『信州川中島合戦』(『輝虎配膳』)
4回目にしてようやく輝虎が1枚づつ脱いでいく白い胴着の模様の違いを拝見。微妙に白の色合いも違っていた。やっぱり梅玉@輝虎は私的ツボのようだ。出てきた途端、ニマニマしてしまう。おひげを生やした武将が正装してまじめくさった顔して配膳する図なんてヘタすりゃ滑稽なだけになりそうなのにきちんと貫禄もあるし出の緊張感の保ちようが素晴らしいなあ。この方の声の涼やかさが輝虎が部下の忠告をまじめに受け入れようと努力しているという部分がちゃんと芯の通ったものになるだろう。でもやっぱり怒りだしちゃう短気ぷりが可愛い。あやうく輝虎のブロマイド写真を買ってしまうとこだった。もう一回観てたら買ったかも(笑)
越路@秀太郎さんが豪胆なクセのある老母ぷりに磨きがかかっていた。佇まいに存在感が増していたように思う。花道での引っ込みでのすべてを飲み込み覚悟を決めたような表情には圧倒させられました。反対に嫁のお勝@時蔵さんのホッとした爽やかな笑顔を見せ、いそいそと姑の後を追う。女二人の対照的な引っ込みが印象的でした。
それにしても時代物として本当に端正で良い舞台でした。
『素襖落』
吉右衛門@太郎冠者さんがノリまくっていた。いつもの愛嬌が自然と体からこぼれ落ちとても楽しそうに演じてらした。酔いっぷりも見事。やはりこの方は素晴らしいなあ。ニンに合いそうにないものでもしっかりモノにしてくる。
富十郎さん@大名某の声のハリがやはり戻ってきている。爽やかでスコーンと耳に入ってくる歯切れのいい台詞廻し。この方の歯切れのよさは誰にもマネできないだろう。これからもまだまだ活躍していただきたい。
『恋飛脚大和往来』「封印切」「新口村」
今月、4回ほどこの演目を観てやっぱり上方和事って難しいんだなあとつくづく思いました。上方の雰囲気を出すことの難しさ、はんなりな風情を出す難しさ、じゃらじゃらした軽みを出す難しさ、突っ込み芸の難しさ。そしてネイティブではない大阪弁をこなすことの難しさ。そして今回、江戸生まれ江戸育ちの染五郎がどこまで出せるか、その挑戦を観てきました。正直、残念だけど上方の雰囲気は最後まであまり出せてなかったように思う。まるで無いわけじゃなく、どことなく漂わせるとこまではいったかなあとも思うのだけどやはり上方ならではのねっとりした桃色オーラは薄味だったかな。こういうのって一朝一夕に出てくるものではないんだよね。でもね、それでも仁左衛門さん、秀太郎さんの強力バックアップの元で、とても良いものを観せてくれたなあと個人的には思います。きっと染ちゃんにとってこの経験はかなり大きなものとなるでしょう。そして孝太郎さんにとっても。この二人の頑張りに拍手。
今回はかなりのめり込んで観てしまったので染五郎@忠兵衛に贔屓目全開になりそうです。染ふぁん以外の方は割り引いて読んでください(笑)
「封印切」
1階の真近かで観てみて、未熟な部分が改めて見えてしまった部分もありました。特に「封印切」の前半、上方の雰囲気がどうしても出てなくて薄いままであった。こればかりはもう仕方ないかと思ってはいたのだけど、やはりもう少しふわふわじゃらけた雰囲気が欲しかったなあと贅沢な要求をしてしまう。柔らかさはだいぶ出てきていて、軽くひょこひょこと出てくる花道の出はとっても可愛らしかった。この浮世離れした感じは上方さを演じて出してるわけではなく染本人の柄からきてるものなんだろうなあ。だからなんつーかふにょふにょじゃなくてひょこひょこっと出てくる感じ?江戸風味のぼんぼんなんだよね。
