創価学会の信仰に功徳はあるか?

コメントする人は「01.創価学会の信仰に功徳はあるか?を書く前に」を読んでね。

326-1.池田大作氏の入信神話は全くの嘘。人間革命の嘘。宗教と信仰の心理学 小口偉一

2011年08月22日 06時11分16秒 | 創価学会
新心理学講座 4
宗教と信仰の心理学
小口偉一 編
河出書房
1956年7月15日 発行

国会図書館請求記号140.8-Si4982
国会図書館検索から「新心理学講座 第4」「宗教と信仰の心理学」「140.8-Si4982」で検索のこと。

P57-P59
--------------------<引用ここから>--------------------
V 創価学会 E(男)

話しぶりも、人柄から受ける感じも
強い信念に燃えているような感じがみられる。
青年期までに病気ばかりしていた人とはとうてい思えない。折伏の時は強い戦士として教団内にも著名な人であり青年部の部長をしている。
現在大倉商事(金融会社ーーー前出)に勤務中。

「生まれは大森のノリ屋です。三歳くらいの時蒲田に移り、それ以後東京に住んでいるわけです。
小学校では栄養不良で三・四回も死にそこない、がんらい体が非常に弱かったんです。
終戦の年には六回目の肋膜をしていましたし、肛門性(コウモンネンパクビラン)のもので、耳や鼻などみんな悪く、血啖が出てたんです。
終戦の反動でなにかやりたいという気持ちがあって、学校時代の友人に誘われて創価学会の本部へいきました。
その友だちは哲学のいい話があるがこないか、とさそったのです。
私は友人と二人で行ったのですが、三、四〇人もいたでしょうか。五時間くらいもそこで締めあげられたのです。
南無妙法蓮華経は嫌いだったので、ずいぶん反対したのですが、理論で破れて信仰しなければいけないということになってしまったのです。
負けたのでシャクにさわってしかたがない。その時の感じをいえば、理論をうけとめる素地がないからわからない。
それだのに相手は確信を持って話している。こちらは観念的で浮いているような感じがしたのです。そのときの話はこうなんです。

『これから先のこと、二〇年先のことがわかるか。これから年をとって、その先のなんのために生きたかを考えることになるがそれならば今のうちに考えたらいいではないか。自分の宿命だけは自分でも知らないではないか。誰が援助しても、社会的に偉くなっても宿命だけはわからない。宿命は解決できるか、人生ひとたび死ぬではないか。苦しんで死ぬのはしかたない。この四つの全部がわかっていれば信仰の必要はない。分からなければ真面目に考えろ。信仰をしろ』というのです。

私はこれに答えられず、信仰すると答えたのです。それでお題目を唱えろということでしたが、はずかしくてしかたがなかったのです。
友人は入信しないで黙っていました。それから御本尊をお下げするという話で、私は三〇分間ほどいりませんとがんばったんです。
すると幹部の人がなだめて、むりやり私に押しつけました。
 家に帰っても三日間おがまずにほっておきました。
三日目にものすごい雷が鳴って、私の上ばかりでゴロゴロ鳴って私ばかり狙っているように思ったので、そのとき思わず南無妙法蓮華経と口をついて出ました。
それは高校を出て蒲田に勤めて出張していたときのことです。それからは、おがみはじめるとなんとなく一日安心感があって、おがまない日は仕事も何も落ち着かない。
それでおがむとこうなんだから信仰は大事だなあと思ったのです。それから一年は普通にやっていました。そのころはバチがこわかったのです。
前の信者さんたちが牢獄へいったということが気になりました。全部の宗教に反対するから必然的に弾圧される。その時はどうしようか、寝ても覚めても考え、やめるなら今のうちがよいと考えました。
二年目に「立正安国論」の講義を聞いてから、よし、よい勉強をしようと考えるようになりました。三年目の八月に戸田さんの出版に小僧から入りました。
信用組合にも入っていたんですが、アパートに住んで、給与もなく乞食同然で苦しくて仕方なかったんです。戸田のところへいったからというので、家からは勘当同然でした。
十四、五人の研究会からの仲間からもやられました。そこで御本尊さまにこの苦しみだけ逃れさして下さい。
という願いをして御題目を六〇万遍唱えることにしました。逃れなければやめようと思っていたのです。
それが不思議にも百日過ぎて急によくなってきたのです。その時先生は事業を譲っていましたが、それをこしてから完全になにからなにまでよくなって、
身体も、生活も、物質的にも、社会的地位も過分なまでによくなったんです。私の体験は三年だけです。信仰しなかったならば二三くらいで死んだだろうといわれています。信仰していなかったら貧乏で、病気で死んでいたでしょう。わたしは今それから六年経っていますがずっと順調で申し分のない幸を得ております。」

