ヒトラーが国威誇示に利用したベルリンオリンピック(1936年)で、帝国日本はマラソンで優勝した朝鮮人・孫基禎(ソン・ギジョン)選手に「日の丸」「君が代」を強制し、五輪を植民地支配(「内鮮融和」)強化に利用した歴史がありますが(2019年7月30日のブログ参照)、帰国後の孫選手に対する日本のさらなる圧力を示す新たな資料があることが、韓国在住の友人のブログで分かりました。
韓国の歴史と現在を伝えるブログ「シンナラカンコク」(http://sinnara9.com/witness-to-history/)によれば、大韓民国歴史博物館で「音、歴史の証人」という企画展が行われていました(3月1日まで)。その中に、孫選手が帰国後録音させられたレコード「勝利の感激」(写真右)の孫選手の肉声があったのです。
レコードは当時の日本陸上競技連盟が監修した原稿を孫選手が朗読させられたものです。この中で孫選手は、「わが国の日章旗が私を応援してくれるのが見えました。…この勝利は決して私個人の勝利ではなく、すべて私たち日本国民の勝利だと…」と読まされました。その瞬間、孫選手は絶句しました。その時、背後で声がしたことがわずかに録音されています。その声はこう命じています。「大きく・・・大きい声で読め」。
朝鮮人である自分の勝利を「すべてわたしたち日本国民の勝利だ」と言わされた孫選手。その瞬間の沈黙は、被植民民族の苦悩と怒りを示すものです。それに対し日本(レコード作成組織)は、「大きい声で読め」と言ってさらに圧力を加えたのです。
後年、孫選手はこの時の心情を自伝(『私の祖国、私のマラソン』1983年)でこう振り返っています。
「祖国がない民は犬と同じだ。『日の丸』が上がり『君が代』が演奏されることがわかっていたら、私はベルリンオリンピックで走らなかっただろう」
オリンピックの表彰台で孫選手は、胸の「日の丸」を月桂樹で隠し(写真左)、「君が代」の演奏中下を向き続け、孫選手の優勝を報道した朝鮮の「東亜日報」(1936年8月25日付夕刊)は、その写真からは「日の丸」を消しました(「日の丸末梢事件」、写真中)。
それに加え、今回明らかになったレコード「勝利の感激」の孫選手の録音、そして期せずして残されていた“陰の声”は、日本の植民地支配の過酷さ、それに対する孫選手の怒りと抵抗、朝鮮民族の誇りをあらためて示すものとして注目されます。
いま日本は、安倍政権とメディアのキャンペーンによって「2020東京オリ・パラ」熱の渦中にありますが、日本がオリンピックを朝鮮植民地支配強化に利用した歴史を日本人は知らねばなりません。それほど、日本の植民地支配は過酷で非情なものでした。
そして、国家権力によるオリンピックの政治利用はけっして過去の話ではないことを肝に銘じる必要があります。
(※孫選手のレコード「勝利の感激」は「シンナラカンコク」の「音、歴史の証人」の項から聴くことができます。)