豆の育種のマメな話

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南米生活は,いつも「アスタ・マニヤーナ(明日があるさ)」

2016-03-08 17:06:40 | 講演会、学成り難し・・・

「アスタ・マニヤーナ」とは何だ? 

去る2月17日,恵庭市市民会館において表題の講演会があった。恵庭市長寿大学の自主学習に位置づけられた単位講座で一般公開されなかったため,多くの方は初めて耳にする表題だろう。その後,くちコミで広まったのか問い合わせが数件あったので,概要を紹介したい。もちろん,講演会で示された多数の写真や資料を紹介するスペースは本稿にはないので要約であるが・・・。

なお,「恵庭市長寿大学」とは,恵庭市教育委員会が高齢社会にふさわしい生涯学習の機会を提供するために開設しているもので,創設以来40年の歴史がある。現在220名余りの学生が年間20日間(40単位)の講義や行事科目を履修している。

講師は,まず「アスタ・マニヤーナ」とは何だ? と問いかける。「Hasta mañana !」とはスペイン語で「さようなら! また明日!」を意味するが,ラテンアメリカ人の気質がにじみ出る言葉だと説く。さらに,南米は日本から最も遠い国々であるため,私たちは「南米のことを余りにも知らない」と指摘し,「今日は異文化を理解し,南米から日本を考えてみよう」と語りかけた。

講義は4部から構成されていた。

 

第1部 南米の地理と自然

地理的には日本から最も遠く,地球の反対側にあたる。すなわち,日本の昼が南米では夜,日本の夏が南米では冬になる,と地球儀を回す。恵庭から地球の中心を抜けて掘り進むと,到達するのは地球の裏側南米大陸ウルグアイの沖合に出る。そして,沖縄の反対側はブラジルのこの辺りと地図に示して,感覚を印象付ける。

さらに,多様で豊かな自然について写真を示しながら解説する。例えば,高度6,000m級のアンデス山脈の自然,アンデス乾燥地帯に暮らすインデイオの姿,世界最大熱帯雨林アマゾンの姿,森林伐採による環境問題,ブラジル高原サバンナの開発,肥沃なアルゼンチン・パンパを中心に広がる大規模農業,多様な生物相を示すパンタナール湿原,風と氷河の南パタゴニアの自然など。撮影時のエピソードとともに語られる。

 

第2部 南米の歴史

「その国と国民性を理解するには,まず歴史を知るのが早道」と歴史を紐解く。

新大陸の歴史は1万5千年前に人類がベーリング海峡を渡ったことから始まった。彼らモンゴロイドは中南米にアンデス文明を築いた。例えば,中米の密林に栄えた暦の民「マヤ」文明,3~9世紀頃に最盛期を迎えるが,巨大なピラミッド神殿を築き,数学や天文学に高度な才能を有していた。彼らが割り出した1年の日数は現在の天文学算出の数字と小数点三桁まで同じだという。

例えば,宗教都市国家として繁栄した「テオテイワカン」,紀元前2世紀頃に「太陽の神殿」など巨大なピラミッドを築き2世紀頃には20万人が住んでいた宗教都市国家が8世紀に忽然と消えた謎。後にこの地を征服したアステカ人は,神が建てた都市と信じたという。そして,権勢を誇ったアステカ王国も16世紀にはスペイン軍に滅ぼされ,アステカ文明遺跡の上には教会が建てられている。

南米では,紀元前3世紀~4世紀の頃に「チャビン」「ナスカ」文明などが各地に神殿国家が形成され地方発展期を形成,さらに10~14世紀には「テイワナク」「チャンカイ」文化など都市国家を形成したアンデス文明は地方王国期を迎え,15~16世紀には「インカ」帝国が南米アンデス地方一帯に繁栄をもたらしていた。インカは太陽と黄金の民族と呼ばれる。講師は,ナスカの地上絵,クスコ,マチュピチュなど遺跡の写真を示しながらアンデス文明物語を紹介した。

そして,コロンブスの新航路発見(1492)で世界は大きく動く。15~17世紀は大航海時代と呼ばれるが,スペイン・ポルトガル等艦隊は黄金を求め競って新大陸に向かう。彼らはアステカ王国やインカ帝国を策略と武力で制圧し,インデイオは奥地に追いやられた。アンデス文明の崩壊である。そして,17~18世紀はヨーロッパを首領国とする植民地時代が続くことになる。奴隷制度のもと植民地支配が続き,多くの富がヨーロッパに運ばれた。これらの時代には,中南米原産の馬鈴薯・玉蜀黍・ゴム・カカオ・トマト・南瓜などが世界に広まり,世界を飢餓から救い或いは食文化の発展に寄与したという裏の歴史もある。今では,南米原産のこれらを「コロンブスの遺産」と呼び高く評価している。

19世紀初頭には各国で独立運動がおこり,19~20世紀は移民の世紀と呼ばれるようになった。多くの移民が新大陸に夢を抱いて渡り,ヨーロッパ文化を新大陸へ導入する。南米のパリと称されるような都会が生まれ文化が花開き,一方ヨーロッパへの農産物輸出のために農牧業が盛んになった。20~21世紀は牧畜・農耕の世紀と呼ばれるようになり,今や南米が世界を養う食糧基地であることを誰も疑わない。

