ことのは

初めに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。と、ヨハネは言う。まことに、言葉とは不可思議なものである。

日本人の心

2016-08-15 16:10:06 | 日記・エッセイ・コラム
ヤマトは大和と記す。
これがよく分からない。
倭とも記すが、これは蔑称である。
とはいえ特に抵抗はない。
漢字の半分は当て字である。
訓読みがそうである。
大和も当て字に違いない。
その意味は「大いに和する」ということか。
それをヤマトと読んでいる。
倭もヤマトと読む。
ワとも読む。
ワは音読みである。
ということは、
そもそも自分の国をワと言ってたのか。
だから倭という字を当てられたのか。
これもよく分からない。
でも倭と和は音は一緒である。
ということは、
日本人が倭という字を嫌って和に替えたのか。
たぶんそうだろう。
和だけでもヤマトだろうが、
その前に大を付けてヤマトとしたのだ。
なら、音としてのワとヤマトの関係は?
さっぱり分からない。
日本と記して、ヤマトとも読む。
これも当て字だが。
・・・・・
大和心はワに通じるのだろう。
聖徳太子の十七条の憲法にも記されている。
「和をもって尊しとなす」、
「何事も一人で決めない」とか。
ワの訓読みなら輪という字がある。
これなら辻褄が合う。
輪になって和やかに話し合う、ということで。
だから合議制なのか。
とはいっても勿論一般民衆は埒外であり、
それは主たる者(長)の寄合ではある。
それにしても非常に民主主義的なのである。
なぜこのようなことができたのか。
当時は今のような言葉(概念)はない。
例えば民主主義や人権等々。
なら、やはり和という言葉が鍵なのだろう。
日本人の心といえば、所謂大和心である。
本居宣長も和歌で詠っている。
だから知りたい、
和という言葉に対する当時の思いを。
でも今の感覚でしか分からない。
それがもどかしい。
・・・・・
私なりに思うところはある。
あくまでも今の感覚でだが。
本居宣長は「もののあわれ」と言っている。
茶の湯では「わび」「さび」という言葉が有名である。
これは千利休である。
私にはこれらは神道の精神のように思える。
すなわち「神ながらの道」「自然(じねん)の道」である。
ここで、道という言葉に注目する。
道という言葉が鍵だと思っている。
道とは自分の目の前に延びている。
線ではあるが、幅があるのである。
そこを通って行く。
それが生きるということだと。
道を行くということは、
その心は、
自分に問うことであり、
自分の内奥を通して神と向き合うことであり、
神への祈りである。
しかして道を外さず生きていく、
それが道の義(道義)、道の理(道理)、道の徳(道徳)であり、
人の道(人道)である。
道を外れれば、それを外道という。
さりながら外道も道である。
道の外にも道があるのだ。
日本は懐が深い。
そんなことを思う。