創価学会の信仰に功徳はあるか?

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329.福運は法華経にも日蓮遺文にも出こない単語

2011年11月19日 23時53分41秒 | 創価学会
●福運という単語

 福運という単語を大蔵経テキストデータベースで検索してみると、
 実は法華経にすら出てこない単語だとわかる。
 雜阿含經のみ。(昔の中国ではお釈迦さんの教えに「経」「經」と付けて翻訳された。)



 日蓮遺文で検索しても一つも出てこない。(「福」なら検索すればある。)

参考リンク
 大蔵経テキストデータベース
 満月城岡山 日蓮大聖人御書全集
 犀の角のように独り歩め:日蓮遺文のテキストについて

 255.功徳の意味。 - 創価学会の信仰に功徳はあるか?
 69.「師弟不二」という単語は御書の何処にも無い - 創価学会の信仰に功徳はあるか?

●まとめ

 正宗系信徒会員にとって祈れば何でも叶うと信じている「絶対」と「運」は矛盾する。

 ネットで検索すると次のように見つかる。
 「釈尊出世の本懐である法華経でさえも末法の今日には まったく力はない」
 のだから、雜阿含經は無意味であるか、他宗の教えなので邪教なはず。
 最近の学会は、下記の教義において自己矛盾などから、「法華経の智慧」とかでごまかしをしていることをお忘れなく。

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池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」
「釈迦の法はもう過去のもので何の利益もない」

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」
「われわれは釈迦仏教に縁のない民衆であることを知らねばならない」

創価学会教学部編 「批判を破す」
「釈迦を本仏とするような狂学で、天下の創価学会に太刀打ちしようとしても、労多くして益なきことを知るべきだ」

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」
「釈尊出世の本懐である法華経でさえも末法の今日には まったく力はない」

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」
「この大御本尊を拝む以外に末法の衆生は基本的に幸福になれないのである。」

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」
「釈迦仏法など立てるのは去年の暦と同様で役に立たないしろものである。これを使用するから生活に破錠をきたすのは当然である。」
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以上。

2017/04/09
日蓮遺文を最も多く掲載している昭和定本からも「福運」という言葉は検索できません。
コメント (2)
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