川口保 のブログ

1市民として市政を眺めつつ、社会のいろいろな出来事を取り上げています。

囲碁・将棋の棋士の収入はどこから

2017-06-29 09:15:40 | 日記
 中学生棋士・藤井聡太四段の29連勝で沸き返っている将棋界。26日に行われた増田康宏四段との対局をテレビの囲碁将棋チャンネルの実況放送で見ることができた。長丁場の対局で実況できるのは、同チャンネルくらいだろう。十代棋士同士の対局の醍醐味を味わうことができた。

 藤井四段のこれまでの連勝中にインタビューに答える姿勢が、これが14歳の中学生かと思うほど落ち着いていた。対局相手の失礼にならないように、ことばを選び答えていた。また藤井四段の連勝を讃える先輩棋士たちのコメントも素晴らしかった。政治の世界では失言が大はやりであるが、将棋界では他人の失礼になるような失言はないだろう。1つは棋士が人格者であること、もう1つは、自分の発言がこの先どういう影響を与えるか、先を読む力が備わっているからであろう。

 今回の対戦では、相手の増田康宏四段も勝負に負けたとはいえ、素晴らしい棋士であると思った。十代とは思えぬ落ち着いた指し口で、先輩棋士として当然ではあるが藤井四段よりはるかに風格があった。
 藤井四段が増田四段の後ろから将棋盤を眺めるシーンがあった。別な角度から盤を見ることは、違った見方ができ、これまでにもあったという。対局者がいないときはまだしも、対局者が着座しているときは失礼になるだろう。ベテラン棋士では頭の中で将棋盤を前後左右にひっくり返すことができるという。たやすいことだろう。

 昔は縁台将棋や縁側将棋が盛んに行われていたが、今はあまり見かけない。藤井四段の活躍で将棋を習う子供たちが増えることは喜ばしい。スマホゲームと違って相手があるのがいいだろう。将棋は紳士・淑女のゲームです。礼儀礼節も一緒に学んでほしいと思う。

 ところでタイトルの「棋士の収入はどこから」について、以前からの疑問は囲碁や将棋のプロ棋士の収入は、どうして編み出されるのかということです。プロスポーツであれば試合の入場料があり、テレビの放映料もあるが、囲碁将棋にはそのようなものはない。新聞や雑誌に対局の棋譜を載せるのには当然掲載料は払われと思うが、それだけでは足りない気がします。棋士はどこから収入があるのでしょうか。
コメント

中高齢者のパソコン教室第12期修了

2017-06-27 22:08:54 | 日記
 松阪市丹生寺町の松尾公民館で行われていた「中高齢者のためのパソコン教室 第12期」が、6月27日で修了しました。この講座は昨年の9月から始まっていたもので、50代から80代の中高齢者の初心者を中心に行われており、松阪市内から約30人が参加していました。

 パソコンはなかなかすぐには憶えられず、聞いては忘れ、忘れてはまた聞いて、ごねごねしながら少しずつ上達していきます。講師の皆さまや、受講生の皆さまのおかげで家族的な和やかな雰囲気でやってくることができました。

 講師は1期目から務める私と中川幸博さんのほか、第6期から樋口喜一郎さん、木村晴司さんが、そしてベテランの受講生から坂内八生・美千代夫妻も加わっていただいています。
7月4日には恒例の打ち上げ会が行われます。

 次回第13期は、平成29年9月12日(火)午後7時から始めます。また募集をかけますが希望者は、松尾公民館 ℡58-2648まで申し込んで下さい。初心者大歓迎です。
コメント (2)

痴漢に間違われないために

2017-06-25 15:01:52 | 日記
 満員電車という限られた空間でどこからか手が伸びて来て女性の体に触れる痴漢は、被害女性にとって不愉快な卑劣な犯罪である。女性専用列車もあるが、全てというわけにはいかない。

 一方男性にとっても、身に覚えがなくても「この人痴漢です」と指を指されたら大変なことになる。警察に行って話せばわかるというようなことにはならないという。女性の証言が優先されて、どんなに弁明をしても身の潔白をわかってもらうのは難しいという。裁判になっても無実を証明するのはかなり難しいという。
 勤務先を辞めさせられ、家族は後ろ指を指されることになり、家族崩壊にもなりかねない。我々であれば、議員辞職に追い込まれるのは当然の成り行きになりそうである。

