伊豆の田舎には啓山石堂(啓二)が植えた3本のウバメガシ(姥目樫)がある。今回も墓参のついでに、庭のウバメガシに鋏を入れた。季節は10月下旬、ちょうど堅果(ドングリ)が熟する頃であった。子供の頃にドングリと言えばブナ(橅)やコナラ(小楢)の印象が強くウバメガシにもドングリが結実するのを見た記憶がなかったので、ドングリを見つけた時は新鮮で思わず写真を撮った。
ウバメガシ(学名Quercus phillyraeoides)は、ブナ科コナラ属の常緑広葉樹。別名イマメガシ(今芽樫)、ウマメガシ(馬目樫)とも言う。日本では房総半島、三浦半島、伊豆半島以西の太平洋側、四国、九州、沖縄に分布する。乾燥や刈り込みに強いことから庭木や街路樹として使われ、備長炭の材料となることでもよく知られている。
樹形は通常は5~6m程度。葉は互生し(枝先は輪生状)、長さ3~6cmと小さい倒卵形で硬く、やや表側に盛り上がり、葉縁は鋸歯。葉の表面は濃緑色でやや光沢、裏面は淡緑色をしている。雌雄同株で、開花は4~5月。黄色い雄花は枝の下部から穂状に垂れ下がり、黄緑色の雌花は楕円形で、上部の葉の付け根に1~2個着くと言うが、花の印象は薄い。堅果は長さ2cm前後で楕円形、10月になると褐色に熟す。
下田富士や下田公園など伊豆半島でもよく見られる。潮風や乾燥に強いため、海岸付近の乾燥した斜面に群落を作ることが多いそうだ。和歌山県の木、南伊豆町の木に指定されている。
◇備長炭
紀伊国の商人備中屋長左衛門が、ウバメガシを材料に作り販売を始めたことから、その名をとって「備長炭」の名がついたと言われる。一般に樫の炭全般を備長炭と呼ぶが、狭義にはウバメガシの炭のみが備長炭とされる。備長炭は普通の黒炭よりも硬くて叩くと金属音がする。白炭(備長炭)は製造時に高温で焼かれることから炭素以外の油分やガス等可燃成分含有量が少なく、かつ長時間燃焼に堪える。また、炎や煙も出にくいので焼き肉など調理に向いている。
江戸時代から伊豆の山村では木炭製造が盛んであった。幼少時の記憶にも炭焼き体験がある。祖父や父は窯の中に原木を並べ、釜口から火をつけ、昼夜を通し煙の色を観察しながら釜口の空気流入を調節、頃合いを見て蓋を閉じる。そして、窯の温度が下がる頃、家族総出で炭を取り出し規格に合わせて切断して炭俵に詰める。鼻や目の周りを真っ黒にして働く姿が彼方此方にあった。炭俵は祖母が夜なべ仕事で茅を編んだ。炭俵を背負子に背負って馬車道まで運び出した。現在、裏山にも長久保の山にも炭焼き窯の跡が残っている。
紀州備長炭、土佐備長炭、日向備長炭などの銘柄があり、備長炭は高額で取引されている。伊豆半島にもウバメガシが群生するのに伊豆備長炭はないのだろうか? ウエブ情報によれば、いくつかの試み(萌芽)があるものの事業化まで至っていないようだ。山林所有者、炭焼き(技術労働者)、販売専門家を結ぶネットワーク、組織化する行政力が必要だと言うことだろう。