それと「会いに行こうか行くまいか」の部分もサラサラと流れてしまう。だって染忠兵衛はもう会いに行くつもりなんだもん。逡巡してないわけよ。ととっ、と井筒屋の前に来ちゃう。でもそれが近くで観ると川さんにどうしても会いたいのね、と思ってしまってとっても可愛いく思えてしまう。だから対面した時の喜びがまあなんつーか笑ってしまうほどアホなんだわさ。「川ぁぁぁ~~」の甘えた声はどうよ。でまたその時の孝太郎さん@梅川の「忠ぅぅぅさぁぁん」がいじらしくって会えてうれしいって気持ちが爆発しておりました。
孝太郎さん@梅川がほんと急激に柔らか味が出てきたなあ。遊女らしいはんなりとした色気も随分と出てきてて、なにより台詞回しがふんわりと優しげで甘える口調になっていた。あ、これぞ梅川だ、と思いました。体もかなり殺してきてて染五郎@忠兵衛の胸元にすっぽりと入り込んでいた。
裏口でのらぶらぶモードは前で観る方がよりわかる。小さい声でお互いちょこちょこ言い合ってるんだね、知らなかった。お互いじゃらじゃら拗ねあってて、でもここは梅川が一枚上手。やっぱり姉さん恋人だ。ただ甘えてるだけの声じゃない、ちゃんと忠兵衛が行かないようにうまくうまく誘導している。その極め付けが「あっ、イタタ」なんだね(笑)。忠兵衛はもうすっかり梅川と離れられない。自分の弱さを自覚しつつも優先順位が梅川になってしまっている、そんな感じだ。この二人を見守る秀太郎さん@おえんがとっても優しいまなざしだ。二人のことを守ってやらなくちゃ、って本気で思ってる。それが伝わってきた。おえんさん、好きだ~。
そして、やっぱりこの後の後半の場がどんどん良くなっている。観るたびに緊張感が増すのはどういうことなんだろう。仁左衛門@八右衛門の悪態はもうほんと見事。とんとんと間がよくて、金持ちぼんぼんの嫌らしさ全開。それを2階で聞いている染忠兵衛の義太夫のノリのよさと心情の出し方も見事だった。あんなにきちんとノれる人だったんだー、と感激してしまった。あまりに自然に義太夫と合っていて染忠兵衛自身が声に出して語ってしまってるかのよう。どこかの今月の感想で、このシーンを染忠兵衛が語ってるかのように捉えている人がいた。違うよ、あれは体の動きだけで見せてるんだよ。
でね、ここって染忠さんばかり観ちゃうんだけど、ふと梅川のほうに視線を向けてみた。そしたら梅川が八右衛門の悪態に「違うもん、忠さん、そんな人じゃない、絶対違うもん」って表情をしているように見えた。ええっーー、忠兵衛と梅川の気持ちがシンクロしてるっ。そうか、そうなんかーーーと、ここでもう私は冷静に観られなくなってしまった。
染忠兵衛はほんとギリギリまで我慢してる。そして大好きな親父様のことも引き金になったと思うけど、でも最後は梅川の泣きが男の意地を奮い立たせるんだよ。梅川を泣かせてはおけない。その気持ちのように私には観えた。もう必死なんだよね。なんとかしなくちゃ、ただそれだけまるで余裕はなし。だってなんとかできる金は無いんだもの。あるのは御用金のみ。だから飛び出したものの恐いんだよね。「借りた50両は返した」とすでに半泣き。ごめん、ここやっぱ染ちゃん可愛い。それから八右衛門のネチネチとした挑発に対抗する時はもうほんとただただ必死の形相。この場って完全に染自身と忠兵衛が重なっていた。染なのか忠兵衛なのか、どちらが必死なのかもうわかんない。ここでの仁左衛門さん、ほんと恐くなってた。忠兵衛が持ってる金はどうやら彼自身の金じゃなさそうだと気が付いてる。それを冷静に追い詰めていく部分が垣間見えた。ここの八右衛門はちょっとリキが入っていた。染の必死の形相に触発されたのかな?と染に良いように考えてみた。