 私も視察などで都会の満員電車に乗る機会が多かったが、痴漢に間違われないためにしたことは、空いている手は必ず、つり革を持つことにしていた。片方の手にカバンを持っている時はもう一方の手でつり革をつかむ。荷物を網棚に乗せて両手がフリーの場合は、両手でつり革を握るようにしていた。
 痴漢に間違われて一生を棒にふるより、間違われないための1つの方法です。
コメント

松阪市で日韓交流会開催される

2017-06-18 17:16:27 | 日記
                    (松阪市役所で行われた日韓交流会)

 三重県下で日韓親善の役割を果たしている各団体が6月16日に松阪市に集結し、「日韓交流会」を開催しました。この催しは松阪市議会日韓友好議員連盟(川口保会長)が中心となり、三重県日韓親善協会(山口久彦会長)や在日本大韓民国民団三重県本部(殷 慶基(ウン キョンギ)三重県本部長)の協力を得て開催されました。

  
    (挨拶する鄭煥星名古屋総領事)             (挨拶する竹上真人松阪市長)

 この催しが行われた松阪市役所には駐名古屋大韓民国総領事館から鄭 煥星(チョン ファンソン)総領事、姜 錫熙(カン ソッキ)副総領事などが来ていただき、また親善協会や民団の役員などが来ていただきました。また、松阪市からは竹上真人市長、西村友志議長、市議会日韓議連の会員、松阪市議会事務局長、次長など総勢27名が参加しました。

 
   (挨拶する山口久彦日韓親善協会会長)         (挨拶する殷慶基民団本部長)

 交流会では各団体の参加者の紹介をした後、竹上松阪市長が歓迎のあいさつをしました。
また、松阪に来るのは初めてという鄭 煥星総領事は挨拶の中で、「今後の日本と韓国は未来志向を持って、国だけの交流だけでなく自治体や民間の交流が必要です。これからも議員連盟の皆様には役割を担ってほしい。将来松阪市が韓国の都市との交流をするときには総領事館も一役買いたい」と述べられました。
 日韓親善協会の山口会長の挨拶、民団の殷 慶基本部長の挨拶のあと、議員から鄭 煥星総領事に韓国の実情などについていろいろな質問がありました。

 交流会が終ったあと、全員場所を京町の味園焼肉店本店に移して「日韓懇親会」を行いました。焼肉に舌鼓を打ちながら、これからのいろいろな日韓交流の計画を和やかに話し合いました。
コメント

今季最後の5月議会終わる

2017-06-18 09:52:42 | 日記
 来月に市議選を控え、今季最後の5月議会が6月16日に最終日を迎えました。この日補正予算の議決や報告などがあり、最後に今期で勇退する議員が挨拶をしました。

 この日挨拶したのは、川口保、大久保陽一議員、永作邦夫議員、松田俊助議員、今井一久議員、松田千代議員、田中 力議員、水谷晴夫議員、前川幸敏議員の9人で、今までの議員生活の思い出などを語り、お礼を言って議場を後にしました。
コメント

早朝百景2

2017-06-12 06:30:45 | 日記












早朝ウォーキングのとき、美しい景色をスマホで撮りました。
コメント

それぞれの一般質問

2017-06-09 22:28:22 | 日記
 松阪市議会5月議会の一般質問は3日間の日程で行われ、6月9日に終わりました。今議会の一般質問には18人が登壇しました。一般質問は松阪市政全般にわたって議員が思い思いにテーマを選んで50分の持ち時間(答弁も含めて)で行政側に質問するもので、議員が作・演出・主演を務めるため、それぞれの議員の個性が出ます。
 
✦質疑と質問
 議会で行政への問いには、質疑(議案質疑)と質問(一般質問、代表質問、関連質問)があります。質疑は提出された議案の内容を聞くもので、自分の意見を言う事ができません。一方、質問では自分の意見をいう事ができます。時々質疑の時、自分の意見を言ってしまうことがあり、議場内からブーイングが起きたり、議長から指摘されたりします。

 一般質問の内容は市政全般で、内容は自由ですが、通告した内容から外れてはいけません。時には通告の内容から外れているのではという指摘や、通告内容の項目を質問せずに終わってしまう人もあります。

✦個性が出る一般質問
 一般質問の仕方は、行政の不始末を追求する「追求型」、市長と対決する「対決型」、行政の内容を聞いていく「聞き取り型」、自分の考えを提案する「提案型」など様々です。また歯切れ良くポンポンと進めていくタイプ、のらりくらりと進めるタイプがあり、原稿を読んでいくタイプや、ほとんど原稿を見ず自分言葉で話すタイプがあります。その他自分の考え方を中心に話す人、質問を中心にする人。多くの項目をあげる人、項目を絞って深く聞く人。持ち時間をうまくいっぱいに使う人、残り時間を余す人、やや時間足らずの人など様々です。
 私は項目を1つ、多くても2つに絞って深く、提案型の質問が多いように思います。

