豆の育種のマメな話

◇北海道と南米大陸に夢を描いた育種家の落穂ひろい「豆の話」
◇伊豆だより ◇恵庭散歩 ◇さすらい考
 

建国記念の日

2023-02-12 11:16:41 | さすらい考

今年の「建国記念の日」は穏やかな天候となった。昨日までの荒れ狂った吹雪が東の海上に抜け、顔を出した太陽が降り積もった雪を溶かしている。

2月11日、国民の祝日。通常「建国記念日」と呼ばれるが、正しくは「建国記念の日」と言う。敢えて「」を挿入しなければならなかった事情があるのだ。「史実にもとづいて建国した日そのものを記念するわけではなく、日本が建国されたことを祝う日だから」と説明されているが、なんとも難解である。素直な表現ではない。2月11日(紀元節)を建国記念日とするに当たり多くの論争があった妥協の結末。いかにも日本的な表現と言えようか。

南米で暮らした頃、彼の国の独立記念日が国民こぞって祝う祝日であることを体感した。大統領は祝賀式典で国民に呼びかけ、子供たちは祝賀パレードをする。彼の国の建国記念日は植民地時代からの解放記念日、独立戦争の勝利記念日(独立懸念日)であるからだ。或いはまた、「共和国宣言記念日」のように国内の騒乱を脱却し、新たな体制スタートを記念日にしている事例もあるが、どちらも意味は明瞭である。

それに対し、日本の場合は曖昧である。「建国をしのび、国を愛する心を養う」と言われても、「建国記念日ではないのか」「建国とはどの事象を指すのか」「建国を思い出し愛国心を養うは何だ?」と思うに違いない。建国記念の日制定までの歩みを振り返って見る。

(写真はアルゼンチン、パラグアイでの「独立記念日」行事から)

◆建国記念の日制定まで

*1872年(明治5)11月15日:旧暦1月1日に当たる1月29日を祝日とする(太政官布告第344号「神武天皇御即位祝日例年御祭典」)。

*1873年(明治6)1月4日:神武天皇即位日という名称にする(太政官布告第1号「五節ヲ廃シ祝日ヲ定ム」、1月29日に諸式典斎行)。

*1873年(明治6)3月7日:「紀元節」という名称に改称(太政官布告第91号「神武天皇御即位日ヲ紀元節ト称ス」)。

*1873年(明治6)7月20日:紀元節の日付を2月11日に改め(太政官布告第258号)、翌年から適用。

なお、紀元節の日付である紀元前660年2月11日は、日本書紀にある初代天皇(神武天皇)の即位日(日本書紀卷第三、神武紀 「辛酉年春正月 庚辰朔 天皇即帝位於橿原宮」)旧暦1月1日をグレゴリオ暦に換算したもの。建国神話(日本神話)に基づいている。

*1948年(昭和23)7月20日:国民の祝日に関する法律制定(法律第178号「祝日法」)。第2条で「建国記念の日」を定め、従前の「紀元節」は消える(附則2項「休日ニ關スル件」昭和2年勅令第25号の廃止)。

この法律の中で、「建国記念の日」の趣旨については「建国をしのび、国を愛する心を養う」とあるが、日にちについては定めず「政令で定める日」となっている。「紀元節」を「建国記念日」にスライドすることに多様な意見があったことが推察される。戦前は宮中皇霊殿で天皇親祭の祭儀(紀元節祭)が行われていたが、GHQの圧力で停止され翌年からは「臨時御拝」として天皇が宮中三殿に拝礼、神武天皇建立の橿原神宮には勅使派遣となった時代である。

*1957年(昭和32)2月13日:自由民主党の衆議院議員らによる議員立法として「建国記念日」制定に関する法案が提出されるが、日本社会党など野党の反対で廃案となり、その後9回の提出と廃案を繰り返すも成立には至らなかった。

日にちの設定について多様な意見があったことが要因。「紀元節(2月11日)」の外に、「日本国憲法施行日(5月3日)」「サンフランシスコ講和条約発効日(4月28日)」「聖徳太子が十七条憲法を制定したとされる日(4月3日)」などの主張があった。最終的には、有識者から組織される審議会に諮問するなどの修正を行い、反対派も妥協。1966年(昭和41)6月25日、「建国記念の日」を定める祝日法改正案が成立した。

*1966年(昭和41)12月9日:「建国記念の日」が2月11日となる(昭和41年政令第376号「建国記念の日となる日を定める政令」)。同附則3項に「内閣総理大臣は、改正後の第2条に規定する建国記念の日となる日を定める政令の制定の立案をしようとするときは、建国記念日審議会に諮問し、その答申を尊重してしなければならない。」と定められている。

総理府に設置された審議会で約半年の審議(公聴会、世論調査も実施された)を経て答申され、同日、佐藤内閣は「建国記念の日となる日を定める政令」(昭和41年政令第376号)を公布、即日施行となった。

◆世界の建国記念日

世界で「建国記念日」を法律で定めて祝日とする国家は多いが、何をもって建国記念日とするかは、国によって異なる。例えば、「独立記念日Independence Day」「独立宣言の日」「解放記念日」「建国記念日」「革命記念日」「国民祭典(フランス革命記念日)」「共和国宣言記念日」「共和国記念日」「連合記念日」「統一記念日」「憲法記念日」「国慶節(建国宣言日)」「ドイツ統一の日」など。植民地を経験した東南アジア、新大陸、アフリカ諸国に「独立記念日」が多いのも頷ける。

日本の場合は、古事記や日本書紀の神話から導いた日が基になっている。史実にもとづいて建国した日そのものを記念日としていないので、諸外国に比べ異質と言えるだろう。

◆新聞報道

2023年(令和5)「建国記念の日」の報道がどうなっているか、翌日の新聞で記事を探した。北海道新聞には、28面に「建国記念の日、賛否両派が集会」と題した8.5×11.5cmの小さな記事が見つかった。「戦前の紀元節を復活させることに反対する集会と記念日を祝う会が札幌で開かれた。参加者はそれぞれ200名」とある。

一つは、「紀元節復活反対2.11道民集会」(靖国神社国営化阻止道民連絡会議主催)で、「明治政府は紀元節を国威発揚に使った。現政府も戦争をする国づくりを進めている。安保関連文書改訂を批判」と主張。もう一つは、「奉祝、道民の集い」(日本会議北海道本部主催)で、「自衛隊を憲法に明記すること」などを主張した。

昭和三十年代の論争を今も引きずったまま、「建国記念の日」の祝日は今年も過ぎ去った

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする