ブログ 「ごまめの歯軋り」

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平成経済 衰退の本質

2021年04月08日 | 書評
京都市中京区 「高瀬川 一の舟入」

金子勝 著 「平成経済 衰退の本質」 

岩波新書(2019年4月)


① 金子勝・児玉龍彦著「逆システム学―市場と生命のしくみを解き明かす」岩波新書2004年(その3)

「情報の経済学」はより広く企業を契約の結合点と捉える。「一般均衡理論」をつくろうために生まれた理論で利己的な利益を追求するために企業同士が契約しているかのようである。青木昌彦氏はトヨタ方式を日本の強みと定義つけるが、情報の流れとパワーの位置が明確にされておらず現状を反映しているとはいいがたい。又情報の経済学では「インセンティブ」という動機付けが制度にとって重要視される。能力主義成果主義というインセンティブが人々を激しい労働に駆り立てている。インセンティブとは馬の鼻先のにんじんとなっている。人事考課は働くものには情報は遮断されている。社員には同調社会的な無責任体制をもたらした。このように状況は益々悪化するばかりである。バブル崩壊後の不正会計や経営者のモラル崩壊に直面して、米国式外部監査制、企業のコンプライアンス(法遵守精神)を強める動きが繰り返されているが、効果は怪しい。バブル経済とその崩壊にともなう不良債権問題はさまざまなレベルの調節制御が複雑に絡んでいるのである。公認会計士がセンサーとなってエコノミストにシグナルを伝達して株式市場に伝え、投資家の意識を変える。間接金融方式であればメインバンクがモニターとなって銀行傾斜を動かして融資や事業の方向へ介入すると言う制御が行われるである。不正が明らかになれば警察・検察が裁判所という制御を動かす。又政党・ジャーナリズムがシグナルとなって議会で法改正を行って政府が制御する。このように市場経済における調節制御は企業内部にとどまらず、企業外部に開かれた調節制御の階層的構造を持っている。世界経済自体がフィードバックのかからない危険な状態に陥り始めている。インセンティブに頼って事態を急速に悪化させているのである。アメリカはバブルを繋いでやりくりする経済に変質していることが根底的な原因である。金融自由化のグロバリゼーションは世界中に投機マネーとなって後進国の経済を破壊し、バブルとバブル崩壊が繰り返されている。不良債権問題は欧米では数年で処理できたが、日本では10年以上かかってもなお出来なかった。これは日本でセンサー・伝達・制御系の全てが狂っていたからである。1998年の経済戦略会議の提言で銀行経営者の責任を三年間不問にして7.5兆円の公的資金を投入したことが最後の決定的制御の破壊になった。誰も責任を明らかにせず問題を摘出せずうやむやに税金を投入して誤魔化そうとしたことが今猶銀行の制御系が狂ったままになっていることの元凶である。2003年りそな銀行の実質国有化の事例に明らかである。このような金融システム危機と信用収縮を止めるには、厳格な債権査定に基づく不良債権に貸倒引当金を積むことが先決であった。そしていっせいに銀行再生に取り組むべきであった。それを法律で行うべき政府機能も議会民主主義のフィードバックも働かなかった。不良債権問題のみならず、日本社会には年金制度崩壊と公共事業政策の財政破綻問題も残っている。また労働市場には労働基準法などのルールも規制緩和、派遣労働者法で風穴が開いて、いまや若年労働者の雇用形態劣悪化、ワーキングプア-、年金制度破綻、格差拡大傾向を生んだ。労働、土地、農業環境など本源的生産要素は私的所有権を設定して市場に任せることに限界がある。それらには社会全体でリスクを背負うセーフティネットが必要である。インセンティブ理論は制度設計者が導きたい特定の方向への動機付けを強めることで人々を駆り立てるのだが、かえってシステムを維持している多重のフィードバックを破壊する危険性を孕んでいる。
日本経済はグロバリゼーションや高齢化などの環境変化に対応できないまま閉塞感を強めている。金融・年金制度・地方分権などの分野において矛盾と破綻が露出し、セーフティネット(制度)の張替えが必要となっている。金融自由化によるグロバリゼーションは戦後世界経済の縮小とともに(GNP)は1970年代4%、1980年代3%、1990年代2%)バブルとバブル崩壊(創造期と破壊期)が世界中で繰り返され、後進国の金融システムを破壊してアメリカに世界中の貨幣が吸い込まれた。(富の収奪)その結果世界経済は同時デフレになり長期停滞局面に入っている。1980年代には土地バブルに帰結し、中南米諸国へ貸付が増加した。レーガンの双子の赤字によって中南米諸国は累積債務国に転落した。1990年代には証券化とグローバル化が進行した。米国投機マネーが世界中に金融危機を引き起こした。アメリカの一極集中がここに極まった。いまはナスダックバブルの調整期にある。アメリカも継起的バブル経済を引き起こすことによってしか(創造ビジネスと破壊ビジネス)、体制を維持できない。金融ビッグバンの副作用はいたるところで噴出した。自己資本比率規制(国際業務で8%、国内業務で4%)は貸し渋りや貸しはがしを深刻化した。分母対策で貸し出し総額の縮小がそうさせた。株価低下による含み益の減少も同じ効果を持った。ペイオフの悪用(貯金者の保護が目的だったのが、銀行選択へ)と動いた。会計スタンダードの副作用も悪い方向へ働いた。国際会計制度の連結キャッシュフローの導入は不安定な売上高を雇用の流動化へ流れ、雇用リストラを一層加速した。設備投資も縮小した。時価会計制度は株価低下による含み損のため持株の放出へと動いた。それが株価下落を促進して悪循環をもたらした。税効果会計の導入も銀行決算の粉飾に悪用された。年金債務の財務諸表への開示要求は、年金基金の運用利益の低下により大きな損失を出し、企業は正規労働者を減らして厚生年金の負担を少なくする方向へ動いた。非正規雇用が増加するのである。たしかに価格シグナルによる活性化はインセンティブに基づくフィードフォワード政策は社会全体が一方向へ動くときには急速な成長を見せるときもある。社会主義経済はまさにインセンティブに基づくフィードフォワード政策であった。しかし激しい環境変化に政策がついてゆけないときがある。多様性を失った社会は特にその破局が著しい。今日の日本社会もメディアを通じて企業や地域での同質化強まって、多様性を排除しているのは返って市場経済である。市場原理主義といわれるのもアメリカ原理主義といわれるのも病根は同じである。それゆえ多様性を保証しないグロバリゼーションは持続可能な制度ではない。制度の束と多重のフィードバックを重視するセーフティネットワークは逆に規制緩和で切り捨てられた制御調整部分にこそ普遍性を見出すものだ。

(つづく)