修三さん編集の「日本棚田百選 深野棚田の考察」という文書をいただきましたので、全文紹介します。 


                  日本棚田百選  深野棚田の考察

 稲作文化のなかった縄文期は別として、現在の深野の里は何時ごろより集落化したのかを調べるとき、資料があまりにも少なく疑問が多くありますが、古代の大和と伊勢を結ぶ線上に位置する地点だけに、櫛田川沿いでは比較的に古い時期より水田も開かれていたと思われます。
 江戸時代の文献に、東沖と深世古にまたがって宮城があり、氏神としてお祀りされてきた「東の宮午頭天王八王子社」の社伝に「村の草分けは700年ほど前」とされており、当時より200年を加えると約900年遡ることができ、平清盛の時代頃にはすでに集落ができていたと推測できます。
 また神路山地区の橋ヶ谷には木地屋廣という所があって、数百年以前より、数軒の生地師がすんでいたという伝承も残っています。
 その後永正7(1510)年 伊勢国司6代目北畠材親(きちか)が疱瘡(天然痘)を患って、伊勢国司職を家督の7代晴具に譲り、多くの家臣を伴い隣村の大石村字御所に隠遁しました。いわゆる大石御所と呼ばれる所です。
この際元国司の北畠材親に随行してきた家臣たちは、大石御所周辺の原野を開拓して軍事拠点の城郭や狼煙場・馬場等や、狩猟のための狩場を造ったり、家臣団の食料生産の場として荒地を開墾して農地を拡大してゆきました。(現在も地名とつて御所、馬場山、狩場、城山、矢下が残り使われています。)
深野地区内にある宇長野は、家臣の長野左京の居城長野城があったところで、この辺りを拠点に傾斜地の荒地を開墾して、段々に田畑を作っていったのでしょう。棚田の造成はこのころより本格的に始まったと思われます。この集落は開墾者の名に因み今も「長野」と呼ばれています。
 慶長年間(1596~1615)長野城の奥詰として居住していた郷土の野呂俊光(改名前松本市太夫)は、この地が紙すきに適していることを悟り、美濃の国に赴き紙漉き職人2名を連れ帰り当地で冬場農閑期の副業として、里人達に紙を漉くことを奨励しました。
 時は移り江戸時代、元禄の世となり経済も発展し庶民のくらしも豊かになり、紙の需要も次第に増大してゆきました。ところが紙の生産には立地条件があり、今と違ってどこででも紙を生産するということができませんでした。
 当時紙生産の最適地であった深野は、そのために近在はもとより、遠くは松阪・南島・志摩方面からも、深野へ行けば紙を漉く仕事があるというので、江戸時代中頃より明治初期まで、荒地原野であった夏明地区に人家が集中して、冬場の紙が透ける時期は紙を漉き、紙すきができない夏場に食料生産の場として棚田を造成してゆきました。
 この地方の方言で、原野や荒地を切り開くことを「地明け(ぢあけ)」と呼んでいます。私はこの夏場に荒れ地を地明けして田んぼを造っていったために、地名を「夏明」としたのではないかと推測しています。
 したがって平成11年に日本の棚田百選に認定された「深野のだんだん田」夏明地区の棚田は、元禄時代頃~明治時代(約320年~130年位前)の間に造成された比較的に新しいもので、中世期の開田された長野地区などとは150年以上も後に造られたものです。
 又この夏明地区の狐岩と呼ばれている所には、深野上郷地区の旦那寺として浄土宗宝泉寺というお寺がありますが、当時江戸幕府はキリスト教を取り締まるための宗門改により、夏明地区の入植者は全戸他所4ヶ寺の門徒宗の信者で、宝泉寺の檀信徒ではありませんでした。
 しかし現在の様に交通手段が発達していなかった時代の事、普段の弔いは地区内の宝泉寺に以来をしていたために記録が残されていて、江戸中期より明治中期までの間は増加傾向にあり、これは幕府の新田開発奨励も相俟って、夏明地区の戸数増加と棚田の増加が立証されます。当時深野の戸数は250戸、内本郷100戸上郷150戸となっていて上郷集落の方が多くなっていました。
 明治末期から和紙需要の減少に伴い、夏明地区の入植者も次第に減少していきました。
                             文責 松阪市文化財保護指導委員 野呂修三     
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阿形町寶藏寺の苦抜観音秋季大祭開催される

2012-11-05 21:52:40 | 日記
 松阪市阿形町の英田山寶藏寺(あがたさんほうぞうじ)で11月3日、平成24年苦抜観音秋季大祭が開催されました。この祭りは、例年は10月10日ごろの3連休の中日に行われますが、今年は事情により11月に行われました。

 阿形町自治会の村田善清会長の話しでは、このお寺は、彼が生まれた時には「澤亀山射和寺」であって、父親にその由来を聞いたことがあったそうです。この寺は織田信長に攻められた長島の一向一揆の残党が立てこもったため、焼き討ちにあって全てを焼失したため、射和町の射和寺を譲り受けたということです。
 現在は奈良時代から付いていた「寶藏寺」に改名されています。

 この日は午前10時30分からご詠歌が始まり、午後1時から護摩供養が行われました。本尊の十一面観音は、苦抜き観音として祈願する人も多く、護摩祈願のその1つです。また境内につるされた釘抜きに触れると、苦が抜けるということから、参拝者は手で触っていました。この日来場者には甘酒が振る舞われ、祭りの最後には住職、自治会長、また来賓として招いた国会議員、県議会議員、市議会議員らによる餅まきが行われました。
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立野町自治会グランドゴルフ大会開催される

2012-11-04 17:20:12 | 日記
          
 
 青く晴れ渡った秋晴れの下、立野町自治会(垣本長生会長)主催のグランドゴルフ大会が、松阪市丹生寺町の松尾小学校運動場で開催されました。この大会は毎年この季節に開催されているもので、今年が5回目となります。
 この日朝から地区の子供から高齢者の人たちまで約90人が参加して、歓声をあげながらグランドゴルフを楽しみました。
 
 私もグループに入れてもらって、一緒にプレーしました。グランドゴルフは1年に1回この大会でするだけで、思うように球は転がりません。日頃からやっている人はうまく、優勝はチームが老人会C、個人は岡村克己さんでした。
 このような自治会のスポーツの大会は、松尾地内でも立野町だけで、親睦を図りながら参加者はプレーを楽しみました。自治会関係者の人の話では、リサイクルの売り上げ金を賞品や弁当などの購入費に当てていると言うことです。 
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