染忠兵衛は梅川のことをやっぱりすごく気にしてる。挑発に乗ったらおしまいだとわかってるんだけど、でもどうにしかしてやりたい。どうしよどうしよってパニくってる。梅川は期待してたのかな、忠兵衛のウソを信じたかったんだよね。冷静に考えたらお金は用意できてないってわかっただろうに。でもなんとかしてくれるって。だから八右衛門に追い込まれて焦って何もできない忠兵衛の姿につい泣いてしまう。梅川の泣きが忠兵衛の手に力を入れさせた。その一瞬の激情。最初は自分でもそんなことをしたのが信じられないかのような表情を見せて、そこから一気にいくんだね。覚悟とかそんなのはしてない、たぶんこの先の死が見えちゃったのかもしれない。まさしくここでの染は完全にどこかイっちゃってる空虚な目つきだった。そして梅川のほうをちょっと観て、そこで覚悟を決めたんだろうか、もう呆然としながらもそこからままよでどんどん封印切をしていっていた。この一瞬一瞬の心の動きが見事に表情に表れていた。もう痛々しくて泣けてきた。染は役に成りきっていたんじゃないかな。染ちゃんは時に染ちゃんじゃなくその役柄にしか見えない瞬間がある役者だ。染の色を色ととして強く出せないのは歌舞伎役者として損だろうか?でもそんな染ちゃんがやっぱり好きだ。
「あっ、やっちまったな」そんな表情を見せた仁左衛門さん@八右衛門の去り際の「この首が付いてはいない……」と言う時の凄みは恐かった。ああ、やっぱりわかっててやってたんだ。仁左さん、そんなに底意地の悪い八右衛門でいいんですか?と思った。最初の頃のちょっと可愛らしい八右衛門からプライドを傷つけられたら何しでかすかわからない金持ちぼんぼんになっていた。
八右衛門が去っていったあと、忠兵衛は逃げたくて逃げたくしょうがない。そんな様子に気が付かず身請けされたことにただただ喜ぶ梅川。ほんと無邪気に喜ぶんだよなー。うきうきしちゃって忠兵衛のことよくみてないのね。自分の嬉しさで手一杯。
はい、ここからきましたよ。ええ、キターーーーー!でした、二人とも。忠兵衛の「一緒に死んでくれ」の切羽詰った様子の切なさよ。これだーーー。正直、染はこの日ちょっとばかり声が出ていなかった。ああ、やっぱり嗄れちゃったかと。だからここの部分の悲痛さをどこまで出せるかなあと思っていたけど、嗄れた声が逆にプラスに出た部分があった。必死に搾り出すその声がすごく切なかった。Bestな声のときの切羽詰った台詞廻しを本当は聞きたかったけど、でも今回はこれで十分だ。弱くて自分だけでは自分を支えきれない、そんな弱さがあった。梅川も「どうしょう~」って嘆くところが「私がさせたんだ、私だ…忠さんごめん、どうしょう」そんな気持ちが含まれていた。やっぱりすごく切ない嘆きだった。最初の頃は「忠さん、なんてことを」というニュアンスが強かったと思うのだけど先週から、二人のこととして嘆いていた。ここ、「忠さん、梅川はわかってくれてるよ」ってうれしかったなあ。染忠さんは孤独じゃないんだよね、ここで。しっかり二人の絆があって。だから孝太郎さん@梅川がここまでもってきてくれたのがうれしくて、心のなかでありがとうって思った。
取り繕って店に出た途端、恐怖に打ち震える二人。花道から去っていく二人の絶望感がひしひしと伝わってきた。先が無い、ただただ逃げるしかない二人に胸が締め付けられた。おえんさんは事情を知らないから笑顔なんだよね。そのコントラストになんともいえない気持ちになった。
もうここまで書く自分が恥ずかしい。アホなのは私だよ。なんでここまで入れ込んでるのよ…。と自己ツッコミをしないと書いてられません…。書いちゃったけどさ。
