創価学会の信仰に功徳はあるか?

コメントする人は「01.創価学会の信仰に功徳はあるか?を書く前に」を読んでね。

393-9.【年表と著作権法違反】御書全集(全ての版)その9

2017年01月30日 22時00分31秒 | 日蓮系遺文
1.注意事項

-------170223-------
 本記事は本文でも画像でも全てにおいて引用、転載を一切、禁止します。

本記事はリンクのみ許可します。
ツイッター、フェイスブック、他ツールからでも、本記事に飛べば許可します。
-------170223-------

 本記事は本文でも画像でも全てにおいて引用、転載、リンクを一切、禁止します。
本記事のURLについても、リンクでなくテキストベースであってもコピーペーストして転載することも禁止します。
今回は私のツイッターにもリンクしません。
必要であれば、ブログ01版記事に記載したメアドまで御連絡下さい。
リンクの許可を検討します。


2.行道文庫及び、日蓮宗霊断師会の皆様へ

 私は2005年頃に創価学会を退会し、今では浅井要麟さん、加藤文雅さん、稲田海素さん、鈴木一成さん、執行海秀さんの本を辞書代わりですが、少しずつ読むようになっています。
全てを理解してはいませんが、日蓮宗の皆さんの努力を尊敬する様になっています。
また過去にはJSCPRの脱カルト勉強会などで日蓮宗のお坊さんにもお世話になっています。

日蓮宗側の努力を認める記事ですので、行道文庫版の年表画像をブログに掲載しますが、その旨、ご理解いただきたく宜しくお願い致します。

3.創価学会版 御書全集の年表と行道文庫「日蓮聖人御遺文」の年表

 証拠は後にして先に本記事の結論から書きます。
創価学会の御書全集は初版から2015年7月第2版(270刷)まで全て、行道文庫版の年表を盗用または剽窃し、著作権法に違反していると思われます。

創価学会版の年表の記述を見ると以下の通りに推測されます。

3-1.行道文庫版年表のフォーマットをほぼ盗用し、学会版で簡易版にした。
3-2.年表の文章を盗用または剽窃し、そのまま掲載した。
3-3.年表の文章を盗用または剽窃し、少し変えて掲載した。
3-4.奥付のレイアウトを盗用または剽窃し、ほぼそのままのレイアウトで掲載した。

3-4については学会版の最近の版では修正済み。

行道文庫「日蓮聖人御遺文」著作権について
編集主任が、高佐貫長さん。編集担当に西川景文さん、片山随英さん。
行道文庫「日蓮聖人御遺文」の年表の著者は西川景文さんです。

高佐貫長さん、西川景文さん、片山随英さんについて、私はほとんど存じ上げません。
まず間違いないと思うのですが、遅くとも2月中に確認したいと思っています。

西川景文さんが1973年にお亡くなりですから2023年まで著作権保護期間があります。

仮に編集著作権まで適用できれば、片山随英さんの命日からの著作権保護期間までが問題になります。
もしも、重須47代、匡真院日幹(片山随英)という方であれば、命日が1997年(平成9年)5月26日ですから、2047年まで著作権保護期限が伸びることになります。

-------'170504-------
著作権侵害は親告罪であり、被害者である著作権者が告訴することで侵害者を処罰することが出来ます。二〇一七年5月時点では告訴されてないようですので、法律上の犯罪として確定していません。
-------'170504-------
この為、裁判になるかどうかは分かりませんが、裁判になれば宗教法人創価学会による著作権法違反が問題になります。
裁判になった場合は聖教新聞社でもなく末端会員でもなく学会本部本体のトップが裁判の対象となります。

-------'170223-------
西川景文さん、片山日幹さんのお二方の詳細が判明しました。

明治・大正・昭和 日蓮門下仏家人名辞典 出版社:国書刊行会 (1978/06)

西川景文さん


片山日幹さん

-------'170223-------



4.証拠

4-1.創価学会版「編年体 日蓮大聖人御書」で年表は何故か全く別物。

会員にとってはフォーマットが異なる2つの表は不要で、一つであれば分かりやすいです。

編年体が出た時点で、御書全集を廃版にするか年表だけでも編年体のものに差し替えればいいものを、奇妙にも2つの年表を出版する指示したのは池田大作ではないか?
もし裁判になった場合、池田大作を証人招致することが可能ではないか?
池田大作は再版から関わっているのが昭和二〇年代の聖教新聞に掲載されています。

