北海道談話会報1号から50号(1957~2009年)に登載されたマメ類の研究成果について,生産環境と関連させて概説する。
2-2研究の概要と成果(病害虫抵抗性)
ダイズシストセンチュウ:1950年代,マメ類の比率が高い十勝の畑作地帯では,ダイズシストセンチュウ(Heterodera glycines;SCNと略す)の被害が大きかった。1960年代には線虫密度と前後作の関係が検討され,輪作の重要性が確認された。一方,十勝農試では東北地方から導入した「下田不知1号」等が抵抗性であることを認め(砂田),これらを母本に抵抗性育種を進めた結果,1966年に白目大粒の「トヨスズ」を育成した。その後「下田不知」系の抵抗性を有する「トヨムスメ」「トヨコマチ」「ユキホマレ」等が育成され,これら白目中大粒品種は北海道の基幹品種として普及した。酒井らは抵抗性の地域間差を検討し,「下田不知」系の抵抗性は広範囲に分布するレース3に有効であるが,レース1には対応できないことを認めた。レース1に対応する強度抵抗性については,中国から導入した「Peking」系の抵抗性を導入した「十系421号」を育成した(砂田ら)。1980年に本系統は,納豆用小粒品種「スズヒメ」として普及に移された。
育種に併せて,抵抗性の検定法や遺伝様式(酒井,番場ら,白井ら)が検討され,1990年代後半から2000年代にかけては抵抗性のQTL解析が進み(木村ら,紙谷ら,鈴木ら),抵抗性遺伝子Rhg4,rhg1,rhg2に関するDNAマーカーが開発された。また,アズキのSCN抵抗性スクリーニングが行われ,抵抗性品種が見出されたことは興味深い(田澤ら)。
ダイズわい化病:ダイズわい化病(Soybean dwarf virus;SDVと略す)は,1960年代に北海道南部から道央部に広がり,1968~69年に北海道全域で発生が確認された。中央農試では1966年から1995年までに約4,000品種を探索し,「黄宝珠」「Adams」など約40の圃場抵抗性品種を見出したが,真性抵抗性品種は見つからなかった(諏訪ら,高宮ら)。「黄宝珠」の交雑後代からは,抵抗性強の「ツルコガネ」,やや強の「ツルムスメ」,「いわいくろ」が育成されている。植物遺伝資源センターは,遺伝資源の中からより高度な抵抗性をもつ「WILIS」(インドネシア)を見出し,中間母本「植系32号」を育成した(三好ら)。
神野ら・荒木らは,抵抗性品種「Adams」の生体上でジャガイモヒゲナガアブラムシの生育が阻害されることを認め,この性質を「アブラムシ抵抗性」と名付けた。アブラムシ抵抗性は「黄宝珠」には認められないことから,抵抗性にはアブラムシ繁殖抑制と感染ウイルスの増殖抑制の2要因が関与すると示唆された。両抑制因子を集積することで抵抗性の強化を図る試みが行われている。
なお,抵抗性検定に関しては幾多の試行があり(松川ら,谷村ら),現在は多発圃場による自然感染法と保毒アブラムシを用いた人工接種法が用いられている。近年DNAマーカーの探索が試みられ,「WILIS」由来の抵抗性遺伝子(Rsdv1),アブラムシ抵抗性遺伝子(Raso1)に関するDNAマーカーが開発されている(紙谷ら,萩原ら)。
これまで見出されたSDV抵抗性は圃場抵抗性であるため,栽培ではアブラムシ防除薬剤が併用されている。栽培法により被害軽減を目指した試験は少ないが,辻らはリビングマルチ栽培によるSDVの減少を確認している。また,SDV黄化系統はインゲンマメにも被害をもたらすが,江部らは実用的な抵抗性を示す16品種を探索した。
ダイズ土壌伝染性病害:ダイズ茎疫病(Phytophthora soje)は,米生産調整でダイズ作が増加するにともない,上川,空知,石狩等転作地帯に急激に拡大した。上川農試では生態と防除法を検討し,道内に分布する茎疫病菌を10レースに分類した。松川ら,足立らは,北海道の主要レースに抵抗性の26品種を探索し,「はや銀1」「KLS733-1」が道内10レースに全て抵抗性であることを示した。また,田澤ら,山下らは,高精度で効率的な検定法を確立し,育種素材の開発を進めている。黒根病(Thilaviopsis basicola)は,1978年本別町で初めて見つかり,その後冨田らは「トヨホマレ」が抵抗性であることを確認した。
アズキ土壌伝染性病害:北海道のアズキ栽培では,土壌伝染性病害である落葉病(Cephalosporium gregatum),茎疫病(Phytophthora vignae f.sp. adukicola),萎凋病(Fusarium oxysporum f.sp. adzukicola)が深刻な問題となっている。
落葉病は1970年に十勝地方で激発し,その後は各地でも多発するようになった。千葉らは,抵抗性品種の探索を行うとともに抵抗性品種の育成を開始した。十勝農試では,約1,000品種の検定から「赤マメ」「円葉(刈63号)」「黒小マメ(岡山)」等抵抗性強の67品種が見出され,これらを母本にして「ハツネショウズ」「きたのおとめ」「しゅまり」「きたろまん」を育成した。近年,落葉病のレース分化が報告されている。
