アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

「母性」―個人と社会と天皇制

2022年12月20日 | 天皇制と政治・社会
   

 『母親になって後悔している』(オルナ・ドーナト著、鹿田昌美訳)がベストセラーになっています。著者はイスラエルの社会学者で、2017年にドイツで刊行後世界中で翻訳され、日本では今春翻訳・出版されました(私は未読)。

 13日のNHK「クローズアップ現代」が取り上げました。衝撃的なタイトルですが、子どもを産んだことを後悔しているのではなく、「母親」とはこういうものだという固定観念(ジェンダー)によって「母親業」を担わされている(担っている)ことを「後悔している」という「母親」たちの声だそうです。

 番組のアンケートでは、「母親にならなければよかった」と思ったことがある人は32%にのぼっています。理由のトップは、「自分は良い母親になれない」(42%)、第2位は「子どもを育てる責任が重い」(40%)(複数回答)。

 自身母親で『母性』という著書があり、その映画が公開中の作家・湊かなえ氏が、番組のインタビューでこう述べました(写真中)。

「母性という言葉を定義づけすぎているのではないでしょうか。生まれた瞬間に(母性を)持つものだっていうなにか神話化されたものがあって、精神的にも追い詰めるようなことを周りがしているのではないでしょうか。「母親になって後悔している」という言葉の9割は別の言葉に置き換えられるのではないでしょうか。例えば「(夫が)育児に協力してくれない」とか。

 母親ってただの役割であるのに、すごく何か重いもの、子どものためなら命をかけないといけないとか、犠牲にするのを美徳としているところがあって、我慢している母親こそが真の母親であるという捉え方をしていて、社会の制度とか会社の制度とか家庭内での役割分業が整っていないのを全部母親にのっけてしまって、個人の努力が足りないって、なんかちょっとごまかして、自分の責任転嫁を1人の母親にさせているところがあると思うのです。時代が進化しているのに、母性像が変わっていなくて、本当は追い詰められなくていい人まで追い詰めてしまっている」

 アンケートの「誰が・何が変わるべきか」との質問では、「自分自身」と答えた人がトップ(61%)でした。
 これについてコメンテーターとして出演した、「母ではなくて、親になる」のエッセイもあるエッセイスト・山崎ナオコーラ氏はこう述べました(写真右)。

自己責任論が広がっています。でもこれは社会の問題です。社会が母親の声を聞く耳を持っていない。(必要なのは)まず社会を疑うこと、社会のせいすることです」

 湊氏も山崎氏も、「母親」の生きづらさは「個人」の問題ではなく「社会」の問題だと強調しています。まったく同感です。

 同時に、「母性」という言葉の歴史性にも目を向ける必要があります。

 女性史研究家の加納実紀代(1940~2019) は、「日本で「母性」という言葉が使われるようになったのは、1910年代後半の「母性保護論争」以後のこと…女が母である状態になることによって社会的にマイナスを被らないようにするにはどうすればいいか―これが母性保護論争のテーマであった」とし、続けてこう書いています(抜粋)。

「そうした「母性」は、「昭和」の15年戦争の時代に天皇制と癒着し、日本やアジアの息子たちを死にいざなうものとなる。15年戦争下、自己犠牲と無限抱擁の「母性」賛歌が日本社会に溢れた…女により多くの子どもを産ませ、しかも身を削って生み育てた子を「天皇陛下の御為に」死なせるという犠牲に耐えさせるためである。

 さらに大きいのは、「母性」賛歌が天皇制賛歌と重なり合うことによって国民統合力を強め、「挙国一致」で侵略戦争を遂行させる役割を果たしたことである。

 「無我」と「献身」を内実とする「母性」は、女たちに犠牲を強いただけでなく、天皇制の加害性を支えるものにもなったのだ。

 そしてまた、それは戦後における日本国民の戦争責任意識の稀薄さにも関わっているように思える。「無限抱擁」の「母」の胸に安住しているかぎり、自他の認識に立った「責任」観念が鍛えられることはないからだ」(「「母性」の誕生と天皇制」、『天皇制とジェンダー』インパクト出版会2002年所収)

 「母性」と天皇制の癒着―湊かなえ氏がいみじくも「母性」という言葉には「神話性」があると述べたことと通底します。

 「母性」という言葉が使われ始めて100年余。「母性保護論争」で提起された問題は、いまもまさに「変わっていない」のです。変わらない上に、新自由主義の「自己責任」論によってさらに個人に、母親にのしかかっています。

 自民党の改憲草案が「家庭・家族」を強調していることも、けっして無関係ではありません。

 「母性」賛歌が天皇制賛歌と重なり合って、侵略戦争を遂行させる役割を果たした―日米軍事同盟の深化による大軍拡・戦争国家化が急速に進行しているいま、この過ちを繰り返すことは絶対に阻止しなければなりません。
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