読書日記

いろいろな本のレビュー

「おもてなし」という残酷社会 榎本博明 平凡社新書

2017-04-18 20:00:51 | Weblog
 最近過労死が問題になっている。某大手広告会社の24歳の新入女子社員が「人生も仕事も辛い」というメールを母親に送ったあと自殺した事件は社会に衝撃を与えた。その女子社員は東大文学部卒で、受験競争を勝ち抜いてきたと思われるが、志半ばの無念の死であった。私のような凡人であれば、そんな会社さっさと辞めてしまうのだが、受験エリートは仕事の困難くらいは乗り越えなくてどうするという強い意志があって、それが逆に災いしたのかもしれない。母親の手記が新聞に出ていたが、母一人子一人の家庭で、経済格差・教育格差・地域格差を周囲の人の協力で克服して東大合格を果たしたとのこと、それがこんな結果になってと読むのも辛い内容だった。彼女のような例は沢山ある。本書は最近の過酷な労働の原因の一つとして「おもてなし」という言葉にあらわれる「顧客至上主義」を挙げている。それを支えているのが欧米生まれの「顧客満足度」という概念だ。
 著者によれば、もともと日本人は人と人との「間柄」を大切にする文化を育ててきた。それゆえ、接客の場で心地よい「おもてなし」が実践されてきたのである。欧米ではサービス業に携わる人間においても自己主張が強く、いやなことはいやとはっきり言う傾向が強い。だからこそ「顧客満足度」というようなものが出現してきたのである。そこそこの「おもてなし」をしてきたにもかかわらず、日本は更に過剰な接客の道を選んだ。それが過労死に繋がっているのだ。
 本書は西欧の「自己中心」の文化に対して日本を「間柄の文化」と捉え、その特徴を詳しく説明してくれている。そして顧客に対して気を遣う仕事、即ち「感情労働」の過酷さをえぐり出している。「お客様は神様です」は三波春夫のキャッチフレーズだが、当時はそこまで言うかという感じで、誰も三波を見下すことはなかったと思う。ところが最近の「お客様」は、こちらがお金を払ってるんだからということで、「神様」に成りきる手合いが多い。そうなると当然クレームが増えて、企業はそれに対応すべく「お客様相談室」を設置して対応に当たる。それのクレーム電話の多くは派遣社員が担当するという図式になっている。「感情労働」はますます過酷になる。
 その余波が今や教育界にも押し寄せて、モンスターペアレンツを出現させた。教育を物品売買のアナロジーで捉えて、教育をサービス業と勘違いさせる言説が定着した。その悪い流れは、教員を既得権益集団だと名指して、教育改革の名のもとに教員の給料・福祉をカットした某首長によって助長されたのは確かだ。ささくれ立った世相を出現させた罪は大きい。それに力を貸した関西のメディアは猛省すべきなのにその気配がない。遺憾である。
 とにかく「おもてなし」はもう結構ですとみんなが声をあげる時が来ている。本書が刊行されたのは時宜にかなっている。多くの人に読んでいただきたい。

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