4-2.本文は霊艮閣(蔵)版「日蓮聖人御遺文」を盗用または剽窃。

今後はペースを落としますが、2月いっぱい再版本文の問題点(誤記、盗用、剽窃など)を指摘するシリーズが続くと思います。

4-3.時期は不明だが、昭和30年代以降のどこかで創価学会版御書全集は行道文庫「日蓮聖人御遺文」の外箱の形と色をマネた。

4-4.上記3-4で指摘事項。奥付のレイアウトを盗用し、ほぼそのままのレイアウトで掲載した。

4-5.行道文庫「日蓮聖人御遺文」の年表 画像

昭和29年再版の年表と比較し盗用または剽窃したと思われる箇所に色をつけた。
西川景文さんのお名前の箇所の色付けはわかりやすさのためです。

サムネイル画像(クリックすると1200x800程度の画像の大きさになります。)

























4−6.編年体では何故か弟子檀那等列伝は削除されている。



☆まとめ

 きっかけは御書全集の再版に記載されている道元さんの記述が昭和50年代の御書全集から消えていることでした。
一体、日蓮系伝説のどこから引用しているのだろうと調べたら、行道文庫版年表の文章が部分的に全く同じであることに気が付きました。驚きました。

私は出版系の仕事をしたことがありません。
しかしながら、行道文庫版の奥付と年表と学会のそれらが、ここまで内容一致や類似し、対になる日蓮系出版物はおそらく皆無ではないでしょうか?
学会本部や聖教新聞はよく念仏は地獄行きとか日蓮宗は邪宗だとか言えたものです。
私には彼らの頭の中の思考が理解できません。恥知らずにも程があり、盗っ人猛々しいとはこのことでしょうか?


よくこれで昭和二十七年当時、宗教法人「創価学会」設立が東京都で認可されたものだと思います。
創価学会は公明党が存続するくらいあまりにも多くの人に関係し、多くの人に迷惑もかけてきました。
今からでも創価学会の宗教法人取り消しは出来ないのでしょうか?


5.今後の課題

(1).393-xシリーズの継続。

(2).昭和7年~27年の間の行道文庫版「日蓮聖人御遺文」の入手。-> 入手できました。調べます。

アテが全く無く入手困難。どなたか鉛筆かマーカーで書いても良い物を貸してくださるか、お譲りください。必ず、調べあげることをお約束します。初版は無理でも再版との比較が可能なのです。

(3).昭和27年「御書全集初版」の入手。本シリーズで「御書全集初版」の価値は下がったはず。ヤフオクか人伝で入手可能か?
信仰の価値としては「マイナス3000円」以下です。
(4).(2)と再版か初版の比較を行い、読み下し文が行道文庫版の盗用であるかをチェック。
(5).年譜、池田大作2巻3巻の入手。(1巻はもっています。)
(6).創価学会年表の入手。
(7).ブログ記事で書いた御書シリーズと393-xシリーズのまとめ。
(8).日蓮系書籍で年表があるものに限定して、年表や奥付が類似するものが2つのペア以外、他に全く無いか調べる。おそらく一つも出てこないと思います。

6.謝辞

既にお亡くなりだと思いますが、日蓮宗の僧侶Aさん。数十年程前にAさんのご指摘がなかったら私は本件に辿りつけませんでした。また、本件で様々に遺文集のアドバイスを頂いたBさん、このお二人に深く深く感謝します。

ブログ読者の皆様、ブログ立ち上げ当初から私にご協力頂いた皆様にも深く感謝します。

以上

修正01/31
道元さんの記述が50年代

道元さんの記述が昭和50年代

時期は不明だが、30年代以降

時期は不明だが、昭和30年代以降

修正02/17
盗用を指摘する

問題点(誤記、盗用、剽窃など)を指摘する

追記
-------'170504-------
著作権侵害は親告罪であり、被害者である著作権者が告訴することで侵害者を処罰することが出来ます。二〇一七年5月時点では告訴されてないようですので、法律上の犯罪として確定していません。
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393-8.年表の改ざん 御書全集(昭和29年再版)誤記 その8

2017年01月30日 21時44分24秒 | 日蓮系遺文
年表

昭和五十年代の御書全集と比較済み。
昭和二十九年再版時の御書全集は旧漢字です。

聖人、門下、一般仏教があちこち削除と修正されています。

サムネイル画像














都合が悪くても悪くなくても、昭和二十九年の段階から今に至るまで、日蓮と門下の見解、一般仏教において学会本部は変更することがある、というのは驚くべき点だと思います。

