新聞を見てたら?な記事が出ていた。
性に関して固定観念を持つのは幼少期から、
という調査研究である。
某有名大学の調査です。
それを大新聞が載せていたのである。
一寸考えられないほどの、
実にバカバカしいことで、
これが賢い人の有様かと、
暗澹たる思いに襲われた。
・・・・・
そも幼少期に順序は分からないが、
言葉を持ち、自分を知り、父母を知り、
そこで性の違いも知る。
ときにイメージをもつ。
イメージとは脳内に創られた念である。
念とは今の心と記す。
実になるほどの表現であり、
それが定着して言葉となる。
そのイメージには何かしら共通性があって、
それが互いに共有できてついに言葉となる。
そこに文化(生き方の総体)がある。
その昔読んだ本に、
「初めにイメージありき」という本がある。
如何にして言葉を得たのかを考察したもの。
結論は結局のところ?のままなのだが。
それはさておき
言葉とは念であり、観念も同じものと。
何を言いたいのか、
それなら固定観念とは結局言葉そのものだろう。
言葉とは観念を固定したものだと。
なら幼少期に言葉を得るとして、
それは固定観念を持つことで、
件の記事は当然のことかと。
何を今更である。
それにこの件だけではない。
リベラルはよく言うのです、
固定観念を持つのは良くないと。
自分が良しとしないものは、
こういう言い回しで否定するが、
にも関わらず、
自分が良しとするものは、
ガチガチに固定して一歩も譲らない。
自由平等友愛とか人権とか。
それら多くは抽象的概念で、現実には存在しないもの。
こういう言葉を持ち出して、現実に発した言葉を退けようと。
それがいま進められている。
歴史伝統文化の破壊である。
・・・・・
先の記事のことだが、
そこに出てくる固定観念は、
それらを持つ時期は多少異なるが、
「女性は優しい」「男性は賢い」ということらしい。
それもそういう傾向があるということで、
皆が皆同じという訳ではない、
個人差はあるのだ。
しかし考えてみれば何もおかしくはない。
女性(母)と男性(父)では役割が違うのだ。
それも決定的に違う。
母は身ごもって生み、
そのあと付きっ切りで面倒を見る。
まさに一心同体そして献身的。
それは父にはできないのです。
ときに母は身がままならない。
だから父はそれを見守る。
それも全知全能を傾けて。
以前にも言ったが、
母親の体内で生命進化の過程を追体験し、
誕生後は人類発展の過程を追体験すると。
なら「女性は優しい」「男性は賢い」となるに疑問なし。
まったくもって尤もなことと。
そういう環境の中で生き、その間に言葉を習得する。
そこでのイメージが言葉を育てるが、
それが言葉の技であり言葉の妙なのだ。
それをジェンダーへの偏見だと言うのか。
この件だけではない。
女らしさ男らしさという言葉もなくそうとする。
その中身は人それぞれでガチガチではないのに。
でも勿論共通する思いはある。
それは当然でそれが言葉というもの。
それを調査研究をしていたのが京大である。
あの立派な大学である。
でその記事を載せていたのが産経新聞です。
保守を任じる立派な新聞です。
私は今産経新聞を取っている。
応援しているからだが、
なのにこの有様、
何なんだ、
・・・・・
悪魔ちゃんはそれを知って悪用する人。
悪魔ちゃんがどこにいるかは知らない。
悪夢ちゃんはそれに乗せられている人。
悪夢ちゃんはどこにでもいる一杯いる。
残念ながら庶民にも。
でも特に目立つのは、
言葉を生業としている職業にです。
「私が正しい」と言うヒトはほぼそう、
「私だけが正しい」と言い張るヒトは、
モロに完全に100%そっちです。
そういう人を嫌ってる。
もうとことん嫌ってる。
御免なさい。
でも悪夢ちゃんは悪夢を払えばちゃんとする。
にもかかわらず彷徨っている。
今日も今日とて彷徨っている。
「人間になりたい」と言って。
ん?
