川口保 のブログ

1市民として市政を眺めつつ、社会のいろいろな出来事を取り上げています。

よいお年をお迎え下さい

2017-12-31 13:02:33 | 日記
曇り空ながら比較的穏やかな大晦日を迎えています。今年1年、私のブログを見ていただきありがとうございます。2017年は国際的にも、国内的にも混沌とした年でした。日本では不可解な事件もありました。また子どもが虐待され殺されるという悲しい事件もありました。新しい年はどうなるのでしょうか。

来年は韓国の平昌で開催される冬期オリンピックでの日本選手の活躍が期待されるところです。また海を渡ったプロ野球の大谷クンが二刀流でどれだけ活躍できるか注目されるところです。来る2018年が皆様にとってよい年でありますようお祈りいたします。そして来年もよろしくお願いいたします。

     平成29年12月31日            
                              川口 保

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朝型にんげん

2017-12-27 05:47:22 | 日記
 最近夜中の3時ごろ目が覚め、その後なかなか眠れない。他にもそういう人が結構多いみたい。寝酒を飲むとよいという人もあった。
 私は会社勤めをしている時でも今でも1年365日、起こされて起きることは、まずなかった。寝覚めはよい方である。
 最近はいっそう4時ごろ起きることにしている。新聞が4時ごろ来るので、新聞を見たり、パソコンで書き物をしたりして、いろいろな仕事をこなしている。これまで毎年年賀状を書くのがギリギリであったが、今年は21日までに出し終えた。
 今は夜が明けるのが6時40分頃、明るくなるのを待ちかねてウォーキングに出かける。丁度通勤時刻になるため車が多くなり、車から見やすいように白い服を着て、雨の日以外は毎日出かける。犬の散歩している人、ウォーキングをしている人たちと挨拶を交わしながら約30分歩く。その日の気分次第でコースが変わり、桂瀬を廻ったり、大河内小学校まで行ったりもして、勝手気ままに歩いている。
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サンタクロースって本当にいるのですか

2017-12-24 04:42:03 | 日記


 クリスマス。
 子どもたちには夢を与え、恋人たちは楽しいひと時過ごし、年配の人たちにも懐かしい思い出を呼び起こします。キリスト教の行事でありながら、仏教徒の多い日本でも古くから慣れ親しんだ年中行事です。そしてこのクリスマスに登場するサンタクロースも子どもたちに贈り物を届ける重要な役割を果たします。
 いつもこの時期に、このブログで紹介しているクリスマス、そしてサンタクロースにまつわる話を2つ、もう一度届けます。

 1897年、アメリカのニューヨーク・サン紙に8才の少女バージニアから一通の投書が届きました。その中には「サンタクロースって本当にいるのですか」と書かれていました。同紙では社説で少女の質問に答えました。

 『この世の中に、愛や、人への思いやりや、まごころがあるのと同じように、サンタクロースもたしかにいるのです。この世界で一番大切なこと、それは子供の目にも、大人の目にも、見えないものなのですから。』
 夢と愛情をもらった少女バージニアは大きくなって先生になり、長期入院の子供たちの学校の副校長になりました。
 ニューヨーク・サン紙では毎年12月24日にはこの社説を載せたということです。

 この話は今から一世紀も前の出来事です。社説は新聞社にとって自社の主張を載せる大事な紙面です。その社説を使って8才の少女の質問に真摯に答えた新聞社の姿勢が今も人々の心を打つのでしょう。そして夢や愛がどれだけ大切であるかを教えてくれる話しです。

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 この話しもこのブログで紹介しているクリスマス、そしてサンタクロースにまつわる話です。

 アメリカのソルトレークシティー。2002に冬季オリンピックが行われた都市です。この町には、市の上空を飛ぶ小型機の高度は600m以上と定めた条例がありました。ただしこの条例には、『クリスマスイブに限り、プレゼントを配るため家々の上を飛び交うサンタクロースとトナカイは例外とする』という条項がありました。

 市航空局ではこの特別条項の削除を求める修正案を市議会に提出しました。ところが「サンタクロースを信じる子どもがいるのに」と反論が殺到したそうです。投票の結果この例外条項は残りました。このとき一人の市議会議員は「人生も政治もたまには多少の遊び心を持つことが大切だ」と語ったそうです。