過去記事にも書きましたが、2015年の版では戒壇の大御本尊の記述は残っています。
2014年11月の教義改正で原田会長は「会則の教義条項にいう『御本尊』とは創価学会が受持の対象として認定した御本尊であり、大謗法の地にある弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません」と言っています。
なお、三大秘法抄なども別に記事を書きたいと思っています。

この年表は昭和五十年代と異なるわけですが、昭和二十九年の段階でこんなにもスカスカで簡単な表であり、要点でしかないわけです。
にもかかわらず、日蓮仏法や史実調査が固まってなかったというのは驚きです。
これでよく他宗を邪宗として誹謗中傷、非難出来たと思います。
戸田城聖、及び学会教学部のレベルの低さがわかります。


補足
やはり日本宗教学会での宮田幸一さんの発表は取り下げる必要はなかったと私は思います。

以上
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393-7.閻浮提中御書 白米一俵御書 御書全集(昭和29年再版)誤記 その7

2017年01月29日 19時06分59秒 | 日蓮系遺文
閻浮提中御書 白米一俵御書(全集一五八九、一五九六ページ)

今回だけは昭和五十年代の御書全集ではなく、
学会版御書全集2015年7月第2版(10刷)(270刷)と比較です。
昭和二十九年再版時の御書全集は旧漢字です。

本文末尾、五行が移動されています。
サムネイル画像
閻浮提中御書

白米一俵御書



次の写真は創価学会版 御書全集が霊艮閣蔵版のパクリである証拠です。
昭和二十年代当時の聖教新聞では日蓮宗を邪宗であると連日のように掲載していました。
白米一俵御書(霊艮閣蔵版では事理供養御書)

閻浮提中御書(霊艮閣蔵版では師子王御書)



今回だけ学会版御書全集2015年7月第2版(10刷)(270刷)です。
持ってない人が多いと思われるので、写真を掲載します。
閻浮提中御書

白米一俵御書


学会版御書全集2015年7月第2版(10刷)(270刷)では、霊艮閣蔵版と同じに修正されています。修正時期はおそらく平成初期です。聖教新聞でも修正の案内があったようです。

「大石寺に日蓮真筆遺文があるにもかかわらず!」初版の原稿執筆段階で霊艮閣蔵版の末尾の本文五行を閻浮提中御書から白米一俵御書に誤って移動してしまったのでしょう。
その根拠は霊艮閣蔵版の写真をよく見て下さい。

「霊艮閣蔵版では、白米一俵御書の次に掲載されているのは、閻浮提中御書だからです。」

白米一俵御書が続集P125〜P127まで。其のすぐ次に閻浮提中御書が続集P127〜となっています。
創価学会版 御書全集が霊艮閣蔵版のパクリであることが確定する証拠の一つと言って良いと私は考えています。


なお、霊艮閣蔵版では白米一俵御書は事理供養御書。閻浮提中御書は師子王御書という命名ですから注意して下さい。

更に問題点があります。
閻浮提中御書と白米一俵御書は、「大石寺の日蓮真筆遺文」です。
過去記事に書いたとおり、堀日亨が名義貸しをしただけで編さん(原稿執筆のこと)も(学会員が書いた)原稿の最終チェックもしなかった可能性が濃厚です。
堀日亨は大石寺の日蓮遺文は読んでいたはずです。

1952年(昭和二十七年)から1992年から93年頃だと思われますが四十年間以上もの間、日蓮の正統派であるはずの日蓮正宗創価学会(当時)が大石寺の日蓮真筆遺文を間違えていたことになります。

なお、昭和の編年体のほうも間違っています。


-------'170206-------'170511-------'170526-------'170531
追記修正
◯原文 漢字仮名交じり文

◯真蹟 事理供養御書 9紙・石山蔵
◯真蹟 師子王御書  断片7紙(第11-17紙)・石山蔵

◯各遺文ページ数
記載された表現のままにした為、漢数字と英数字で不統一にした。
本文先頭ページ数(該当ページ数)

学会版 御書全集 白米一俵御書 (全集一五九七ページ)
(昭和二九年再版)    すなわち命なり。美食を〜
(昭和五八年六月一二日) すなわち命なり。美食を〜
(一九八x年版)     すなわち命なり。美食を〜
(二〇一五年七月二版)  すなわち命なり。(終わり)

学会版 編年体(昭和四十九年)
白米一俵御書(霊艮閣蔵版では事理供養御書)一四四六(一四四七)昭和二九年版と同じ。
閻浮提中御書(霊艮閣蔵版では師子王御書) 一四六七(一四六八)昭和二九年版と同じ。