「新口村」
観るたびにどんどん梅川・忠兵衛が美しくなっている。贔屓目じゃないと思うのよ。何度も観てるからアラも見えてくると思ったんだけど、浅黄幕が落とされた時の出の二人がほんとに美しいの。若い役者がやるからこその透明感があるからだろうか。二人とも儚くてもろい人形のようだ。特に染ちゃんは一瞬本物の文楽人形のように見える。ほっかむりした姿に硬質な崩れそうな美しさがある。そしてふわっと動き出して、ちゃんと血が通った人間なんだってちょっとホッとする。ここの二人の仕草がなんともいえない。お互いのいたわりようが優しくて。帯を直したり、冷え切った手を温めあったり、さりげない仕草がとても印象的に映る。
最初のうちは忠兵衛が男として頑張ってるんだよね。自分が知ってる土地だからなるべく梅川を不安にさせないようにと。でも、父の姿を見た途端、ダメなんだよ。父恋しさの子供に帰っちゃう。やっぱ弱い人だよなあ。梅川はそんな忠さんを守ろうとする。だから姉さん女房になっちゃうんだよね。情味がますます出てきてより優しい梅川を出そうとしているのが見えた。そりゃあ、やっぱり雀右衛門さんの梅川と較べたら深みとかふわ~と漂う色気とかちょとした可愛らしさとかはまだまだ足りないんだけど、これはやはり一朝一夕ではなかなか出ないものだものね。
この場は仁左衛門さん@孫右衛門の花道の出の細かい芸に感心した。雪道を歩いているのがよくわかる。父親としての切ない想いもやはり深くなっていた。ここでの仁左衛門さんはとても小さく見える。老人の身体をしっかり作ってくる。さきほどまで八右衛門だったとは信じられない。やっぱり上手いよなあ。
でも今回ばかりはどうしても梅川・忠兵衛に思い入れが深くなってて二人ばかり観ていた。一緒に死ぬことも出来ない二人の逃避行が切なくて切なくて。
4回目にしてようやく輝虎が1枚づつ脱いでいく白い胴着の模様の違いを拝見。微妙に白の色合いも違っていた。やっぱり梅玉@輝虎は私的ツボのようだ。出てきた途端、ニマニマしてしまう。おひげを生やした武将が正装してまじめくさった顔して配膳する図なんてヘタすりゃ滑稽なだけになりそうなのにきちんと貫禄もあるし出の緊張感の保ちようが素晴らしいなあ。この方の声の涼やかさが輝虎が部下の忠告をまじめに受け入れようと努力しているという部分がちゃんと芯の通ったものになるだろう。でもやっぱり怒りだしちゃう短気ぷりが可愛い。あやうく輝虎のブロマイド写真を買ってしまうとこだった。もう一回観てたら買ったかも(笑)
越路@秀太郎さんが豪胆なクセのある老母ぷりに磨きがかかっていた。佇まいに存在感が増していたように思う。花道での引っ込みでのすべてを飲み込み覚悟を決めたような表情には圧倒させられました。反対に嫁のお勝@時蔵さんのホッとした爽やかな笑顔を見せ、いそいそと姑の後を追う。女二人の対照的な引っ込みが印象的でした。
それにしても時代物として本当に端正で良い舞台でした。
『素襖落』
吉右衛門@太郎冠者さんがノリまくっていた。いつもの愛嬌が自然と体からこぼれ落ちとても楽しそうに演じてらした。酔いっぷりも見事。やはりこの方は素晴らしいなあ。ニンに合いそうにないものでもしっかりモノにしてくる。
富十郎さん@大名某の声のハリがやはり戻ってきている。爽やかでスコーンと耳に入ってくる歯切れのいい台詞廻し。この方の歯切れのよさは誰にもマネできないだろう。これからもまだまだ活躍していただきたい。
『恋飛脚大和往来』「封印切」「新口村」