--------------------<引用ここまで>--------------------
読みやすさのために適宜、改行を施しました。

以前コメントに書いたものですが、よく問い合わせ等があるので追記して記事にします。
書籍は凄く古いものですが、池田大作氏の入信経緯が書かれています。
というわけで、人間革命の話はウソです。雷が鳴ってこわかったんだってさ。

「蒲田の友人宅」はウソ。
「戸田会長に折伏された」のもウソ。
「その場で戸田会長を師匠と思った」のもウソ。
「その場で即興の詩を述べた」のもウソ。
「その場で入信決意した」のもウソ。

>私はこれに答えられず、信仰すると答えたのです。

池田大作氏は信仰すると言ってしまったみたいですが、分からないこと、答えられないことがあっても信仰するかしないかは別な話です。
以前にも宗教の断り方として書いたとおり「興味がない」「信仰する気がない」こうした断り方を知らなかっただけなのでしょう。

●転載について

転載は01番記事通りご自由に。

私のブログだけでなく他のサイトにも文章の一部が見つかりますし、あまり意味がないかもしれませんが転載について。
この文章を記事にしなかった理由の一つとして法華講や顕正会の人が悪用することが問題だと思っています。

池田氏、及び学会が今でも「池田先生の入信神話」として嘘を言っていることは正宗系の人(法華講や顕正会など)でも批判してもいいでしょう。
但し、池田氏の信仰体験は個人のものなので批判対象でないこと。
無宗教な私に言わせれば思い込みや妄想か、元々の問題は食糧事情や戦争へのストレスなど現実的な別の理由でしょう。
信仰体験を語ったら駄目とはいいませんが、日連系に限らず、どの信仰体験も前後の言動次第で反宗教か他者他人への嫌がらせになると思います。

というわけで正宗系法華講や顕正会などの信徒会員で転載希望の方は私までご相談ください。
内部外部どちらの学会批判者や一般の人や迷惑を被った人、退会者の人には問題ないでしょうし、何を言われても仕方ないと思います。

●補足

教団都合な嘘、MCをたくさん教えられ、教団トップにしか利益のない末端信徒の獲得合戦、誹謗中傷合戦、罵倒合戦は非常に醜い争いですし、末端同士をみていると哀れだと私は思います。
末端の学会員が新聞配達や創価班任務、牙城会の任務などをするのも同じです。教団都合な嘘、MCをたくさん教えられて行動しているにすぎません。

どうしたらいいか?
どの正宗系教団にもつかないことがベストなのかも。日蓮宗もありますが、以前にも書いたとおりMCの残滓を考えれば自立したほうがいいと私個人は思います、
末端信徒の獲得合戦、誹謗中傷合戦、罵倒合戦をした人であればあるほど、仏教者どころか宗教者でも何でもなかったわけですから。
とある麻薬に対する依存に気がついてやめても、別の麻薬に手を出して同じ依存をしているようなものです。
正宗系教団を除いた宗教教団側が麻薬だとか100%問題がある、という断言ではありません。1個人の宗教への期待(創価学会は絶対。)や絶望(他宗は邪宗。この世は間違っている、と極端に思い込む等)こうした様々な関わり方が問題なのだと考えます。日蓮宗へ行っても同じような認識や期待では駄目でしょう。
正宗系教団にいてトップがそうであるように末端の人も反省も人格など(笑顔だとかきちんと返事をするとか)の向上も無かったわけですから、その辺りに気がついて欲しいと思います。
日蓮遺文や原始仏教の勉強も悪いことではありませんが、他に学ぶべきことはこの世にたくさん有る気がします。

