言葉は空の箱である。
つまり殻なのである。
その中に人の念が入って、初めて生きた言葉となる。
念とは人が現実に感応した模様である。
人の心魂が現実に感応したものである。
故に生きた言葉には言霊が乗っている、
と謂われるのである。
・・・・・
では人のどこが感応するのか。
人の身体は60兆個もの細胞で出来ていると謂われる。
そも細胞は単体でこの世に出現した。
なら、一つひとつは本来独立した生命体である。
それらすべての細胞が感応してる筈だ。
人の念とは60兆個にも及ぶ細胞の集合体の感応模様である。
脳それも一部の脳だけの為せる技ではないのだ。
だから言霊の国・日本では、
本当に知ることを「腑に落ちる」と謂い、
覚悟を定めるのを「腹を決める」と謂う、
のである。
腑や腹は身体全体を象徴している。
日本人は分かっているのである。
脳の限界を。
・・・・・
神の言葉は如何…。
世の中には神の言葉を聞ける者がいるらしい。
所謂預言者である。
にわかには信じられない。
だが眉唾だとも思わない。
希にはいるのだろう。
私は未だ聞いたことがないが。
でも神の言葉を思うことはできる。
聖書に拠れば、
この世界を創ったのは神であり、
しかも神は言葉に依って創った、と。
「光あれと言ったら、そこに光があった…」…。
神の言葉こそが現実である。
この世界の現実なのである。
つまり世界は神の言葉で出来ていると謂うことだ。
それが聖書の世界観である。
にしても普通は神の声は聞こえない。
でも聞える者がいてもおかしくない。
預言者はいるのだ。
・・・・・
人の言葉は要注意である。
これは私の口癖だが。
念が現実(神の声)に添っていればいいのだが。
それは60兆個の細胞の多くが感応していれば、
ということだ。
それなら殻の内に心魂が有り、
その言葉は生きた言葉となる。
念が現実を離れればどうなるのか。
殻の内は似非心魂ばかりで、言葉は空虚に浮遊するのみ。
そんな言葉を弄してると己を見失う。
今世界にはそんな人が沢山いる。
貴様はもう死んでいる、てか当人は気付いてない。
それは観念論を振り回す輩であり、
脳(の一部)を重用する者である。
知識人、言論人に多い。
彼らは自由、平等、人権それに平和とかを連呼する。
しかして連呼するのみ。
現実には対応できない。
・・・・・
現実(神の声)に添う者は、
嘘を言わない、多言を弄しない、品格がある、否定を避ける、
他色々…。
リベラル・左派はまさにその反対である。
保守もまた揺れている。
特に戦後保守にはリベラルが隠れている。
要注意なのだ。
でも日本には神のごとき言葉を発するお方がおられる。
天皇陛下である。
そのお言葉と御製(和歌)は素晴らしい。
嘘がなく誠である。
人を侮らなく品格に満ちている。
何事をも否定しない。
まさに鑑である。
つまり殻なのである。
その中に人の念が入って、初めて生きた言葉となる。
念とは人が現実に感応した模様である。
人の心魂が現実に感応したものである。
故に生きた言葉には言霊が乗っている、
と謂われるのである。
・・・・・
では人のどこが感応するのか。
人の身体は60兆個もの細胞で出来ていると謂われる。
そも細胞は単体でこの世に出現した。
なら、一つひとつは本来独立した生命体である。
それらすべての細胞が感応してる筈だ。
人の念とは60兆個にも及ぶ細胞の集合体の感応模様である。
脳それも一部の脳だけの為せる技ではないのだ。
だから言霊の国・日本では、
本当に知ることを「腑に落ちる」と謂い、
覚悟を定めるのを「腹を決める」と謂う、
のである。
腑や腹は身体全体を象徴している。
日本人は分かっているのである。
脳の限界を。
・・・・・
神の言葉は如何…。
世の中には神の言葉を聞ける者がいるらしい。
所謂預言者である。
にわかには信じられない。
だが眉唾だとも思わない。
希にはいるのだろう。
私は未だ聞いたことがないが。
でも神の言葉を思うことはできる。
聖書に拠れば、
この世界を創ったのは神であり、
しかも神は言葉に依って創った、と。
「光あれと言ったら、そこに光があった…」…。
神の言葉こそが現実である。
この世界の現実なのである。
つまり世界は神の言葉で出来ていると謂うことだ。
それが聖書の世界観である。
にしても普通は神の声は聞こえない。
でも聞える者がいてもおかしくない。
預言者はいるのだ。
・・・・・
人の言葉は要注意である。
これは私の口癖だが。
念が現実(神の声)に添っていればいいのだが。
それは60兆個の細胞の多くが感応していれば、
ということだ。
それなら殻の内に心魂が有り、
その言葉は生きた言葉となる。
念が現実を離れればどうなるのか。
殻の内は似非心魂ばかりで、言葉は空虚に浮遊するのみ。
そんな言葉を弄してると己を見失う。
今世界にはそんな人が沢山いる。
貴様はもう死んでいる、てか当人は気付いてない。
それは観念論を振り回す輩であり、
脳(の一部)を重用する者である。
知識人、言論人に多い。
彼らは自由、平等、人権それに平和とかを連呼する。
しかして連呼するのみ。
現実には対応できない。
・・・・・
現実(神の声)に添う者は、
嘘を言わない、多言を弄しない、品格がある、否定を避ける、
他色々…。
リベラル・左派はまさにその反対である。
保守もまた揺れている。
特に戦後保守にはリベラルが隠れている。
要注意なのだ。
でも日本には神のごとき言葉を発するお方がおられる。
天皇陛下である。
そのお言葉と御製(和歌)は素晴らしい。
嘘がなく誠である。
人を侮らなく品格に満ちている。
何事をも否定しない。
まさに鑑である。