ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

平成経済 衰退の本質

2021年04月06日 | 書評
京都市右京区花薗 法金剛院 「待賢門院 御陵」

金子勝 著 「平成経済 衰退の本質」 第1回

岩波新書(2019年4月)



序に代えて
筆者は制度経済学の病理学的アプローチという方法論で、市場を「制度の束」ととらえ、多重の調節制御の仕組みを解き明かす試みを、金子勝・児玉龍彦著「逆システム学―市場と生命のしくみを解き明かす」岩波新書2004年、金子勝・児玉龍彦著「日本病 長期衰退のダイナミクス」岩波新書2016年の2冊の本に問うた。以下この2冊の著書の問題提起を取り上げて、本書「平成経済 衰退の本質」の序としたい。なお著者金子勝氏は1952年生まれ、東大経済学部卒業、東大社会科学研究所助手、法政大学教授、慶応大学教授を経て、現在立教大学特任教授である。専攻は財政学、地方財政学、制度経済学であるという。

① 金子勝・児玉龍彦著「逆システム学―市場と生命のしくみを解き明かす」岩波新書2004年(その1)
生命研究の逆システム学とは、簡単に言えばDNAチップによる発言遺伝子のリンケージ解析のことである。ある機能を持つたんぱく質を精製して配列と構造を明らかにして、次の遺伝子配列を決定する研究の流れが現在のパラダイムである。最近発達してきたDNAチップにより、ある状態の(ガンや投薬による)m-RNA遺伝子の発現パターンをリンケージ解析することで、どんな遺伝子たちが共役しているかがわかる。これが単一の遺伝子による状態規定ではなく、複数の遺伝子群(多重調節機構)の働きによる状態規定(病因究明)のことである。これを経済学では「多重フィードバック」を「制度の束とよぶ調節機構」と改訳することでかなり共通の方法論を持つことが出来そうだというのが両氏の主張である。市場や生命という複雑系のシステムは外から見ているだけでは内部の動きは理解できない。まして時間軸で予測・検証することは難しい。1980年代、いまの中国のように「世界の工場」と呼ばれた日本経済は、土地バブルとそのショックの中で変質し、産業の競争力と科学技術が衰えた。国家財政は1000兆円を超える累積赤字で、日銀が「異次元の金融緩和」で326兆円の国債(2015年12月)を抱え込んだ。それでもメディアは騒がなかった。株価など調子のいいデータだけが横行し、誰も真剣に財政赤字や金融危機について向き合おうとしなかった。前書「逆システム」で、複雑なシステムは多重のフィードバックを作動させることで維持できることを示した。バブルとショックの周期で成り立っている金融資本主義システムがもたらす未来を予測し、その対応策を考えるために本書が著された。ダイナミックに動くシステムの予測のために、18世紀トーマス・ベイズによって開発された、人間の経験を事前情報として、そこにデータを加えてより良い事後予測を生み出す統計法が生まれた。現在コンピューターの援用によって、新たな予測として注目されてきている。ベイズ予測を深化させ、人間の認知・認識を客観化し、より精緻な事前モデルを作り、バイアスを与えないでデータ推論サイクを繰り返し、新たな予測モデルを出すことが大切である。経済・政治・科学の単独では抜け出せない「日本病」を分析し、突破口を模索してゆく事が本書の目的である。時には科学は客観性や真理の名の下に、たくさんの誤った考え方を押し付けてきた。こうした科学に対する当事者主権の立場に立つ科学者の真摯な努力がそれを克服してきたことも事実だ。例えば経済学における均衡論的世界観は神の手を借りなければ不可能で、政策に用いるにはむしろ悪影響を与えている。時系列の病理学的アプローチが必要なのに、経済学にはそれがない。生命科学でいうと「エピゲノム」という新たな制御機系が存在することが明らかになり、ヒトゲノム解読は、たんぱく質をコードする配列は全遺伝子配列の2%に過ぎず、98%のゲノムは不明か、「ジャンクDNA」扱いされてきた。この「ジャンクDNA」が体の様々な調節制御を行っていたのだ。一つの遺伝子が必要な時に発現するには、複数個の遺伝子が同時に働くことが必要なことは、ガン発生や、分化の解析で明らかになった。政策学でも「政策バッテリー」という複数の政策の束が必要であった。小泉構造改革は自己責任という言葉に象徴されるように、方法論的個人主義に基づく市場原理主義が跋扈していた時代であった。この時代遅れのアプローチが日本経済と社会の衰退をもたらしていることを明らかにしたのが、前書「逆システム」の命題であった。市場は制度の束からできており、それが社会の進歩を支えているにも関わらず、規制緩和という制度の引きはがしを行い、日本の産業の国際競争力を失わせ、大きな格差と貧困を生み出し、地域経済の衰退を進行させた。全書「逆システム学」が経済という流体を横の断面で見る枠組みであった。つまり要素のつながり相関を見た。2004年から12年間、日本製品の国際競争力と技術が一掃衰退する中で、大手企業はひたすら内部留保をため込むために、財政金融政策、労働市場も地域経済もあらゆるものが犠牲になった。日銀のファイナンスでごまかしているうちに、日本はどんどん体力を衰弱させ、さらの戦争体制づくりに活路を見出そうとしている。安倍政権によってメディアの衰退も加速しており、政権内はちょっとおつむの足りない右翼一色になり、良識派、中道派、議会民主派は片隅に追いやられた。こうした悪性化の症状を「日本病」と名付ける。本書は、その長期衰退のダイナミズムを解明するために、ベイズ主義の考え方を取り入れ、経済体と生命体は周期性を持つ動態的現象とみた。そして歪の無いデータによるモデルづくりを志した。前書が静態的分析だとすれば、本書は動態的分析からの予測の枠組みである。そして本書の目的はやはり経済・社会学であるので、生命論的手法は名前で示すにとどめ、実質的内容には言及しないでおく。その方がアナロジー相関を追検証しなくて済むから分かりやすい。

(つづく)