日蓮遺文や曼荼羅本尊、法華経、唱題、祈り、どうしても信仰したければ何でもいいですけど、敵を作り争いを起こすアイテムや手段になっています。
(攻撃的な日蓮でなく)法華経や原始仏教の慈悲や許容をよく勉強して、教団都合な組織的な友人でなく、囚われないで趣味とかスポーツとかの友人を作ったら?
実際に教団都合な日蓮遺文や曼荼羅本尊、法華経、唱題、祈りは外部の友人作りに直接的に全く役に立たないのでは?

正宗系は他宗の批判をする際に細かい間違いを指摘しています。そして創価なのか?正宗なのか?どっちか?ではなくて、日蓮さんや日本仏教自体にどちらにも間違いがある、とも言えると思います。

●「池田先生の入信神話」についてその他のサイト

人間革命の著者は篠原善太郎
創価学会はカルトです: 『人間革命』の執筆体制と長期休載

池田大作作小説人間革命批判
http://www16.ocn.ne.jp/~a1133/925_1052105523.html
30,31あたりから。

リンク追記 2018年9月14日
シーザーさんのツイート: "印税、稼ぎまくったなw パクリだったけどな(大笑い) インチキのペテンのカス… "
サムネイル画像


'11.08.24 一部修正
'13.06.23 追記修正 国会図書館請求記号や見せ消し等
'16.10.下旬 参照引用を正確にした。
'18.09.14 リンク追記
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10 コメント

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Unknown (米山士郎)
2013-06-23 09:45:35
選挙まで目次に掲載
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Unknown (ななしさん)
2013-06-23 10:05:21
池田大作作小説人間革命批判
http://www16.ocn.ne.jp/~a1133/925_1052105523.html
の31番

--------------------<引用ここから>--------------------
そこで、小口偉一編『新心理学講座』第4巻とは別の資料を提示してみる。

 まず1つは、『聖教新聞』昭和32年10月18日付の「私の初信当時」欄。
 これは、名誉会長が青年部参謀室長として、新潟・長岡市での会合で自身の入信当時を振り返って語ったものを掲載している。
 「私が信仰したのは、丁度今から十年前の八月二十四日です。…折伏されたのは、前の本部です。前の本部は会長先生が事業をなさっていらっしゃった二階の八畳と六畳の二間でした。…私はそこで教学部長から折伏されたんですよ」

 小口偉一編『新心理学講座』のインタビューは昭和30年頃。この記事は32年。共に戸田会長の生前中であり、第三代会長就任前の名誉会長自身の談話である。それだけに信憑性は極めて高い。

--------------------<引用ここまで>--------------------
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小説「人間革命」とは (浜田勝利)
2016-06-15 11:56:06
小説「人間革命」は著者(池田)自身がフィクションとノンフィクションで書いていると述べている。
父親の猛反対を押し切って、戸田の事業(会社)に入っていることから、当初より、信仰の次元を超えて戸田への信頼と尊敬の念があったことは間違いない。又、有名な「地涌」の詩はこの間に作られている。小説「人間革命」に描かれた「池田」の入会シーンはフィクションであり、多くの学会員は歴史的事実であると感じていることも事実ではあるが、著者の池田自身が「学会本部で教学部長に折伏され」と公に会合で語っていることから、小説(フィクション)で描かれていることをもって、ウソをついて純真な会員を騙しているという表現は当らないと思う。
返信する
Unknown (米山士郎)
2016-06-16 20:28:20
浜田勝利さん

>小説「人間革命」は著者(池田)自身

まずこれが嘘ですね。
本当の作者は 篠原善太郎 でゴーストライターです。

>小説「人間革命」は著者(池田)自身がフィクションとノンフィクションで書いていると述べている。

「池田大作自身がフィクションとノンフィクションで書いていると述べ」たのは本当でしょうか?
貴方の思い込みではないですか?
池田大作が述べた証拠を提示して下さい。文献や新聞であればこちらでも探してみます。
それが本当であれば、創価の嘘がまた一つ増えるだけですけどね。

フィクションとノンフィクションの両方を書いているならば、どこがフィクションでどこがノンフィクションなのでしょうか?