霊艮閣蔵版(昭和四二年版)
事理供養御書 続1_一二五〜一二七 すなわち命なり。(終わり)
師子王御書  続1_一二七〜    度々あだをな◯美食をさめぬ人〜

昭和定本 (c) 2003 改訂増補第三刷 平成一二年四月二八日
事理供養御書 2_一二六一ページ  すなわち命なり。美食を〜
師子王御書  2_一六〇八ページ  度々あだをなし、(終わり)

日蓮聖人全集 第四巻 信行 一九九三年三月十五日 第一刷
事理供養御書            すなわち命なり。美食を〜

立正安国会 日蓮大聖人御真蹟対照録 未確認

----
日蓮正宗 昭和新定 日蓮大聖人御書 二巻、三巻 
一九七九年(昭和五四年)七月一二日 再版
白米一俵御書(事理供養御書)P一六〇〇(一六〇二)すなわち命なり。(終わり)
閻浮提中御書(師子王御書) P一九四二(一九四四)度々あだをなし、美食を〜
一九四四の脚注に昭和定本のマークあり。

----
日蓮正宗 平成新編 日蓮大聖人御書 五版及びネットのPDF版(初版は平成六年)
白米一俵御書(事理供養御書)P一五四四(?)すなわち命なり。(終わり)
閻浮提中御書(師子王御書) P一三三二(?)度々あだをなす。美食を〜

----
日蓮正宗 平成校定 日蓮大聖人御書 初版
白米一俵御書(事理供養御書)P(一九九〇)すなわち命なり。(終わり)
閻浮提中御書(師子王御書) P(一六八八)度々あだをなす。美食を〜

----

行道文庫版(昭和五九年) 無し
行道文庫版(昭和七年)  無し
類纂高祖遺文録(大正版) 無し

-------'170206-------'170511-------'170526-------'170531




-------'170216-------
霊艮閣蔵版 事理供養御書 続1_一二五〜一二七 すなわち命なり。(終わり)
昭和定本  事理供養御書 2_一二六一ページ  すなわち命なり。美食を〜

霊艮閣蔵版(縮刷遺文)昭和六年の版、昭和四二年の版で同じ記述です。

サムネイル画像

サムネイル画像


昭和定本 師子王御書に【重大な】注意書きが有りました。
縮続127「但し堀日亨の説により、末尾の一節”美食”以下を事理供養御書の”命なり”以下に移す」*1
とあります。(霊艮閣蔵版 続1_一二七〜)

サムネイル画像

(c) 2003 日蓮宗

*1の注意書きの内容は、堀日亨が生きていた時のものでしょう。
それが現在でも昭和定本には消されること無く、しっかり書かれていました。
(どの遺文でも万一、新しい写本や学説が見つかり、問題があれば履歴から元に戻すことが可能です。)

堀日亨が学会版御書全集を編さんしていない何よりの証拠です。

堀日亨の発表に日蓮宗が気がついたのか、堀日亨が日蓮宗に訂正を具申したのかは私にもわかりません。
最初の記事をアップロードした時の
学会教学部が「本文五行を閻浮提中御書から白米一俵御書に誤って移動してしまった」
というのは一時的に取り下げます。
断簡になっている和紙がどちらの遺文についていたのか、ということなのでしょう。
和紙を見たことのある人でないと判断できません。

各遺文集で違いがある、ということは理解して下さい。
堀日亨が間違えた可能性も学会版が間違えて混乱のもとになった可能性も残っています。
学会本部は質問されて明快な理由を出せるのでしょうか。

-------'170216-------




●遺文命名について

過去記事で指摘したように昭和新修別巻をみれば、学会版御書以前に遺文集はたくさん出ており、昭和二十七年の段階でたとえ大石寺にある遺文でも、独自の遺文名を付けることは、学問的にも失敗であり、読む人、論文を書く人など、配慮がなく不親切だったと思います。
堀日亨がいくら碩学でも独自の遺文命名することを日蓮系全体で理解賛同を得られていたとは思えません。そんな証拠となる堀日亨の論文すら、何処にもないでしょう。
実際にこうして編集ミスしているわけですからね。

学会版御書全集の遺文命名がヘンテコである事を証明するために、日興門流における遺文命名の調査を行い、記事を書くつもりでしたが、其の気はすっかり無くなってしまいました。(笑)
本シリーズがあまりにも酷すぎて呆れて笑うしかありませんから。
戸田城聖と門下が心血を注いだという御書編さんが書かれているのが人間革命。その否定になっていることもお忘れなく。

日蓮正宗、佐藤慈豊の遺文命名が気になるところですが。。。。

以上

●参考リンク

410.昭和定本の事理供養御書(白米一俵御書)現代日本語訳 - 創価学会の信仰に功徳はあるか?

