あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

西田税 ・ 母 つね 「 世間がいかに白眼視しても、母は天寿を完する 」

2021年08月03日 11時28分22秒 | あを雲の涯 (獄中手記、遺書)


西田税 

判決の知らせを聞いた実母つねの心境

税が大変世間を騒がせて相すみませんでした。
税は
少年時代から全然変わった子供で
絶対に無口で必要以上の口をきかず
啓成校から米中に進み広島幼年学校入り
陸士に進んで 騎兵少尉となりましたが
どうしたものか 突然兵籍を脱してしまひ
大正十三年か大正十四年四月三日の夜
郷里を発って東京へ行ったのでした。
思へばこの時 既に
税の心中には大きな変革が起こってゐたのでせう。
何故兵籍を脱したか本人以外は誰も知らずにゐたのでした。
税が今日のやうになったのは長兄英文の感化によるものと思ひます。
英文は米中卒業後病のため充分成績をあげることができなかったのを悲しみ
税だけは自分の代わりに思ひ通りに教育させてくれといひ
一切英文が独断で幼年学校にも入れたものでした。
その英文は二十一で死亡したのですが
その時の遺書に
「 自分は病気で斃れたが税はきっと天皇の御役に立つでせう 」
と ありました。

税には昨年十月面会したが委しいことは語ってくれず
「 いかなることがあっても決して驚いてはならぬ 」
と いったので
私も
「 お前の気持ちはよく知っている
世間がいかに白眼視しても母は天寿を完する 」
と 申し渡しておきました。
本人は兄の遺志を体して御国のためにやったでせうが
税のしたことは果して国家のためだったでせうか。
税の心中を思ふと私の心も乱れ勝ちです

因伯時報 ( 昭和12年8月16日付 )