どこがノンフィクションなのか具体的に書かないと不味いですよね。他宗や日蓮正宗への誹謗中傷があるのが人間革命です。
新入会者や婦人部に嘘を教えて、会合の勢いとしているわけですから、とても大きな問題があると思いますよ。

私の入信当初は池田大作の入信神話は「史実」扱いでした。
ところが、1999〜2002年頃TVの取材で創価学会の副会長が「人間革命はフィクション」といっています。
ところが、また一転して、近年の聖教新聞に記載された、随筆人間革命では「史実」扱いでした。

そしてあなたは池田大作の入信神話について「史実」だと思っているのですが、それとも「フィクション(作り話)」だと思っているのですか?
どちらですか?

2つのリンクは史実扱い。
創価教学随想 池田先生の入信
http://taniken3.blog114.fc2.com/?mode=m&no=70
8月の広布史|創価学会公式サイト
http://www.sokanet.jp/kaiin/kofushi/08.html
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小説「人間革命」 (浜田勝利)
2016-06-19 12:00:22
史実です。池田は昭和22年8月14日に蒲田での座談会に出席して初めて立正安国論を講義する戸田に会っています。そして有名な「地涌」の即興詩を詠んだのです。小説「人間革命」の記述の通りです。その場で入会はしておりません。入会は10日後の24日です。いわゆる「入信神話」なるものはもともと存在しないのです。
返信する
小説「人間革命」 (浜田勝利)
2016-06-20 15:59:45
別の課題ではありますが、お考えをお聞かせ下さい。

Q:教授は神を信じないとおっしゃいました。人生哲学は何ですか?

我々は1000億の銀河のうちのひとつの端で、
平均的な恒星の周りを回る小さな惑星上の霊長類の中の高度な種の1つでしかありません。
しかし、文明の夜明け以来、人々はこの世の潜在的秩序について理解したがっています。
宇宙の”境界条件”に関しては特別な何かがあるのでしょう。
人間の努力にも境界はありません。我々は皆違います。いかに不運な人生でも何かやれることはあり、成功できるのです。
命ある限る希望があります。
(天才的な宇宙物理学者 スティーブン・ホーキング博士)

ホーキング博士は人間は「広大な宇宙に浮かぶ小さな惑星(地球)の霊長類の中の人間という種にすぎない」というのである。
どこにも天国(神)は存在しない。存在するのは「秩序(法則)」だけであると。
ウソ(虚構)と真実という観点からみれば、人類の50%以上を占めるキリスト教、イスラム教は壮大なウソ(天国=虚構)の上に成り立っている宗教といえる。
しかし、キリストやマホメットは人類を導いた偉大な存在であることにはかわりがない。
返信する
Unknown (米山士郎)
2016-06-22 01:28:02
浜田勝利さん

「新心理学講座 4 宗教と信仰の心理学 小口偉一 編」「『聖教新聞』昭和32年10月18日付の「私の初信当時」欄。」を信用しないというわけですか。
当にマインドコントロールの典型例ですね。

マインドコントロールされると宗教学や心理学において「都合の悪いことは認めない」ということですね。
客観視できなくなり、良心すら持てなくなるという例でもあります。

2014年11月8日付けの聖教新聞三面に「創価学会会則 教義条項の改正」が 公表されましたが、熱心な学会員をみると哀れという他ありません。
私は日蓮正宗の在り方や日顕氏を批判していますが、僧俗において個人的に尊敬している人は数人います。