 政治は厳格でなくてはなりません。しかし何もかも四角四面では息が詰まりそうです。遊び心は政治の中に人間味を吹き込んでくれます。ソルトレークシティーのこの特別条項は考えてみれば実にばかばかしいことです。しかしこのばかばかしいことに人々の心の余裕や暖かさを感じます。
 今年もまもなくクリスマスがやってきます。ソルトレークシティーでだけではなく、世界中の夜空をサンタクロースやトナカイが駆けめぐり、子どもたちに夢や愛を届けることでしょう。
 皆様いいクリスマスをお過ごし下さい。
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松阪市議会に日韓友好議員連盟結成

2017-12-20 20:55:35 | 日記
 松阪市議会では今年7月の市議選の前に、これまであった日韓友好議員連盟が一度解散し、選挙後新しく再結成されました。新しい松阪市議会日韓友好議員連盟の発足総会が12月15日に開かれ、参加市議は13人で、会長に西村友志議員、事務局長に中島清晴議員が選ばれました。
 
 12月20日に西村会長・中島事務局長が日韓親善団体である津市の三重県日韓親善協会と在日本大韓民国民団三重県本部(民団)を表敬訪問しました。私も引き継ぎをかねて同席しました。この日は日韓親善協会の山口久彦会長、民団の殷 慶基(ウン キョンギ)団長など両団体の幹部の人たちにお目にかかって、今後の取り組みについて話をしました。
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岡本の火祭り開催される

2017-12-15 21:51:04 | 日記
            (大蛇退治の松明が広場の周辺を廻ると祭りは最高潮に達します)

 松阪市岡本町の火祭りが平成29年12月15日午後7時から、同町の明神社跡の山の山頂で行われました。この祭りは「岡本明神祭礼」とか「松明行事」とも言われ、岡本町自治会(丸山寛自治会長)が主催して行われるもので、昔堀坂山に住みついた大蛇がこの村に出没し、村人に危害を加えたとき、村人が松明を焚いて大蛇を退治したとの言い伝えから行われています。
 いつも寒い日が多いのですが、この日は風がなく、比較的暖かい日よりでした。午後7時頃には地元岡本町の町民や近隣の人たちが山頂に集まって来ました。

 松尾郷土誌百話(松阪市立松尾公民館 発行)によると、岡本は昔堀坂山から山続きになっており、堀坂山に住みついていた大蛇が尾根伝いに岡本に現れて村人を呑んだり、危害を加えたりしていた。このとき村人の老人の夢枕に神のお告げがあり「大蛇を退治するには村人全員が松明作って、真夜中(丑の刻)に集まり、その松明を大蛇にめがけて一斉に投げつければ、大蛇は間違いなく退治できる」と告げられた。老人はこのことを村人に伝え、村人全員で実行したところ大蛇を退治できた。そこで村人は大蛇を退治できた陰暦11月1日(現在では太陽暦12月15日)に火祭が行われるようになったということです。市内にある多くの祭りや神事が、地区の人が出やすい休日に開催されるように変わってきましたが、この祭りは、同じ日に開催されています。

 
    (広場の中央に大火が焚かれます)      (煎餅餅が円盤のように来場者に撒かれます)

 午後7時ごろ山頂の広場の中央に積まれた薪に火がつけられ、神前にお神酒と各家から持ち寄った煎餅餅(薄くのばし直径20~30cm位もある餅)を供えます。みんなでお神酒を酌み交わし、この餅が来場者に撒かれます。
祭りの最後は「むかしのしんまい たーつがしんまい おーとこやーまの みーねがとやまの すーりはやーし すーりはやーし(昔のしんまい たつがしんまい 男山の峰がとやまの すりはやし)」「ドンドコドン(太鼓)ドンドコドン(太鼓)」という音頭とともに太鼓が鳴らされ、火のついた松明をもった地区の人たちが広場の周囲を三回廻り、最後は大蛇に見立てた中央の大火に松明が投げ込まれます。

 この祭りは戦時中昼間行われたことはあっても中断されることなく続けられてきましたが、明治41年の合祀の際に一度中断された年がありました。するとこの年に岡本で火災が発生し、「これは家を焼いて火祭りの代わりにされたのだ」と恐れ、火祭りを再開することになり、その後は中断されることなく続けられています。岡本町ではその後この火事以外の火事は記録がないと言われています。