✦得意分野の質問
 議員は市政全般に精通していなくてはなりませんが、その中でも得意分野があります。防災に詳しい人、福祉に詳しい人、教育に詳しい人。私は文化関係の質問をよくするので、文化議員と言われることがあります。
 また松阪市全体を見据えた、あるいは松阪市の将来像を見据えた大局的な質問する人、自分の地域のことをよく取り上げる人、また過去の議事録や文書を持ちだして質問する人、と様々です。

✦議員の能力が試される一般質問
 一般質問を始め、今は議会の様子がケーブルテレビで放映されるので、市民の皆さんが聞いていてわかりやすい質問がよいのですが、時には何を質問しているのかよくわからないこともあります。質問だけが議員の仕事ではありませんが、明快な質問は議員の大事な能力の1つです。
 われわれ議員は質問によって市政を動かしたいという思いがありますが、なかなか行政は動かない。ただすぐに行動に移すことはなくても、将来の市政の運営に何か役にたてばいいのではないかと思って、今日も質問をしています。
 今議会では、私を含めて引退する議員は、最後の一般質問をしました。
コメント

第3回松阪の偉人たち展 今日から始まる

2017-06-07 14:59:51 | 日記
 松阪にゆかりの偉人たちを紹介する「第3回松阪の偉人たち展」が、今日6月7日(水)~6月11日(日)まで松阪市外五曲町の松阪市文化財センターで開催されています。この催しは松阪市偉人顕彰団体協議会(高島信彦 会長)が主催して行うもので、松阪ゆかりの偉人の中から、蒲生氏郷、本居宣長、松浦武四郎、大谷嘉兵衛、原田二郎、國分勘兵衛、長谷川治郎兵衛、東畑精一、などの26人の功績を紹介するものです。
 展示場には各偉人のコーナーが設けられ、写真や書、図書、説明文、ゆかりの品物などの資料が展示してあります。


 (高島松阪偉人顕彰団体協議会会長の挨拶)    (見どころを述べる各顕彰団体の代表)

 この日午前10時からのオープニングセレモニーでは、高島会長の挨拶や来賓の挨拶があり、8つの偉人顕彰団体の代表が、それぞれの偉人の紹介と、今回の展示の見どころを述べました。そのあと代表によりテープカットが行われました。

 今回展示してある松阪の先人たちは
✦蒲生氏郷(がもううじさと)―安土桃山時代の戦国武将
✦本居宣長(もとおりのりなが)―江戸中期の国学者
✦松浦武四郎(まつうらたけしろう)―幕末から明治期の探検家
✦大谷嘉兵衛(おおたにかへい)―江戸後期から明治・大正・昭和の実業家
✦原田二郎(はらだじろう)―江戸末期から明治・大正・昭和期の実業家
✦國分勘兵衛(こくぶかんべえ)
✦長谷川治郎兵衛(はさがわじろべい)
✦東畑精一(とうばたせいいち)―昭和期の国際農業学者、経済学者
✦大淀三千風(おおよどみちかぜ)―江戸前期の俳人
✦韓天寿(かんてんじゅ)―江戸中期の書家
✦三井高蔭(みついたかかげ)―江戸後期の歌人・好事家(※1)
✦垣本雪臣(かきもとゆきおみ)―江戸時代後期の歌人・文人
✦大林省軒(おおばやししょうけん)―江戸後期から明治期の漢学者
✦三井戴星(みついたいせい)―江戸後期から明治期の書家
✦高畠式部(たかばたけしきぶ)―幕末から明治期の女流歌人
✦久世安庭(くぜやすにわ)―江戸後期から明治期の文人
✦堀南涯(ほりなんがい)―江戸時代の南画家(※2)
✦佐々木弘綱(ささきひろつな)―江戸末期から明治期の国学者・歌人
✦佐佐木信綱(ささきのぶつな)―明治から昭和期の国学者・歌人
✦長阪雲在(ながさかうんざい)―明治期の南画家
✦矢土錦山(やづちきんざん)―明治から大正期の漢詩人
✦丹羽正伯(にわしょうはく)―江戸中期の木草学者
✦中津元義(なかつもとよし)―江戸後期の国学者・歌人
✦櫟亭琴魚(れきていきんぎょ)―江戸後期の戯作者(※3)
✦長野主膳(ながのしゅぜん)―江戸末期の国学者
✦土居光華(どいこうか)―明治から大正期の政治家・文筆家
                                