2017/1/31
御書全集2015年7月第2版(10刷)(270刷)のサムネイル画像のタイトルが逆。入れ替えた。

170216
見せ消しを追加した。
-------170216-------本文を追加
獅子王→師子王

追記修正
-------'170206-------'170511

-------'170511------- 昭和新定を追記。

'170526 各遺文ページ数に昭和新定、平成新編を追記
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393-6.浄土九品の事 御書全集(昭和29年再版)誤記 その6

2017年01月28日 00時18分01秒 | 日蓮系遺文
浄土九品の事(全集六九五ページ)

昭和五十年代の御書全集と比較済み。
昭和二十九年再版時の御書全集は旧漢字です。

線引きが修正されています。

サムネイル画像


創価学会版 御書全集「浄土九品の事」が霊艮閣蔵版からの盗用かは不明です。




「浄土九品の事」「浄土九品之事」
遺文名を要再調査 昭和定本と霊艮閣蔵版と類纂高祖遺文録(大正版)
-------170206-------
追記修正
◯原文 漢文
◯真蹟 西山本門寺

◯各遺文ページ数
記載された表現のままにした為、漢数字と英数字で不統一にした。
本文先頭ページ数(該当ページ数)

学会版 編年体(昭和四十九年) 一四一六(一四一六と一四一九)修正済
霊艮閣蔵版 続1_百九十(百九十一) 
行道文庫版(昭和五九年) 七六〇(七六一と七六四)修正済
行道文庫版(昭和七年)  七六〇(七六一と七六四)修正済
類纂高祖遺文録(大正版) 無し
昭和定本 3−二三〇六ページ
-------170206-------



学会版御書全集、昭和定本、行道文庫、昭和新修、霊艮閣版、細かいですがどれも線引きや改行が皆異なります。
但し、線引きや改行が異なっても「浄土九品の事」は大体の意味は、学会版を含めどれも通用します。が、明らかな誤記があるのは二十九年再版です。
明らかな誤記というのは、上品上生と六念が線引で結ばれている点で、これは二十九年再版だけです。
(昭和定本にも2ページ目の六念に大きな間違いがある?)

先の記事で、稲田海素さんの解釈があるのでは?と書いたのは、「浄土九品の事」に限れば行道文庫版が信徒向けにわかりやすく書いてあると思ったからです。
学会板を除くと、手元にある遺文の年代は新しい順に日蓮宗の昭和定本(平成十二)、行道文庫版(昭和五十九)、浅井要麟の昭和新修(昭和三十年代?)、霊艮閣蔵版(昭和四十二の版だが実際は二十年代か三十年代?)。
昭和新修(昭和三十年代?)、霊艮閣蔵版(昭和四十二の版だが実際は二十年代か三十年代?)は昔のまま変わってないと聞いています。

それぞれ表記が異なるため、「浄土九品の事」だけは学会版をある程度は擁護しないといけないかな、なんて考えていたのですが、学会以外の遺文を調べたら、やっぱり明らかな間違いが一つだけあるなんて、

つくづく学会って福運が無い。

そう思いました。
なお、日蓮正宗大石寺刊行の「昭和新定 日蓮大聖人御書」は昭和定本の盗用なんだそうですね。



●大事なことを改めて再度書いておきます。

日蓮正宗は学会員や正信会、顕正会を切り捨ててきましたし、学会も除名した事例が幾人もあります。どの日蓮正宗系教団も色々な人を傷つけてきました。

日蓮宗はJSCPRに関わったり、脱カルトの勉強会、現代宗教研究所が存在したりしています。日蓮の教えが絶対でないことを明言しています。現代宗教研究所は元々、学会対策の部門です。
過去記事を読めばわかりますが、私が脱カルトの勉強会に参加したときに、お坊さんから「日蓮の教えの全てが現代には通用しない。でも勤行や唱題の意味はあります。」(主旨)と教わりました。
日蓮宗から学会批判用に、日蓮の問題点と学会の問題点を併記した書籍が出版されていたりします。この書籍は学会員にはやや難しいので紹介するのを躊躇しています。
また私の場合ですが、日蓮さんの批判や間違いの指摘はしても、正宗系を除いた日蓮宗、日蓮系から誹謗中傷や悪口を言われたことはないですね。


以上
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393-5.一代五時継図 御書全集(昭和29年再版)誤記 その5