今月、4回ほどこの演目を観てやっぱり上方和事って難しいんだなあとつくづく思いました。上方の雰囲気を出すことの難しさ、はんなりな風情を出す難しさ、じゃらじゃらした軽みを出す難しさ、突っ込み芸の難しさ。そしてネイティブではない大阪弁をこなすことの難しさ。そして今回、江戸生まれ江戸育ちの染五郎がどこまで出せるか、その挑戦を観てきました。正直、残念だけど上方の雰囲気は最後まであまり出せてなかったように思う。まるで無いわけじゃなく、どことなく漂わせるとこまではいったかなあとも思うのだけどやはり上方ならではのねっとりした桃色オーラは薄味だったかな。こういうのって一朝一夕に出てくるものではないんだよね。でもね、それでも仁左衛門さん、秀太郎さんの強力バックアップの元で、とても良いものを観せてくれたなあと個人的には思います。きっと染ちゃんにとってこの経験はかなり大きなものとなるでしょう。そして孝太郎さんにとっても。この二人の頑張りに拍手。
今回はかなりのめり込んで観てしまったので染五郎@忠兵衛に贔屓目全開になりそうです。染ふぁん以外の方は割り引いて読んでください(笑)
「封印切」
1階の真近かで観てみて、未熟な部分が改めて見えてしまった部分もありました。特に「封印切」の前半、上方の雰囲気がどうしても出てなくて薄いままであった。こればかりはもう仕方ないかと思ってはいたのだけど、やはりもう少しふわふわじゃらけた雰囲気が欲しかったなあと贅沢な要求をしてしまう。柔らかさはだいぶ出てきていて、軽くひょこひょこと出てくる花道の出はとっても可愛らしかった。この浮世離れした感じは上方さを演じて出してるわけではなく染本人の柄からきてるものなんだろうなあ。だからなんつーかふにょふにょじゃなくてひょこひょこっと出てくる感じ?江戸風味のぼんぼんなんだよね。
それと「会いに行こうか行くまいか」の部分もサラサラと流れてしまう。だって染忠兵衛はもう会いに行くつもりなんだもん。逡巡してないわけよ。ととっ、と井筒屋の前に来ちゃう。でもそれが近くで観ると川さんにどうしても会いたいのね、と思ってしまってとっても可愛いく思えてしまう。だから対面した時の喜びがまあなんつーか笑ってしまうほどアホなんだわさ。「川ぁぁぁ~~」の甘えた声はどうよ。でまたその時の孝太郎さん@梅川の「忠ぅぅぅさぁぁん」がいじらしくって会えてうれしいって気持ちが爆発しておりました。
孝太郎さん@梅川がほんと急激に柔らか味が出てきたなあ。遊女らしいはんなりとした色気も随分と出てきてて、なにより台詞回しがふんわりと優しげで甘える口調になっていた。あ、これぞ梅川だ、と思いました。体もかなり殺してきてて染五郎@忠兵衛の胸元にすっぽりと入り込んでいた。
裏口でのらぶらぶモードは前で観る方がよりわかる。小さい声でお互いちょこちょこ言い合ってるんだね、知らなかった。お互いじゃらじゃら拗ねあってて、でもここは梅川が一枚上手。やっぱり姉さん恋人だ。ただ甘えてるだけの声じゃない、ちゃんと忠兵衛が行かないようにうまくうまく誘導している。その極め付けが「あっ、イタタ」なんだね(笑)。忠兵衛はもうすっかり梅川と離れられない。自分の弱さを自覚しつつも優先順位が梅川になってしまっている、そんな感じだ。この二人を見守る秀太郎さん@おえんがとっても優しいまなざしだ。二人のことを守ってやらなくちゃ、って本気で思ってる。それが伝わってきた。おえんさん、好きだ~。
