ブログ 「ごまめの歯軋り」

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平成経済 衰退の本質

2021年04月16日 | 書評
京都市下京区堀川通 「西本願寺 北小路門」

金子勝 著 「平成経済 衰退の本質」 

岩波新書(2019年4月)

第1章 資本主義は変質した  (その3)

② 1997年で経済社会が変った  (その1)
日本のバブルは中曽根政権(1982-87)に始まった。世界の「新自由主義」三羽烏のロン、ヤス、サッチャーともてはやされた時代である。86年に多額の公共事業による内需喚起、円高に対処するため日銀は金融緩和姿勢を取った。85年のプラザ合意と日米構造協議が重なってバブル経済の起因となった。バブル崩壊後の不良債権処理に失敗し、日本経済は「失われた10年」という長期停滞に陥った。47兆円の公的資金と投入した監督官庁の責任も経営者責任も問われず、銀行は中小企業に対して貸し渋り、貸し剥がしを行なって、信用収縮を引き起こした。自らは合併を繰り返し「大きくて潰せない」状況を作り出した。民間債務は公的機関の債務に付け替え、法人税減税や繰越欠損金の拡大を繰り返した。法人税率はリーマンショック後に30%から23%に引き下げ、繰越欠損金は97年以降には90兆円を超えた。97年の金融危機を契機に「失われた20年」に入った。名目GDPは97年以降全く増加せず、2008年のリーマンショックで減少した。国の長期債務残高は97年より急激に膨張した。平成の「長期停滞 デフレ」は膨大な財政赤字でようやく経済成長率を持たせていたことがわかる。その結果財政赤字だけが膨張し続けて経済の衰退が進行した。ドル建てで各国GDPを見ると、2017年アメリカのGDPは日本の4倍、中国は日本の2.5倍となり日本の地位低下が著しい。もはや物つくり日本の開発能力、信頼性は地に落ちた。経済成長率の低迷の根は深い。安倍政権は「生産性革命」という言葉で対応するというが、その実は「働き方改革」で賃金を払わない無制限残業の強制や、日銀や年金基金によるETF株購入によるバブル経済を煽る手法でも「生産性」は上がるのである。三つの年金基金と日本郵政による日本株を大量に買って株価を支えている。今の株式市場はまさに「官製相場」といわれる。

経済成長が失われた最大の原因は、何よりも産業衰退が著しいことである。この無責任体制が生み出した「失われた30年」の間に、アメリカや中国に大きく引き離され、産業の国際競争力がどんどん低下したことがある。スパコン、半導体、液晶・テレビ、ソーラー電池、スマートフォン、カーナビなどの日本製品は市場から追い出され、リチウムイオン電池さえ主導性を失った。その遠因は1986年と1991年の日米半導体協定に遡る。こうした日米構造協議以降アメリカの圧力下に次々と譲歩を重ね、コンピューターや情報通信産業において徹底的に後れを取った。アメリカの圧力に譲歩して日本の産業利益を守るという伝統的手法(農産物―繊維―軽工業品―家電機器―半導体―コンピュータとつぎつぎに譲った)という思考停止が経産省や政府を支配してきた。特に安倍政権の交渉力のなさと「ポチ外交」(アメリカ追従外交)の悪弊が際立っている。新自由主義の「市場原理主義」は全て市場任せという「不作為の無責任」に終始するようになった。市場メカニズムで新しい産業が生まれるかどうかは分からないが、このイデオロギーは産業政策を持てない経営者や政府の責任逃れの口実として都合がいい。それどころか「規制緩和」は利益誘導政治の道具に化し、加計学園がその典型であった。2011年3月11日の東電福島第一原発事故は原発安全性神話を打ち砕いたにもかかわらず、政府や電力会社はその反省もなしに、また原発の再稼働や原発輸出に邁進している。それが東芝の経営危機を招き、日立のイギリスへの原発輸出の中断となった。世界や日本の金融界が原発の信頼性を信用していないのが最大の原因である。安倍首相が行った原発セールス外交はことごとく失敗し、原発という不良債権が積み上がっている。唯一がんばっているのがトヨタの自動車産業であるが、ハイブリッド車以降の次世代自動車開発技術開発の重点を自動運転技術か、電気自動車か、燃料電池自動車か重大な岐路に立っている。こうした中で日銀の金融緩和策は、ゾンビ企業を狂わせているだけで、新規技術開発力は全く育っていない。次の金融危機が起きたときには、異次元金融緩和にはもう麻薬的効果は亡くなっている。そして技術開発力をなくした日本の産業の姿は世界の嘲笑の的になるだろう。

(つづく)