2017年01月26日 20時50分28秒 | 日蓮系遺文
一代五時継図 (全集六六六ページ)

昭和五十年代の御書全集と比較済み。
昭和二十九年再版時の御書全集は旧漢字です。

線引きが修正されています。

サムネイル画像


次の写真は創価学会版 御書全集が霊艮閣蔵版のパクリである証拠です。
昭和二十年代当時の聖教新聞では日蓮宗を邪宗であると連日のように掲載していました。


平成一二年第三版の昭和定本は二十九年再版時の記述と同じです。
真筆遺文はなく写本を未確認ですが、学会版御書の古いほうが正しく新しいほうが改ざんである可能性が残っています。
機会があれば確認したいと思っています。


2017/01/29追記
------------------------------------
弘法大師空海が唐土がわにある。
霊艮閣蔵
学会版再版
学会版2015年7月第2版(10刷)(270刷)

弘法大師空海が日本がわにある。
学会版 編年体(昭和四十九年)
学会版(昭和58年)
学会版昭和60年代
------------------------------------
何やってんだ。あいつら。。。。呆れる。


「一代五時継図」
-------170206-------
追記修正
◯原文 漢文
◯真蹟なし 三宝寺本

◯各遺文ページ数
記載された表現のままにした為、漢数字と英数字で不統一にした。
本文先頭ページ数(該当ページ数)

学会版 編年体(昭和四十九年) 一四七九(一四八七)
霊艮閣蔵版 2続_四十三(五十一) 
行道文庫版(昭和五九年) 無し
行道文庫版(昭和七年)  
類纂高祖遺文録(大正版) 無し
昭和定本 3−二四〇七ページ
-------170206-------



------------------------------------
●補足
どういう事かわからない人も多いでしょう。時系列を書いていませんでしたね。

1,学会版御書発刊までの経緯。

霊艮閣(蔵)版「日蓮聖人御遺文」の初版が、明治三七年に刊行。
第二続集まで追加されたのが大正九年。

行道文庫版 日蓮聖人御遺文の初版が、昭和七年に刊行。昭和四十七年に再版。

創価学会版が御書全集を刊行したのが、昭和二十七年。

霊艮閣(蔵)版と行道文庫版の2つから学会が盗用したのが濃厚です。
編年体だった霊艮閣(蔵)版をバラバラにして、(編年でなく)意味不明に並べ漢文を読み下しにしただけだけで、墨筆や真筆写真との対照を行ってないのが学会版御書全集です。行道文庫版の盗用は今後の記事を見て下さい。

2.今回、行っていること。

今回、私が行っているのは昭和五十年代の版と昭和二十九年再版の比較です。
(自分の昭和六十年代の版もありますが。)
更に、霊艮閣(蔵)版と昭和定本などをチェックしています。

3.疑問点

残念ながら現時点では、学会が霊艮閣(蔵)版と行道文庫版のそれぞれについて第何版を盗用したのかはわかっていません。
霊艮閣(蔵)版、行道文庫版のどの版が使われたのかを知りたいです。

日蓮宗、日蓮系在家教団、出版社等々の方で、霊艮閣(蔵)版、行道文庫版に詳しい方がいらっしゃいましたら御連絡下さい。
御書全集の初版が昭和二十七年ですから、その後の修正も含め昭和二十六年〜四十五年くらいの情報があれば、非常にありがたいです。
(私は行道文庫版の序文を読んでいますので、他の情報がほしいです。)

4,現時点での私の考察。

創価学会版御書全集がパクリであるという言い方が悪いのであれば、”過去において著作権違反だった。”ということです。また、盗用であるとの指摘は現在でも通用します。
稲田海素さんが1956年(昭和三十一年)に亡くなっていますから、著作権違反は2006年(平成十八年)までは成立していました。

婦人部のオバちゃんにもわかるように言うと、学会側が泥棒、盗賊、盗人だと私は思っています。
日蓮遺文にも律国賊とありましたね。
学会員は全員、過去に法律違反に該当した遺文を抱えて今も「学会正義!」と絶叫し折伏(布教のこと)しているわけです。


どうしても納得がいかないのであれば、今回の一連の記事を最後まで読んでよく考えてから反論をお願いします。まだ幾つもありますから。

創価学会員は折伏するさいに「幸せになれるよ」と言っていますが、実は著作権違反の御書を買っていたということです。これが「不幸」でなくて「恥」でなくて何でしょうか?
入信して御書全集を買うか、御供養(お布施)などのお金を払った時点で仏教思想に全く合わないですね。笑ってしまいます。
こうしたことが、優秀だと学会内で言われている堀日亨、戸田城聖、現在の池田大作、本部職員の会員サポートなのですから呆れてしまいます。

さて、問題です。
池田大作、本部職員は恥ずかしい御書を何時まで会員に持たせるのでしょうか?

