アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
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「8・15」と天皇制<上>「玉音放送」の正体

2019年08月15日 | 戦争・天皇

     

 「8月15日」は「終戦記念日」とされています(ここでは「敗戦」ではなく一般に言われている「終戦」という言葉を使います)。なぜこの日が「終戦の日」なのでしょうか?

 日本が連合国のポツダム宣言を受諾したのは「8月14日」。米戦艦ミズーリ号上で降伏文書に調印したのは「9月2日」です。国際的にはこの日が「日本の敗戦日」とされています。ではなぜ日本では「8・15」が「終戦の日」とされているのでしょうか。
 それはこの日、天皇裕仁が「終戦詔書」を読み上げた録音、いわゆる「玉音放送」が流された日だからにほかなりません。(写真中は「聖断を拝す」として「日本ニュース1945・9・6が流した映像) 

 1945年8月16日付の朝日新聞は、1面トップに「玉音を拝して感泣嗚咽」の見出しを掲げ、「噫(ああ) 玉音を拝す」と題した社説で、「これは如何なる日ぞ。皇紀二千六百五年八月十五日。この日、われら一億国民は畏多くも玉音を拝したのだ」として「記念すべき日」と繰り返しました(佐藤卓己著『八月十五日の神話』ちくま学芸文庫より)。

  国際的な敗戦の調印ではなく、天皇が「国民」に終戦を告げた日を「終戦記念日」あるいは「平和の日」とする。ここに「8・15」の第1のカラクリがあります。

  では、その「玉音放送」では何が語られたのでしょうか。

 メディアやその後の「ドラマ」などを通じて繰り返し流されるのは、「堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び…」のセリフですが、「終戦詔書」の中心はそんな所ではありません。要点を抜粋します。

 「米英二国に宣戦する所以もまた実に帝国の自存と東亜の安定(のためで)…他国の主権を排して領土を侵すが如きはもとより朕が志にあらず…」

 「世界の大勢また我に利あらず…ついにわが民族の滅亡を招来するのみならず延べて人類の文明をも破却すべし…朕何をもってか億兆の赤子を保し皇祖皇宗の神霊に謝せんや。これ朕が帝国政府をして共同宣言に応ぜしむるに至れる所以なり」

 「朕はここに国体を護持し得て忠良なるなんじ臣民の赤誠に信倚(しんい=信頼)し、常になんじ臣民とともにあり。もしそれ情の激する所、みだりに事端を滋くし(事件の糸口を多くし)…朕最もこれを戒む。よろしく挙国一家子孫あい伝え、かたく神州の不滅を信じ…国体の精華を発揚し、世界の進運に後れざらんことを期すべし。なんじ臣民それよく朕が意を体せよ

  現代語で要約すれば、①戦争を始めたのは日本とアジア(東亜)の安定のためで、侵略・植民地支配の意図はなかった②戦局は不利で、臣民を保ち、「皇祖皇宗の神霊」に感謝するため、ポツダム宣言を受諾した③今後も「国体(天皇制)を護持」する④感情に走って事件を起こすな⑤国を挙げ「神州(帝国日本)の不滅」を信じ、「国体」=天皇制を発揚して世界に後れをとるな⑥臣民たちよ、この私の思いをよく理解し実行せよ―。

  すなわちこれは、天皇裕仁の侵略戦争・植民地氏支配責任の回避、日本の大国主義の継続、その根幹である「国体」=天皇制維持の宣言にほかなりません。これこそが「玉音放送」の正体です。

  この「玉音放送」が流された日を、日本人は毎年「終戦の日」として記念してきたのです。ここに、今日の日本政府・日本国民の侵略戦争・植民地支配責任に対する無反省・無責任の原点があるのではないでしょうか。

 そしてもう1つ、銘記しなければならないことがあります。
 それは、「あの放送が日本本土だけでなく、朝鮮の地でも流されたこと…あの放送はその地に住む日本人とともに、朝鮮人にも向けられてい(た)」(歴史学研究会編『日朝関係史を考える』青木書店)という事実です。

 裕仁は日本人だけでなく朝鮮人に対しても、植民地支配の責任を言い逃れ、反発を抑え、さらに天皇制を維持することを宣言し、それに従うよう命じたのです。なんというおぞましさでしょう。戦争に敗れてもなお朝鮮に対する植民地支配意識が抜けない、天皇裕仁・日本の根深い差別性がここに表れています。


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