創価学会の信仰に功徳はあるか?

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408.学者の方々は創価の教学構築、御書や解説本作成に協力しないで欲しい

2017年05月30日 00時11分48秒 | 日蓮系遺文
宮田幸一さん、小林正博さん、前川健一さんなどの創価系の学者の方々に向けての記事だったのですが別の大きな問題が判明したので、一部分とし簡単に書きます。

●創価系の学者の方々にお願いしたいこと。

 創価系や創価大学系の学者の方々が創価学会員であるかどうか私は知りません。
宮田さんの声だけはYou Tubeで聞いて知っていますが、それだけです。
他の各々の方々の年齢や顔、経歴や家族構成などもしりません。
宮田さん、小林さん、前川さんの研究テーマが日蓮遺文関連だと考えて推測のもとに書いています。

結論から先に書くと、学者の方々は創価学会の教学構築と御書作成、解説本作成に可能な限り協力しないで欲しいです。
御書の盗用または剽窃について学会本部が公式に謝罪と賠償(御書交換など)を表明してから協力して欲しいです。
もう、改訂作業かあるいは教学構築と御書作成、解説本作成を「命令され」協力し始めているのかもしれませんが。
謝罪がないままだと、論文や本を読んで末端の創価学会員が余計、妄想し、つけあがるだけです。(創価はすごい、池田先生はすごい、日蓮はすごい)

有能な学者であるからこそ、私は学者の方々には創価学会を退会して欲しいと思います。
それは無理かもしれません。

 創価大学職員や東洋哲学研究所も退職して欲しいです。
やはり無理でしょうね。
日蓮系や天台法華などに私が転職先を紹介できれば良いのですが、私は全くの無力です。

●命令されていませんか?

 定年退職したら、以下の様な本を参考に社会への警鐘として体験を記録した本を出して欲しいです。
「オウムと私 林郁夫」

読めばわかりますが、有能なスキルと心のスキルは別問題だと私は考えています。
林郁夫は有能だったでしょうし、今でも有能でしょう。同じテストをしたら私は負けるでしょう。
彼自身の信仰体験の欲求と師匠である麻原との人間関係等々の彼のエゴを優先し、他人を劣後(後回し)にした結果が数々のオウム事件です。
高い医学のスキルを持ちながら、医学を悪用したのは言うまでもありません。

研究者は研究だけに没頭し、学会員、退会者、関係者間のトラブルは無視したいのかもしれません。
「自分さえ(自分の研究さえ)良ければ、他はどうなってもいい」という論理は法華経から出てくるのでしょうか?出てこないですよね。

オウムも創価も命令で動かされていることが多いのが重大なポイントです。
創価学会では仏意仏勅(ぶついぶっちょく)とよくいいます。勅とは勅命です。命令です。
オウムと創価の違いは人を殺したか、殺してないかだけであって、同じ命令です。学者からみたら盗用剽窃は裁判で判決が出なくても犯罪扱いではないですか?

御書全集の盗用または剽窃は、戸田城聖が指揮命令したに違いありません。

●盗用または剽窃にどこまで言及できるのでしょうか?

 日本宗教学会の宮田さんの発表がなされてから、どうなるか注目していました。
学会本部も軽率に早期にダメ出しをしましたね。あれは取り下げる命令だったのではないですか?
宮田さんを可哀想だとも思いますが、創価で飯を食っているから自業自得だとも思えます。

過去に原発事故では原発関連の学者に対し、御用学者という批判もありました。
マスコミに対しての批判の中に「報道しない自由」という社会的批判があります。

例えば、小林さんの論文を見ると創価にとって都合の悪いと思われる指摘がなされています。
しかしながら盗用と剽窃にまでは踏み込んでいません。
今後、創価のパクリ本の盗用と剽窃にまで、言及できるのでしょうか?出来ないのでは?
仮に言及したとしても1ページだけとか、オブラートに包まれて末端のオバちゃん創価学会員が十二分に反省出来るような文章になるのでしょうか?
学会本部からクレームが来て書き換えか取り下げを要求されるのではないでしょうか?

今年1月になる以前から私は学会系学者の方々を不愉快に思っていました。
それでも御書の盗用または剽窃が発覚しなければ、実名を上げてまで批判記事を書くことはなかったでしょう。
1月なかば以降、多くの問題点を見つけ、多くのことを考えましたが、霊艮閣版や昭和定本の批評をしている場合ではないと思います。

再度書きますが、学者の方々は創価学会の教学構築と御書作成、解説本作成に絶対に協力しないで欲しいです。

浅見定雄さん「“何を信じているか”ではなく“何をしているか”で判断する」

論文や出版は自由ですが、今後、どのような内容になるのか厳しく見られると思います。
御書の盗用または剽窃が発覚した以上、日蓮遺文に関係するとしても、保身ために創価寄りではなく、もっと一般民衆、一般社会寄りに関係を持って下さい。

 他には細かなことですが、創価に悪用されないよう、今後の論文や書籍の文章や構成に可能な限りガードをかけて欲しいです。
創価学会は会長の出版物でも平気で改ざんするので無駄かもしれませんが、何もしないよりマシでしょう。
宮田さんの発表があさってあたりに創価に突然採用されても驚きませんし、あまり興味はありません。カルトとして部分的に悪用され続けるだけだと思うからです。カルトとして捉えて考察するなら部分的に興味は持ってます。
数百年後か数十年後に金庫に金がなくなり、本部職員が折伏を初めたら、ようやく変わり初めるでしょう。

以上
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