◎松阪市偉人顕彰団体協議会は、次の5つの会が参加して平成25年9月29日に結成されたものです。
 ◆松阪開府の祖・蒲生氏郷を讃える「蒲生氏郷公顕彰会(代表 高島信彦)」、
 ◆北海道の名付け親で探検家の松浦武四郎を顕彰する「松浦武四郎記念館友の会(代表 飯田秀)」、
 ◆茶産業の振興に尽くし、茶王と呼ばれた大谷嘉兵衛を讃える「茶王 大谷嘉兵衛翁の会(代表 大櫛英治)」、
 ◆射和が生んだ殖産興業の先駆者・竹川竹斎や俳人の大淀三千風などを研究している「射和「昔を語る会」(代表 濱 博之)」、
 ◆松阪の生んだ豪商として今なお活躍している三井・小津・長谷川の各家を顕彰している「松阪商人を語る会(代表 大喜多甫文)」
コメント

第35回斎王祭り開催される

2017-06-04 16:44:56 | 日記
                      (写真は斎王群行の斎王)

 三重県明和町の斎宮歴史博物館をメイン会場として、6月3日、4日に、第35回「斎王まつり」が行われました。この祭りは斎王まつり実行委員会が主催し、三重県や明和町などが後援して行われるもので、前夜祭の3日に続き、4日は晴天に恵まれ、家族連れなど多くの人々が来場しました。
 斎宮歴史博物館周辺の芝生広場の多くのブースには、食べ物などを売る店が並びました。また会場の特設舞台では、吹奏楽や太鼓、コーラス、ダンス、太極拳などが披露されました。
 
 この祭りのメインイベントの「斎王群行」に先立ち、さいくう平安の杜斎宮寮庁で出発式が行われ、午後1時に群行が出発しました。今回斎王に扮したのは大阪市の中前安薫さんで、行列の両側には多くの見学者であふれ、盛んにカメラのシャッターを切っていました。
 群行は上園芝生広場で「禊の儀」を行い、斎王まつり会場に到着しました。

 
    (平安の杜で行われた群行の出発式)            (芝生広場のにぎわい)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 斎宮の都は先週の日曜日5月28日に第8回松阪史跡めぐりで見学させていただき、「さいくう平安の杜」、「いつきのみや体験館」、「斎宮歴史博物館」を堪能させていただきました。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――—
✦斎王とは
 斎王は飛鳥時代から南北朝時代にかけて約660年にわたって、天皇に代わって伊勢神宮に仕えた未婚の皇族女性で、新しい天皇が即位すると、未婚の内親王または女王(内親王ではない皇族女性、主に親王の娘)から卜定(ぼくじょう)と呼ばれる占いの儀式で選ばれました。

 制度上最初の斎王は、天武2年(674)に天武天皇に代わって伊勢神宮に仕えた天皇の娘の大来皇女(おおくのこうじょ)で、この斎王の制度が廃止されるのは後醍醐天皇の時代(1330年頃)、その約660年の間に60人余りの斎王の名が記録されています。
 選ばれた斎王は親である天皇に別れを告げ、200人の従者に伴われて斎王群行呼ばれる行列で慣れ親しんだ都を後にし、5泊6日の旅で斎宮に赴きました。

 斎宮寮は伊勢神宮に仕える斎王の御所で、伊勢神宮から約20㎞離れた現在の三重県多気郡明和町にあり、碁盤目状に整備された137ヘクタールの広大な敷地の中にありました。斎宮の発掘調査は昭和45年(1970)から続けられていますが、まだ調査面積は史跡全体の16%であるということです。
 
 平成元年10月に斎宮跡の調査・保存・活用の拠点として斎宮歴史博物館が開館しました。少し余談ですが、この博物館の建設における地質調査に私が携わりました。建設予定地には斎宮寮の遺構があり、一般の建設工事のように基礎杭は打つことができません。遺構を傷つけるからです。そのため遺構の上に平たくコンクリートで基礎をつくる「べた基礎工法」がとられています。

✦斎宮のストーリーが日本遺産に認定
 文化庁が平成27年度新設した「日本遺産(Japan Heritage)」に、斎宮の「祈る皇女斎王のみやこ 斎宮」が認定され、平成27年4月25日に公表されました。日本遺産は国が文化財を、従来の保護一辺倒から積極的に活用していくことを目的とした新しい施策で、この年度には全国83件の提案の中から斎宮など18件が認定されました。三重県では唯一選ばれました。
コメント