ことのは

初めに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。と、ヨハネは言う。まことに、言葉とは不可思議なものである。

会社は誰のものか

2013-06-24 11:04:26 | 日記・エッセイ・コラム

会社は株主のものである、

というのは詐欺である。

このことが改まらない限り、

資本主義、市場経済に未来はない。

・・・・・

私は誰のものか。

この問いに意味はない。

私を生んだ者のものか、育てた者のものか、

はたまた社会のものか。

私は私だ。

誰のものでもない。

しいて言えば、魂の発現者たる神のものである。

会社を会社たらしめているのは何か。

資本(金)か。

金は何も作らない、何も為さない。

土地や設備か。

それらは単なる「もの」であり、

あるだけでは、何も為さない。

会社は人(役職員)である。

その生業を為そうとする思い、

思いの集合体こそ会社である。

もちろん、金も設備も必要ではある。

・・・・・

会社とはその生業を為そうとする意思そのものである。

その生業を為そうとする人々こそ会社である。

誰かのもの、と言うべきものではない。

とは言うものの、

会社は神ではなく人が作ったものである。

だから、人のものと言えなくもない。

あえて言えば、

会社は会社に関わるすべての人のものであり、

広く社会のものである。

「会社は株主のものである」という発想は、

奴隷社会を根に持つ欧米の、

今に至ってもその根を捨てきれない、

愚かな発想である。