そして、やっぱりこの後の後半の場がどんどん良くなっている。観るたびに緊張感が増すのはどういうことなんだろう。仁左衛門@八右衛門の悪態はもうほんと見事。とんとんと間がよくて、金持ちぼんぼんの嫌らしさ全開。それを2階で聞いている染忠兵衛の義太夫のノリのよさと心情の出し方も見事だった。あんなにきちんとノれる人だったんだー、と感激してしまった。あまりに自然に義太夫と合っていて染忠兵衛自身が声に出して語ってしまってるかのよう。どこかの今月の感想で、このシーンを染忠兵衛が語ってるかのように捉えている人がいた。違うよ、あれは体の動きだけで見せてるんだよ。
でね、ここって染忠さんばかり観ちゃうんだけど、ふと梅川のほうに視線を向けてみた。そしたら梅川が八右衛門の悪態に「違うもん、忠さん、そんな人じゃない、絶対違うもん」って表情をしているように見えた。ええっーー、忠兵衛と梅川の気持ちがシンクロしてるっ。そうか、そうなんかーーーと、ここでもう私は冷静に観られなくなってしまった。
染忠兵衛はほんとギリギリまで我慢してる。そして大好きな親父様のことも引き金になったと思うけど、でも最後は梅川の泣きが男の意地を奮い立たせるんだよ。梅川を泣かせてはおけない。その気持ちのように私には観えた。もう必死なんだよね。なんとかしなくちゃ、ただそれだけまるで余裕はなし。だってなんとかできる金は無いんだもの。あるのは御用金のみ。だから飛び出したものの恐いんだよね。「借りた50両は返した」とすでに半泣き。ごめん、ここやっぱ染ちゃん可愛い。それから八右衛門のネチネチとした挑発に対抗する時はもうほんとただただ必死の形相。この場って完全に染自身と忠兵衛が重なっていた。染なのか忠兵衛なのか、どちらが必死なのかもうわかんない。ここでの仁左衛門さん、ほんと恐くなってた。忠兵衛が持ってる金はどうやら彼自身の金じゃなさそうだと気が付いてる。それを冷静に追い詰めていく部分が垣間見えた。ここの八右衛門はちょっとリキが入っていた。染の必死の形相に触発されたのかな?と染に良いように考えてみた。
染忠兵衛は梅川のことをやっぱりすごく気にしてる。挑発に乗ったらおしまいだとわかってるんだけど、でもどうにしかしてやりたい。どうしよどうしよってパニくってる。梅川は期待してたのかな、忠兵衛のウソを信じたかったんだよね。冷静に考えたらお金は用意できてないってわかっただろうに。でもなんとかしてくれるって。だから八右衛門に追い込まれて焦って何もできない忠兵衛の姿につい泣いてしまう。梅川の泣きが忠兵衛の手に力を入れさせた。その一瞬の激情。最初は自分でもそんなことをしたのが信じられないかのような表情を見せて、そこから一気にいくんだね。覚悟とかそんなのはしてない、たぶんこの先の死が見えちゃったのかもしれない。まさしくここでの染は完全にどこかイっちゃってる空虚な目つきだった。そして梅川のほうをちょっと観て、そこで覚悟を決めたんだろうか、もう呆然としながらもそこからままよでどんどん封印切をしていっていた。この一瞬一瞬の心の動きが見事に表情に表れていた。もう痛々しくて泣けてきた。染は役に成りきっていたんじゃないかな。染ちゃんは時に染ちゃんじゃなくその役柄にしか見えない瞬間がある役者だ。染の色を色ととして強く出せないのは歌舞伎役者として損だろうか?でもそんな染ちゃんがやっぱり好きだ。
「あっ、やっちまったな」そんな表情を見せた仁左衛門さん@八右衛門の去り際の「この首が付いてはいない……」と言う時の凄みは恐かった。ああ、やっぱりわかっててやってたんだ。仁左さん、そんなに底意地の悪い八右衛門でいいんですか?と思った。最初の頃のちょっと可愛らしい八右衛門からプライドを傷つけられたら何しでかすかわからない金持ちぼんぼんになっていた。
八右衛門が去っていったあと、忠兵衛は逃げたくて逃げたくしょうがない。そんな様子に気が付かず身請けされたことにただただ喜ぶ梅川。ほんと無邪気に喜ぶんだよなー。うきうきしちゃって忠兵衛のことよくみてないのね。自分の嬉しさで手一杯。