改正以降、一個人に特に理由がない限り学会員はどうかしていると思いますね。

私の時代は大石寺登山は必須であり「月に一回は登山しなさい」「10年続けたら大金持ちになれる、境涯革命できる」等々言われたものでした。

あなたが幾つの方か知りませんが、お若い方だと想像します。日蓮正宗系やアンチ創価のサイトを読むのはいやかもしれませんが、学会の歴史をよく調べたほうが良いと思いますよ。
返信する
Unknown (米山士郎)
2016-06-22 01:39:54
つい先日、「オウムと私」林郁夫 を本の山から見つけて再読しました。

医者という高い知能を備えながら、宗教のドグマにとらわれると、盲信し、客観視や世間の常識がかけ離れた理屈で林郁夫の脳内思考や理屈、行動、言葉があちこち異常なのがわかります。

浜田勝利さんにも読むことをおすすめします。

2つ目のコメントには特にお返事しませんが、少しだけ書いておきます。

私もこの世の不思議は存在すると想いますし、そうした不思議能力を持つ人を何人か知っています。
不思議能力を持つ人たちに必要以上に傾倒しませんし、バカにもしません。そうした不思議能力を持つ人が友人であってもなくても、どちらでも良いと思います。

------------
強盛の大信力をいだして法華宗の四条金吾、四条金吾と鎌倉中の上下万人、乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ。あしき名さへ流す。況(いわん)やよき名をや。何(いか)に況や法華経ゆへの名をや。女房にも此の由(よし)を云ひふくめて、日月(にちがつ)・両眼(りょうげん)・さう(雙)のつばさ(翼)と調(ととの)ひ給へ。
------------
過去の過ちを認めることは、時と場合によりけりですが、良き人の条件だと思いますよ。
返信する
小説「人間革命」 (浜田勝利)
2016-06-25 16:33:51
「人間」以外に「仏」はないのです。人間以上の仏はにせものなのです。(池田名誉会長---法華経の智恵より)
人間は人間以上のものにはなれない。人間以上の仏や神(諸天善神)はみな、にせものであり、インチキですと明快にのべられております。決してご自身のことを神格化しているわけではありません。

「すべて一代八万の聖教・三世十方の諸仏菩薩も 我が心の外にありとは ゆめゆめ想うべからず」(一生成仏抄)

私は仏教はどこまでも人格の向上を説いた教えと実践であると考えております。いわゆる、仏道修行という表現にこのことは、よく現れているのではないでしょうか。
不思議能力は否定しませんが、それは仏法とは何の関係の無いものであり、まして人格の向上には意味を為しません。一切衆生が仏であり、神(諸天善神)であるとする、日蓮仏法に卓越した偉大さをみるのです。
「人間革命」とはこの発想からきていると私は確信しております。この意味に於いて、名誉会長の言動からは
多くの示唆をいただき、それゆえ、尊敬と偉大さを抱いている次第なのです。
返信する
Unknown (米山士郎)
2016-06-26 01:14:00
浜田勝利さん

そのコメント文章は過去に私のブログでほとんど否定してます。

あなた方は日蓮仏法といいますが、私は
非仏教的な日蓮独自の教えだと思っています。
ほんとうの仏教は法華経も否定されます。

ただし、日本の伝統文化の中で「原始仏教とは異なった日本仏教」は存在します。

人様に嫌がらせしたり、迷惑をかけないのであれば「原始仏教とは異なった日本仏教」してもいいのでしょう。真言宗、日蓮宗、禅宗、天台、念仏宗を否定するなら、同時に学会や正宗も否定されると思います。
日蓮が仏教の正統派なんて笑ってしまいます。
ましてや学会や正宗が日蓮の正統派であるはずが無いでしょう。
私は正宗もカルト(セクト)だと思っていますが、マトモな人が全くいないかというとそうではありません。
マトモな人にあっても私を責めたり入信しろなどといいませんよ。そういう人達もいるのです。
信じられないでしょうけれど。

あなたは天台法華が座禅の修行をしていたことすら、ご存じないでしょう。

いろいろ書きましたが
01番記事にかいたとおり記事に沿ったコメントをお願いします。
池田氏の入信に関わるコメントや証拠でない限り、コメントは掲載しません。
迷惑です。
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