 昭和初期の頃は花火が打ち上げられおり、また煎餅餅も戦前には各戸24枚ずつ持ち寄りましたが、太平洋戦争勃発後、花火が中止になり、餅も12枚になり今日に至っています
 松阪市内のいろいろな祭りを見学していますが、火渡りや、どんど焼きなど大火を焚く祭りは多くありますが、「火祭り」と名の付く祭りは、この祭りしか知りません。いつまでも続けてほしい祭りです。
 この祭りは私のブログ「松阪市の祭り100選」に掲載してあります。
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年の瀬の空気

2017-12-11 05:03:26 | 日記
師走。12月に入って世の中が一気に年の瀬の空気なってきた。町にはジングルベルが流れ、人々は早足で歩く。それぞれの家ではお餅や、おせち料理など正月の準備に忙しい。私はこの年の瀬のせわしない空気が好きです。人々が同じ方向を向いている気がするからです。

盆と正月と言うように、1年のうちでも盆はお寺が忙しく、正月は神社が忙しい。私の地元の松尾神社でも元旦祭や年末年始のお参りを迎える準備が進んでいます。平成29年が喜びや幸せであった人々も、悲しみや苦しみであった人々も、みんな包んで、新しい年がやってきます。
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敏太神社で足焼き神事行われる

2017-12-03 22:00:46 | 日記
              (最後に火のついた松明を来場者の足元に近づけます)

 2017年12月3日松阪市美濃田町の敏太(みぬだ)神社で「足焼き神事」が行われ、私も初めて見せていただきました。この神事は美濃田自治会(田中正宏会長)が主催して毎年12月の第1日曜日に行われるもので、神から譲り受けた松明で参拝者の足元を炙り(あぶり)無病息災を祈願する神事です。

 この神事は、美濃田地区内の小字を①上出・道古、②久保出・北出、③下出・林出、④八太・浦沖・大川の4つの班に分け、交代で役割を行います。地区の役員である「年番」からクジ引きで、禰宜(ねぎ)、天狗、獅子頭(一番獅子)獅子中(二番獅子)、獅子後(三番獅子)、松明(たいまつ)、太鼓の役割を決めます。今年は下出・林出地区が当番で、天狗-林宏、禰宜―綿民新之介、1番獅子―村田由信、2番獅子―石井富夫、3番獅子-山本忠実の各氏が役を遂行しました。

 
       (鳥居を8の字に廻ります)         (獅子頭は離されまいと榊にしがみつきます)

 獅子頭の人は神事の始まる前に境内の手水舎で冷水をかぶってみそぎを行い、その後に禰宜が先頭になって隊列を作り、社務所で神酒を受け、松明に火をつけ、神殿に拝礼して神事が催行されます。
 松明は境内の鳥居を8の字に廻り、獅子頭は境内の榊の木に巻き付けしがみつきます。他の人たちが獅子に扮した人を引っ張って離そうとしますが、獅子は離されまいとして引き合いになります。この様子は西田憲人神社総代さんは「榊に神が宿っていて、獅子がそれを守ろうとする動作である」と言ってみえました。
 最後に火のついた松明を来場者の足元めがけて近づけると、みんなキャーキャー言いながら逃げ惑っていました。
 
 元々は火渡が行われていましたが、いつからか今のかたちに変わったということです。この神事がいつから始まったかはわかりませんが、西田憲人神社総代の話では、彼が生まれた70年前にはすでに行われていたということです。

 この敏太神社について、津市戸木町(旧久居市戸木町)にも同じ「敏太神社」があります。この神社では3年に1度かんこ踊りが行われ、私も1度見に行ったことがあります。戸木の敏太神社は「としたじんじゃ」と呼ばれています。美濃田町の敏太神社の「敏」には「とし」や「びん」の他に「みぬ」という読み方があり、地元の人は「みぬだ」と呼んでいます。西田神社総代の話では『神社庁の総会では「びった」と呼ばれる』ということです。松阪市史資料編第3巻に本居宣長から神社に奉納した考書が掲載されていますが、これによると『ミノタと訓むへきこと疑いなく』とあります。

 敏太神社の足焼き神事は、私のブログ「松阪の祭り100選」掲載してあります。
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