てか間違えた、
これは妖怪人間ベムちゃんだった。
てへ、
性に関して固定観念を持つのは幼少期から、
という調査研究である。
某有名大学の調査です。
それを大新聞が載せていたのである。
一寸考えられないほどの、
実にバカバカしいことで、
これが賢い人の有様かと、
暗澹たる思いに襲われた。
・・・・・
そも幼少期に順序は分からないが、
言葉を持ち、自分を知り、父母を知り、
そこで性の違いも知る。
ときにイメージをもつ。
イメージとは脳内に創られた念である。
念とは今の心と記す。
実になるほどの表現であり、
それが定着して言葉となる。
そのイメージには何かしら共通性があって、
それが互いに共有できてついに言葉となる。
そこに文化(生き方の総体)がある。
その昔読んだ本に、
「初めにイメージありき」という本がある。
如何にして言葉を得たのかを考察したもの。
結論は結局のところ?のままなのだが。
それはさておき
言葉とは念であり、観念も同じものと。
何を言いたいのか、
それなら固定観念とは結局言葉そのものだろう。
言葉とは観念を固定したものだと。
なら幼少期に言葉を得るとして、
それは固定観念を持つことで、
件の記事は当然のことかと。
何を今更である。
それにこの件だけではない。
リベラルはよく言うのです、
固定観念を持つのは良くないと。
自分が良しとしないものは、
こういう言い回しで否定するが、
にも関わらず、
自分が良しとするものは、
ガチガチに固定して一歩も譲らない。
自由平等友愛とか人権とか。
それら多くは抽象的概念で、現実には存在しないもの。
こういう言葉を持ち出して、現実に発した言葉を退けようと。
それがいま進められている。
歴史伝統文化の破壊である。
・・・・・
先の記事のことだが、
そこに出てくる固定観念は、
それらを持つ時期は多少異なるが、
「女性は優しい」「男性は賢い」ということらしい。
それもそういう傾向があるということで、
皆が皆同じという訳ではない、
個人差はあるのだ。
しかし考えてみれば何もおかしくはない。
女性(母)と男性(父)では役割が違うのだ。
それも決定的に違う。
母は身ごもって生み、
そのあと付きっ切りで面倒を見る。
まさに一心同体そして献身的。
それは父にはできないのです。
ときに母は身がままならない。
だから父はそれを見守る。
それも全知全能を傾けて。
以前にも言ったが、
母親の体内で生命進化の過程を追体験し、
誕生後は人類発展の過程を追体験すると。
なら「女性は優しい」「男性は賢い」となるに疑問なし。
まったくもって尤もなことと。
そういう環境の中で生き、その間に言葉を習得する。
そこでのイメージが言葉を育てるが、
それが言葉の技であり言葉の妙なのだ。
それをジェンダーへの偏見だと言うのか。
この件だけではない。
女らしさ男らしさという言葉もなくそうとする。
その中身は人それぞれでガチガチではないのに。
でも勿論共通する思いはある。
それは当然でそれが言葉というもの。
それを調査研究をしていたのが京大である。
あの立派な大学である。
でその記事を載せていたのが産経新聞です。
保守を任じる立派な新聞です。
私は今産経新聞を取っている。
応援しているからだが、
なのにこの有様、
何なんだ、
・・・・・
悪魔ちゃんはそれを知って悪用する人。
悪魔ちゃんがどこにいるかは知らない。
悪夢ちゃんはそれに乗せられている人。
悪夢ちゃんはどこにでもいる一杯いる。
残念ながら庶民にも。
でも特に目立つのは、
言葉を生業としている職業にです。
「私が正しい」と言うヒトはほぼそう、
「私だけが正しい」と言い張るヒトは、
モロに完全に100%そっちです。
そういう人を嫌ってる。
もうとことん嫌ってる。
御免なさい。
でも悪夢ちゃんは悪夢を払えばちゃんとする。
にもかかわらず彷徨っている。
今日も今日とて彷徨っている。
「人間になりたい」と言って。
ん?
てか間違えた、
これは妖怪人間ベムちゃんだった。
てへ、