学会員は法律違反の御書全集を知らずに買って勧誘していたわけですから、やはり魔の所為ですね。(笑)

日蓮宗などが裁判で学会を訴えなかったのは事実認識がなかったのもあるでしょうが、結果的には正解なんだと思います。小樽問答と2014年11月の教義改正を考えてみても学会が訴えられて当然です。裁判好きな学会は非仏教といって差し支え無いでしょう。

以上

01/29修正
著作権違反は2006年(平成十八年)までは成立していました。

02/05修正
漢文を読み下しにしただけなのが、学会版御書全集です。

漢文を読み下しにしただけだけで、墨筆や真筆写真との対照を行ってないのが学会版御書全集です。


参考文献

コメント (4)
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393-4.一代五時図 御書全集(昭和29年再版)誤記 その4

2017年01月25日 00時04分13秒 | 日蓮系遺文
一代五時図 (全集六一四ページ)

昭和五十年代の御書全集と比較済み。
昭和二十九年再版時の御書全集は旧漢字です。

線引きが修正されています。

(全集六一四ページ)
本文が修正されています。

サムネイル画像


次の写真は創価学会版 御書全集が霊艮閣蔵版のパクリである証拠です。
昭和二十年代当時の聖教新聞では日蓮宗を邪宗であると連日のように掲載していました。



一代五時図に限らずどの遺文も編集方針として、漢文か読み下しのどちらを採用するかの選択はありえます。
しかし、一代五時図のような図の場合、線引きや改行を間違えると図として成立しませんので大きなミスだと思います。
墨筆を確認の上、そのまま表す必要があったと思います。


「一代五時図」(中山廣本)
-------170206-------
追記修正
◯原文 漢文
◯真蹟 中山法華寺

◯各遺文ページ数
記載された表現のままにした為、漢数字と英数字で不統一にした。
本文先頭ページ数(該当ページ数)

学会版 編年体(昭和四十九年) 一七二(一七四) 学会版再版と同じ誤記。
霊艮閣蔵版 三百九十二(三百九十五) 学会版再版と同じ誤記。
行道文庫版(昭和五九年) 二七三(二七五) 修正済
行道文庫版(昭和七年)  
類纂高祖遺文録(大正版) 1236(1239) 漢文のまま。学会版再版と異なり正しい。
昭和定本 ページ
-------170206-------




堀日亨と戸田城聖が日蓮遺文のスペシャリストでなく素人だったことがわかります。
過去記事に書いたとおり、霊艮閣(蔵)版、行道文庫版は稲田海素さんが真筆や写本を確認の上、対照した記録が遺文集にそのまま記されています。




過去記事には行道文庫版の動画のリンクが有ります。良ければ参照して下さい。これも稲田海素さんの対照の証拠です。

稲田海素さんの対照した結果、霊艮閣(蔵)版などの記述が稲田さんの解釈だったのか写本などのミスだったのかは、今後の研究次第なのでしょうか?(日蓮真筆遺文そのものにも誤字誤記はあります。)
日蓮正宗の佐藤慈豊が編さんした遺文集、日蓮大聖人御書新集の内容も気になるところです。

(創価学会の日蓮大聖人御書全集は間違いだらけシリーズをよく読んで下さい。タイトルからは分かりにくいですが、388、389もこのシリーズに含まれます。)




以上

誤記 02/05
全集六十四

全集六一四
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393-3.和漢王代記 御書全集(昭和29年再版)誤記 その3

2017年01月24日 00時11分00秒 | 日蓮系遺文
和漢王代記(全集六〇八ページ)

昭和五十年代の御書全集と比較済み。
昭和二十九年再版時の御書全集は旧漢字です。

線引きがまるごと欠けています。

サムネイル画像


第五十二代の本文が修正されています。
第五十三代の箇所がまるごと欠けています。

サムネイル画像


次の写真は創価学会版 御書全集が霊艮閣蔵版のパクリである証拠です。
昭和二十年代当時の聖教新聞では日蓮宗を邪宗であると連日のように掲載していました。

サムネイル画像







「和漢王代記」
-------170206-------
追記修正
◯原文 漢字仮名交じり文
◯真蹟 西山本門寺

◯各遺文ページ数
記載された表現のままにした為、漢数字と英数字で不統一にした。
本文先頭ページ数(該当ページ数)