茎疫病は1970年代から,萎凋病は1980年代から道央部の転換畑で発生が多くみられ,上川農試と中央農試が抵抗性検定に協力している。茎疫病についてもこれまで約 1,000品種の検定を行い,「能登小マメ」「浦佐(島根)等20品種が抵抗性と判定された(田引ほか)。これらを母本として「アケノワセ」「しゅまり」等が育成された。萎凋病抵抗性は落葉病抵抗性の系統が殆ど抵抗性を有することから,「しゅまり」「きたろまん」等3病害全てに抵抗性を有する複合抵抗性品種が開発され普及に移されている。なお,茎疫病のレースには地理的分布が異なり(藤田ら),新たなレースの出現が報告されている。
インゲン炭そ病(Collectorichum lindemuthianum):抵抗性の品種間差,検定法,遺伝様式について検討され(飯田ら,佐藤ら),抵抗性品種「雪手亡」「絹手亡」が開発された。
2-3研究の概要と成果(品質,加工適性)
1960年代から1970年代には,ダイズの成分分析法の改良,脂肪酸組成の地域性,豆腐の加工適性などが検討された(高城ら)。その後,近赤外線分析計が導入され,育種事業で活用が図られるようになった。
マメ類の加工には外観品質が重要視されるため,1980年代から1990年代にかけて多くの報告がある。アズキの品質については,由田らのグループが栽培環境との関連について研究を進め,粒大変異,栽培法と粒揃い,開花時期と品質,莢実生長と種皮色,収穫乾燥条件や脱穀貯蔵条件と吸水性,種皮構造と物理性について解析した。その他にも,アズキの外観品質に及ぼす登熟条件や収穫乾燥法の影響について多くの研究がある(浅間ら,佐藤ら,藤田ら,島田ら,長岡ら)。また,アズキの登熟とアン粒子の形成,収穫期とにえむらについても解析が進んだ(沢田ら)。インゲンマメについては,十勝農試のグループが,粒大変異の遺伝,色流れについて報告した(品田ら,佐藤ら)。
2-4研究の概要と成果(省力生産,機械化適性)
マメ類は外観品質が重要視されるため,収穫作業の機械化は他の畑作物に比べ遅れていた。1960年代後半にビーンハーベスタが開発されたが,刈取り時の衝撃による裂莢ロスや,乾燥脱穀の大きな労力が問題となっていた。機械収穫のためには,耐倒伏性,難裂莢性,着莢位置,成熟の均一性が重要であるが,裂莢性の改善が緊急の課題であった。土屋らはダイズの裂莢性について,熱風乾燥処理による検定法を開発し,品種間差や遺伝様式を検討するとともに,タイの「SJ-2」や米国の「Clark Dt2」など難難裂莢性品種を母本として育種を進め,「カリユタカ」「ハヤヒカリ」「ユキホマレ」を育成した。また,着莢位置,収穫時期の茎水分,草型についても解析が進み(土屋ら,田中ら),ダイズのコンバイン収穫は1990年代以降普及した。主茎型品種の収量向上を目指して,長花梗形質の導入も試みられている(山口ら)。なお近年,難裂莢性遺伝子座に関するDNAマーカーが開発された(船附ら)。一方,機械収穫に対応する条播密植栽培に関する検討は古くから行われている。2000年代後半には,リビングマルチによる雑草抑制など新たな省力栽培に向けた試みがなされている(辻ら,石川ら)。アズキの機械栽培に関する品種特性の報告は少ないが,島田は胚軸長の遺伝解析を試み選抜の可能性を示唆した。
2-5研究の概要と成果(育種基礎,その他)
三分一は,1976年日高地方でツルマメの自生を確認した。その後,島本・阿部らのグループは,北海道,韓国,中国,ロシアにおけるツルマメの分布と変異,在来種の変異,およびそれらの特性を解析し,ダイズ栽培種の進化および遺伝資源としての利用について研究を進めた。また,育種場所では遺伝資源の導入,アイソザイムによる品種分類,ツルマメからの高タンパク特性の導入が試みられた。一方,1800年代には培養技術,1900年代には PCRによる遺伝子型判定が検討され(紙谷),2000年代にはDNAマーカーの開発が進展している。その他,諸形質の遺伝解析など基礎的な研究から,品種の普及(佐藤ら)に至るまでの幅広い研究成果が蓄積されている。
3 談話会の意義と展望
談話会報の特徴は,生産現場のニーズに対応した研究が多いことであろう。度重なる冷害,新たに発生した土壌病虫害,米生産調整施策,省力化への対応,良質安全を求める実需者への対応など,研究テーマは時代とともに変遷してきた。談話会報に発表された課題をみると変遷への対応がよく反映され,基礎成果をふまえて新品種開発につながり,結果として単収が向上している(ダイズ228%,アズキ224%,インゲンマメ191%)。ここではダイズの例を示したが,耐冷性品種やSCN抵抗性品種普及の効果が読み取れる。しかし,近年収量水準の上昇は停滞している。
これらのマメ類研究を支えたのは,農水省による育種指定試験地強化,輸入割当制度・関税割当制度下でのマメ類基金協会による研究支援,民間も含めた機関相互の連携,他分野との密な協力の結果である。今後,研究機関の独立行政法人化にともない,産官学が得意分野で補完し合う研究推進が加速するだろう。しかし同時に,長期的展望をもって技術革新を探求する姿勢が求められる。また,マメ類研究では,近年停滞気味な収量性の向上,実需者と連携強化,研究が進んでいる機能性成分等への対応,事業の効率化などの推進が求められよう。
談話会は,若い研究者が気軽に発表できる場所でもあった。研究アイデアを語り,実用化に向けた議論を尽くし,顔の見える研究者が増えるよう今後一層の発展を期待したい。
参照:土屋武彦2009「談話会報にみるマメ類研究の50年」北海道談話会会報第50号146-153(抜粋)