このような歴史背景のもと,ヨーロッパ人と原住民との混血が進み(アルゼンチンのようにインデイオを追いやり白人主体となった国もある),多くの国では人種差別を意識しない。スペイン語を公用語とする国が多いが,原住民の言葉を第二公用語にしている国もある。スぺイン,ポルトガル,イタリア,ドイツ系が多く,陽気な人々は「人生は楽しむためにある」とばかりに生きている。

 

第3部  食糧基地南米

食糧基地と呼ばれるまでになった南米で,いま注目されるのは大豆生産である。南米における大豆栽培は第二次世界大戦以降のことであるが近年急激な成長を見せ,ブラジル,アルゼンチン,パラグアイ三国の大豆生産は,今や世界の60%を超えるまでになった。日系移民が味噌や醤油,或いは豆腐や納豆を食べるために持参した一粒の大豆が,国家の経済を支える作物に変身したのだ(アルゼンチンやパラグアイでは大豆が国家輸出総額の60%を占める)。日系農家裏庭の作物が奇跡を生んで,国家経済を支えるまでになった。この過程には,大豆を商業作物に育てた日系移民の先駆者たち,南米に適する品種を開発し不耕起栽培のような新しい技術を実践普及した日系技術者たち,技術協力支援を惜しまなかった日本政府と派遣技術者たちの弛まぬ努力があったことは言うまでもない。

開墾の辛苦を乗り越え,多くの日系移住者たちは成功を収めている。日系人は正直で,誠実で,教育程度が高いと信頼を得てきた。牧畜主体の産業で肉食中心の暮らしの中に野菜を広めたこと,大豆生産を飛躍させたことは,日本人の大きな貢献であると称えられている。そして今,二世・三世は日本の「伝統」を守り,「日本語は日本の心」と継承の努力を続けている。

しかし,農業が大規模化するにつれ弊害も出ている。小麦と大豆に特化した作付け体系は土地を痩せさせ,GMO品種の導入はメジャー企業の独占,労働者切り捨て,失業者の都市への流動という事態を惹起している。貧困層の増加,所得格差の拡大は大きな課題となっている。

 

第4部  南米の暮らし

第4部では,食事や環境問題をテーマに暮らしのエピソードが紹介された。

例えば,飲むサラダ「マテ茶」の栄養価と慣習,マテ茶の作法。主食は牛肉? 人口より多い牛の数。レストランの開店は夜の9時からと遅い夕食習慣の戸惑い。アサード(焼肉)でよく食べるマンジョカ(Cassava,貧者のパンと呼ばれ世界の飢餓を救う植物)。そして今,肥満や健康を考えて和食が注目され始めていることなど。

環境問題では,温暖化で後退する氷河( 20年間で4km, 年に200m),イースター島の教訓,熱帯雨林の減少,乱開発による旱魃被害拡大の問題などが指摘された。合わせて,伐採禁止・森林法の制定やAgroforestry活動が活発化している状況が紹介された。

また,遺伝子組換え品種の拡大に関しては,生産コスト低減と生産性向上から急激に拡大したが,安全性は大丈夫なのか,耐性雑草の問題,種苗メジャーの占有が招く問題について論じられた。

生活場面でのエピソードとしては,「ゴミの話」「釣銭は飴玉ですか,アスピリンですか? と問われる話(インフレ経済で貨幣製造が追いつかない)」「クリスマス前に増える交通取り締まり(警察の小遣い稼ぎ)」「車検制度のない車社会の話」「救急車は前金でと言われる医療制度」「路上での車番と洗車する少年の話」「身についた強盗とひったくり対策」「ニセ札と換金の話」等々について失敗談を含めて語られた。

「しかし」と演者は言う。これらは,貧しい国(貧しい人々)の生活の一場面だが,週末には家族や友達が集まって楽しい時間を共有しているのは何故なのだろう。貧しくとも,花を愛で,文化を継承し,自然な食材で寛ぐ暮らしとは何なのだろうと考える。経済大国と煽てられている日本とどちらが幸せなのだろう、と問う。隣の国へ通勤し,ちょっと買い物に行き,大通りが国境となる町の暮らしを貴方は体感できるかと問う。

 

講演の最後に講師は,彼らの心情を次の言葉で表現した。「シンプルでいいんだ。複雑なことや,沢山の物などいらない。愛する家族や仲間と時間を共有し,腹いっぱい食べることが出来れば,人生それでいいんじゃないか」「明日があるさ・・・

この表現は,「今日出来ることを明日に延ばすなかれ,と全力疾走して来た私たち世代に何かを訴えるものがある」と指摘し,「経済発展に性急さを求めず,排他的にならず(宗教も人種も),個に走らず,ゆったり暮すことこそ成熟社会ではあるまいか」と講演を締めくくった。

会場には「アスタ・マニヤーナ!」の声がこだました。

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