学会版 編年体 一四五四(一四六〇、一四六二)ページ 修正済。
霊艮閣蔵版 続1_一六四(続1_百七十三、百七十四、百七十六) 学会再版と同じ間違い。
行道文庫版(昭和五九年) 無し
行道文庫版(昭和七年)  無し
類纂高祖遺文録(大正版) 無し
昭和定本 3−二三四三ページ
-------170206-------


参考
同じ箇所の写真はありませんが、参考までに。
犀角独歩さんの「日蓮墨筆を読む」
犀の角のように独り歩め:日蓮墨筆を読む(61) 和漢王代記

以上
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393-2.主師親御書 御書全集(昭和29年再版)誤記 その2

2017年01月22日 23時27分00秒 | 日蓮系遺文
主師親御書(全集三八九ページ)

一箇所間違っています。昭和五〇年代の御書全集と比較済み。

昭和五〇年代の御書全集では
「竜女我女人の身を受けて女人の苦をつみしれり」

昭和29年再版時の御書全集は旧漢字です。
サムネイル画像



次の写真は創価学会版 御書全集が霊艮閣蔵版か 類纂高祖遺文録(大正版)のパクリである証拠です。
昭和20年代当時の聖教新聞では日蓮宗を邪宗であると連日のように掲載していました。

サムネイル画像



日蓮宗の遺文集である、昭和新修や昭和定本は全集と呼んでも差し支え無いと思います。
学会の御書全集は全集とは言えず、御書「部分集」「一部分集」です。
つまり背表紙や中表紙のタイトル(お題目)から既に間違っている、ということです。


「主師親御書」(釈尊三徳)
-------170206-------
追記修正
◯原文 漢字仮名交じり文
◯真蹟 無し 写本 本満寺本

◯各遺文ページ数(記載された表現のままにした為、漢数字と英数字で不統一にした。)
学会版 編年体 二十三(二十七)ページ 学会版再版と同じ。
霊艮閣蔵版 百二十(百二十七) 学会版再版と同じ。
行道文庫版(昭和五九年) 一七五 修正済
行道文庫版(昭和七年)  
類纂高祖遺文録(大正版) 1147(1152) 学会版再版と同じ。
昭和定本 1−四十五ページ
-------170206-------

以上
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393-1.土木殿御返事 御書全集(昭和29年再版)誤記 その1

2017年01月19日 23時35分16秒 | 日蓮系遺文
日蓮正宗 創価学会版 御書全集、昭和29年再版の誤記脱字を記事にします。

創価学会は日蓮正宗の法主や坊主の書き間違いを指摘し誹謗中傷しています。
同時に日蓮正宗大石寺は魔の住む山であり、行けば不幸になると言っています。

ところが、創価学会版 御書全集の昭和29年再版に誤記脱字が一〇箇所以上あります。
創価学会員が昭和20年代に幸福になったと錯覚したのは魔の所為としか言いようがありません。
おそらく初版にはもっと多くの間違いがあったのでしょう。
この時の御書全集は旧漢字です。昭和五〇年代の御書全集と比較済み。

土木殿御返事(全集九六四ページ)

昭和五〇年代の御書と比較すると三箇所修正されています。
「仕候なり」が抜けている。
「遣わし去るべく候、」
「方方」

サムネイル画像


次の写真は創価学会版 御書全集が霊艮閣蔵版のパクリである証拠です。
当時の聖教新聞では日蓮宗を邪宗であると連日のように掲載していました。
後日、ブログに書きたいと思っています。

サムネイル画像


-------170206-------
追記修正
◯原文漢文
◯真蹟 文永十年 京都本圀寺

◯各遺文ページ数(記載された表現のままにした為、漢数字と英数字で不統一にした。)
学会版 編年体 一四二八ページ 修正済
霊艮閣蔵版 続1−百五十二ページ
行道文庫版(昭和五九年) 無し
行道文庫版(昭和七年)  無し
類纂高祖遺文録(大正版) 無し
昭和定本 1−七五四ページ
-------170206-------




正しくは犀角独歩さんの「日蓮墨筆を読む」を参照して下さい。
犀の角のように独り歩め:日蓮墨筆を読む(96) 土木殿御返事-忽石灰虫


参考
奥付の画像
サムネイル画像


サムネイル画像



以上

'17/03/12
編年体を追記

予定
写真差し替えと誤記追加予定。

ダミータグ
編年体
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