恵み野中央公園を散歩していたら,久しぶりに先輩に出会った。彼とは同じ街の住民でありながら,最近は滅多に話をする機会もない。職場を離れてから数年たつと先輩後輩の意識は薄れ,かつて同業だったという感情も希薄になりつつあるが,顔を合わせると昔と変わらぬ口調になる。
公園の小川に沿って造られた遊歩道を並んで歩いていると,彼は話し相手が欲しかったのか突然語り始めた。
「先日,ボウリング大会がありましてね,練習の一投目にバランスを崩して尻もちでした。何しろ,四十数年ぶりでしたからね。フローリングがあんなに滑るとは忘れていました。骨にヒビでも入ったかと心配しましたが・・・,本番では力が抜けてかえって良かったのでしょう準優勝でした」
彼は,退職後に市の「長寿大学」に通っていると言う。近年の高齢化社会で生涯学習に対するニーズが高まり,市民大学など社会教育の制度が各地に設けられている。高齢者が生きがいをみつけ,社会活動に参加しながら,健康な生活を送れるようにと設けられたシステムである。ボウリング大会はその仲間の親睦行事であったらしい。
「実は,その十日前でしたか,ベッドのコーナーに足の小指を引っ掛けましてね。痛さのあまり,ベッドに倒れ込んで転げまわるほどでした。激痛で歩くのもままならず,骨折か? と妻の車で病院直行でした。近くの恵み野病院では,今日は整形外科の手術日で受診できません,他の病院へ行ってください,と言うのです。痛い脚を引きずっているのに,せめて外科で対応できないのかと思いましたね」
「まあ,仕方ないかと再度車で恵庭病院まで行きました。駐車場が遠くて,玄関まで辿りつくのが難儀でした。受付では,予約していますか? 本病院は予約制です,と言うのです。それでも,骨折かも知れないと話して何とか受付けてもらったのです。まあ,診察まで長時間待たされましたがね」
「レントゲン撮影の結果,骨折がないと分かってホッとしました。ヒビが入っている可能性もあるということで,消炎鎮痛剤のロキソニン錠(ロキソプロフェン)とムコスタ錠(レバミピド),それにロキソニンテープの処方でした。これが良く効くのです,次の日に全く傷みが取れたのですから。骨折でなく幸いでしたがね・・・」
余程,打撲捻挫が痛かったのだろう。笑顔で話しているのに,時々顔をしかめる。何で消炎鎮痛剤の名前まで憶えているのだ,ぼくは先輩の顔をあらためて覗きこんだ。
ベッドや柱の角にぶつかったり,小さな段差に躓いたりするのは齢の所為ですよ,と言おうとしたが止めておいた。いずれわが身もそうなりかねない。
「骨と言えば実は,今年5月に骨髄炎による下顎骨壊死の腐骨摘出手術をしたばかりですよ。10日間の入院でしたね。レントゲン検査と術前のCT,MRI検査を終えて即手術でした。問診票の既往症欄をみて医者は投薬履歴を気にしていましたね。後で調べてみると,癌の骨転移やある種の薬剤(ビスフォスフォネート)が骨髄炎の発症と相関が高いらしい。それで,疑ったのでしょうね」
「術後は軟食・刻み食が一週間ぐらい続き,さすがに体力が落ちました。今年のような骨の“事件”は,小学生の頃に遊具から落ちた腕の骨折以来です。今年は骨の厄年ですかね・・・」
いやいや,単なる老化でしょう,筋肉と平衡感覚を維持するよう鍛えることですね,と言葉に出かかったが,先輩にそこまで言うのは憚れる。「お大事に」と声を掛けて分かれた。
見上げると,秋空に一筋の雲が流れている。公園の紅葉は色づき始めていた。
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