はい、ここからきましたよ。ええ、キターーーーー!でした、二人とも。忠兵衛の「一緒に死んでくれ」の切羽詰った様子の切なさよ。これだーーー。正直、染はこの日ちょっとばかり声が出ていなかった。ああ、やっぱり嗄れちゃったかと。だからここの部分の悲痛さをどこまで出せるかなあと思っていたけど、嗄れた声が逆にプラスに出た部分があった。必死に搾り出すその声がすごく切なかった。Bestな声のときの切羽詰った台詞廻しを本当は聞きたかったけど、でも今回はこれで十分だ。弱くて自分だけでは自分を支えきれない、そんな弱さがあった。梅川も「どうしょう~」って嘆くところが「私がさせたんだ、私だ…忠さんごめん、どうしょう」そんな気持ちが含まれていた。やっぱりすごく切ない嘆きだった。最初の頃は「忠さん、なんてことを」というニュアンスが強かったと思うのだけど先週から、二人のこととして嘆いていた。ここ、「忠さん、梅川はわかってくれてるよ」ってうれしかったなあ。染忠さんは孤独じゃないんだよね、ここで。しっかり二人の絆があって。だから孝太郎さん@梅川がここまでもってきてくれたのがうれしくて、心のなかでありがとうって思った。
取り繕って店に出た途端、恐怖に打ち震える二人。花道から去っていく二人の絶望感がひしひしと伝わってきた。先が無い、ただただ逃げるしかない二人に胸が締め付けられた。おえんさんは事情を知らないから笑顔なんだよね。そのコントラストになんともいえない気持ちになった。
もうここまで書く自分が恥ずかしい。アホなのは私だよ。なんでここまで入れ込んでるのよ…。と自己ツッコミをしないと書いてられません…。書いちゃったけどさ。
「新口村」
観るたびにどんどん梅川・忠兵衛が美しくなっている。贔屓目じゃないと思うのよ。何度も観てるからアラも見えてくると思ったんだけど、浅黄幕が落とされた時の出の二人がほんとに美しいの。若い役者がやるからこその透明感があるからだろうか。二人とも儚くてもろい人形のようだ。特に染ちゃんは一瞬本物の文楽人形のように見える。ほっかむりした姿に硬質な崩れそうな美しさがある。そしてふわっと動き出して、ちゃんと血が通った人間なんだってちょっとホッとする。ここの二人の仕草がなんともいえない。お互いのいたわりようが優しくて。帯を直したり、冷え切った手を温めあったり、さりげない仕草がとても印象的に映る。
最初のうちは忠兵衛が男として頑張ってるんだよね。自分が知ってる土地だからなるべく梅川を不安にさせないようにと。でも、父の姿を見た途端、ダメなんだよ。父恋しさの子供に帰っちゃう。やっぱ弱い人だよなあ。梅川はそんな忠さんを守ろうとする。だから姉さん女房になっちゃうんだよね。情味がますます出てきてより優しい梅川を出そうとしているのが見えた。そりゃあ、やっぱり雀右衛門さんの梅川と較べたら深みとかふわ~と漂う色気とかちょとした可愛らしさとかはまだまだ足りないんだけど、これはやはり一朝一夕ではなかなか出ないものだものね。
この場は仁左衛門さん@孫右衛門の花道の出の細かい芸に感心した。雪道を歩いているのがよくわかる。父親としての切ない想いもやはり深くなっていた。ここでの仁左衛門さんはとても小さく見える。老人の身体をしっかり作ってくる。さきほどまで八右衛門だったとは信じられない。やっぱり上手いよなあ。
でも今回ばかりはどうしても梅川・忠兵衛に思い入れが深くなってて二人ばかり観ていた。一緒に死ぬことも出来ない二人の逃避行が切なくて切なくて。